793 :ひゅうが:2012/02/09(木) 21:40:07
→662-664 の続きです。

銀河憂鬱伝説ネタ 本編――「春は出会い(と政治)の季節」その4


――同 自由惑星同盟首都ハイネセン 「三月兎亭(レストラン・マーチラビット)」


「なんだかお見合いみたいですね。」

「え、ええ・・・そうですね!」

「ほほほほ。」

ヤン・ウェンリー渾身のジョークは周囲の苦笑に迎えられた。
確かに、傍目から見ればどこかの見合いの席のように見えるだろう。
くっつけられたテーブルをはさんで3人ずつが向かい合っている。

うち2人が壮年男性で、2人が同年代の御婦人、そして2人の男女がまだ若いところからみると特にそう思えるはずだ。

「フレデリカ・・・さん? 確かエル・ファシルでお会いしましたよね?」

「え?・・・は、はい! あの時コーヒーを持って行きました。」

「ああそうだ!君は私の命の恩人だ。あれがなければ危うくパンに殺されかけるところだった。」

ヤンはポンと手を打った。

「その節はどうもありがとうございました。」

優しそうな顔立ちをしたグリーンヒル夫人がすかさず頭を下げた。

「いえ。こちらこそ。グリーンヒル閣下にはいろいろとお世話になっております。」

世辞半分だったが事実だった。
宇宙艦隊司令官をつとめるラムゼイ・マクドガル元帥のもとにヤンが配属される際はパエッタとシトレによる紹介状のようなものを持たされたが、それに加えて宇宙艦隊参謀副長をつとめるグリーンヒルの引きたてもあった。
もっとも、現在は前線統括という形で士官学校校長から現場の第2艦隊司令長官に復帰したロボス提督の責任ということになっている「エア回廊会戦」の後始末でてんてこまいであるために遠慮なく仕事を押し付けられる先として受け入れられたというのも大きいのだが。

「ヤン中佐。妻と娘が世話になった。帝国で農奴にされる危機を救ってくれたのは君だ。私からも感謝を述べさせてくれ。」

木が囁くような独特の声でグリーンヒルも一礼した。

「いえ。私の策など…リンチ閣下がいなければ成立しなかったようなものですから。」

「あの場合、あれしか方法がなかったのだろう。リンチ君も『帝国が私掠船を放った』という情報は無視できなかったのだと私は思うよ。
彼は航路安定のために駐留艦隊の責任者になったのだったし、あのタイミングでエル・ファシルまで侵攻してくるとは宇宙艦隊司令部も想像していなかった。
――農奴狩りが目的とは、ね。」

グリーンヒルが厭そうに言った。

「農奴狩り、ですか。」

「そうだな。軍事的には侵攻占領してもあの星系は維持できるかできないかギリギリのところだ。カプチェランカには我が軍の前線基地があるし何かあれば後方から3個艦隊が直ちに増援に来れる位置にいる。
だから、帝国としても長期占領の意思はなかったのだろう。ちょうど、あの一件のあとイゼルローン駐留艦隊司令官が更迭されている。
彼は門閥貴族リッテンハイム候の一族に属していたが、その後領地は皇帝御料となったそうだよ。これ以上開発できないからと。」

つまりは、こういうことだった。
ある貴族の領地は、長年の苛政のために人口が減少していた。農奴や鉱奴の不足に悩む男は、自分がイゼルローン駐留艦隊を指揮できる立場にあることをいいことに、手っ取り早く「戦利品」を得ようと企み長距離「掠奪」行に乗り出した。

それが、あのエル・ファシル攻防戦の原因となった。
運の悪いことに、敵は前線基地カプチェランカを無視して素通りし、そのまま航路防衛艦隊程度の戦力しかいないエル・ファシルに殺到したのだった。
そして農奴狩りをもくろむ帝国軍は、これが牽制攻撃と考えて航路に寄って来る海賊対処を考えて反転した駐留艦隊にそのまま襲いかかり、目当てのエル・ファシルへの道を切り開いた。

これが本格的な敵艦隊による大侵攻の前兆と考えた駐留艦隊司令官 リンチ少将は後方から救援に駆け付けつつある3個艦隊に状況を知らせることを優先した――
それが、現在考えられているエル・ファシル攻防戦の真実ということになる。

794 :ひゅうが:2012/02/09(木) 21:40:39
「あの時の帝国軍の編成に高速補給艦が多く、その後方からかき集められたような軍用規格輸送船団が迫っていたことから推定された話だよ。なんとも腹立たしい結論だが。」

「私もリンチ少将と同じ結論でした。
しかし、もしかすると帝国軍はエル・ファシルに艦砲射撃を行って民間人を皆殺しにする可能性もあるのではと考えたのです。」

グリーンヒルは少し目を見開いた。

「・・・なるほど。その可能性もあるか。」

「はい。今思えば、リンチ司令官の脱出がすぐに帝国軍に察知されたのも、民間船舶による脱出を警戒していたからなのでしょう。『少しでも農奴を確保する』ために。」

「まさか堂々と隕石群に偽装して逃げるとは考えなかったのはそのためか。自分たちがしようとしていることを考えれば、『敵は必死で逃げて当然』と思うから。
逆にレーダー妨害を行わないとは考えていなかったのだろう。」

ありがとう。とグリーンヒルは力なく笑った。

「情けない話だが、今の今まで帝国軍による艦砲射撃について思い当たらなった。
13日戦争以後は惑星上に対する核攻撃はタブーということになっているが、当の帝国軍が3度にわたる『大弾圧』で星系丸ごと殲滅をやっているからな。――もっとも、第1次大弾圧の対象だった日本帝国はまんまと逃げのびたが。」

いえ。とヤンはどういう表情をすればいいか分からないような微妙な表情で応じた。

「まぁまぁ。難しい話はこの辺で。」

パエッタが言った。

「あなた。もう少ししんみりしてから言った方が。」

「おおそうか?いや、グリーンヒル閣下の娘さんが話したいことがあるらしいからこれでいいかと思ったんだが。」

「空気を読みましょうね。」

すまん。としょげるパエッタ。
どうやらパエッタは家ではかかあ天下らしい。


「あ、いえ。もう・・・」

恥ずかしげにグリーンヒルの娘、フレデリカは俯く。
そこに面白がったのか、グリーンヒルの奥さんが補足説明までかました。

「この娘ったらね。あの脱出からずっとあの時の『中尉さん』の話しかしませんのよ?」

「え?」

「何?そうなのか?」

聞いてないぞ。とグリーンヒルは妻を見る。
しかし奥さんの方は慣れた様子でツンと冷たく応じた。

「そりゃあ、あなたはずっとお仕事ずくめですからね。その様子だと、この娘が士官学校の受験案内をじっと見ていたこととか何か話したそうにしていることなんてこれっぽっちも気付いていないでしょう?」

ガーン。という様子でショックを受けているグリーンヒル。
奥さんはその横でホホホホ、と勝利の笑みを浮かべていた。
二人の壮年男性が「orz」な状況になっている。シュールである。


「あ・・・あの・・・」

「放っておいていいですよ。ヤンさん。そのうち料理の匂いでもかげば復活しますから。」

「そういうものなのかな?」

「そういうものです!」

エヘン。と言いきるフレデリカ。
その様子がなんだかおかしく、ヤンは噴き出した。
フレデリカも噴き出す。

二人の笑い声を、奥さん2人が「若いっていいわね~」という様子で見ていて赤面するのはその10秒ほど後だった。

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最終更新:2012年02月11日 05:26