968 :ひゅうが:2012/02/10(金) 23:15:02
→931-933 の続き
銀河憂鬱伝説ネタ 本編――「夢幻会、動く」
――皇紀4249(宇宙暦789)年5月 銀河系白鳥腕
日本帝国 帝都宙京
「で?呼び出しとは何なんだ?」
「はい。実は・・・」
夢幻会の席上、外務省から上がってきた報告にいつもの面々はのけぞった。
「皇帝退位!?」
「駐日大使として赴任を要望!?」
「バカな。次はだれになるんだ?あの幼児はまだ生まれていないぞ?」
「その父です。ルードヴィヒ皇太子。皇帝フリードリヒ4世の直系で年齢は23歳。
妻は名門中の名門ですがそれゆえに権勢を誇ることのない『バランサー』ノイエシュタウフェン公家の出身で、国務官僚や現国務尚書リヒテンラーデ候とも親しい『開明的』といわれる人物です。」
うーむ。
と嶋田は唸った。
この場にあの方はいない。今は国交樹立を記念して今上陛下の名代として自由惑星同盟への訪問の準備に追われているのだ。
「これは、あの金髪の出世の目はなくなったとみるべきか?」
阿部が発言すると、今は外務省いて座腕局長をつとめている大角もそれに同意した。
「だろうな。開明的で官僚と親しいとなれば、皇帝権力の強化に乗り出してもおかしくはない。即位後は改革に着手してもおかしくはない。」
「いえ、それが――」
外務省からの報告は、それだけではなかった。
信じられないような話であるために確認が遅れていたのだが。
「フリードリヒ4世は寵姫たちに『構いなし』を言い渡して実家に帰すようですが、二人例外がいます。
ベーネミュンデ侯爵夫人はそのまま日本へ同行し、グリューネワルト伯爵夫人は断絶していたローエングラム伯爵家の家領を一代限りで受け継ぎ、弟ラインハルトに第1位継承権が与えられると。」
「となると、ローエングラム『女伯爵』の誕生か?」
「バカな。実質的に金髪が門地を継ぐのがいくらなんでも早すぎる。」
「巷では、この異常な計らいに嘘か真か『グリューネワルト伯爵夫人は皇帝のご落胤』との噂まで出回っている始末です。」
「そんな――いやまさか。」
辻が頭を抱えた。
これまでの前例から考えると、グリューネワルト伯爵夫人アンネローゼやその弟ラインハルトに対する計らいは皇族が臣籍に降る時のそれにそっくりだった。
あの「流血帝」の御代以前はこうして盛んにゴールデンバウム朝の血は拡散していったのだが、あの600万から20億を殺したといわれるサディストの皇帝以降は類例はあまり見られない。
それだけ血を受け継ぐ者は少なくなっており、皇位継承権の放棄を前提とした臣籍降下は行われ辛くなったのだ。
まして、女性は臣下に対し継承権を持ったまま「降嫁」するなど利用価値が高い。
この噂の通りなら、ローエングラム伯爵家の領地を狙って求婚してくるような禿鷹どもは「それだけ大切に守られてきた」皇帝の逆鱗に触れることになる。
しかも伯爵家領の継承権が発生しているのは弟ラインハルトの方だ。まさに守りは鉄壁といってもいいだろう。
969 :ひゅうが:2012/02/10(金) 23:15:48
「君、退位した後のフリードリヒ4世の称号はどうなる?」
辻が黙考から立ち直り、報告に来ていた若手の外務官僚に問う。
「はい。ジッキンゲン=ゴールデンバウム大公と名乗ると布告されております。」
「そうか、そうですか。ふふふ。」
「何か分かったのですか?辻さん?」
「ええ。ちょっと歴史の謎が一つ解けた次第ですよ嶋田さん。
あの金髪の人の母クラリベルは確か断絶した男爵家の一人娘から没落して帝国貴族の養子に入ったのでしたよね?」
「ええ――ジッキンゲン男爵家の・・・まさか、そういうことなんですか?」
「そういうことなんでしょう。きっと。」
全員が押し黙った。
昨年末時点から銀河帝国内部でにわかに改革派の動きが慌ただしくなっていることや、皇帝退位の噂が流れているという報告は受けていたが、いきなりここまで「原作」から歴史がずれるとは思ってもみなかったのだった。
「まるでスペインのドン・ファン・デ・アウステリアですね。これでは。」
「笑いごとじゃないですよ辻さん。半分冷戦状態を構築して金髪の出世を阻むどころか、公然と前皇帝の御嫡孫となるわけですから・・・ああ、何てこった。」
辻の皮肉げな笑みと嶋田の「付き合いきれん」というため息は、一同を奇妙に冷静にさせた。
「で、どうします? いざとなれば銀河帝国全軍を率いて皇帝の名代としてあの金髪の天才がやってくるわけですが。」
「こちらとしては手を出しづらいですからね。銀河帝国向けの諜報組織の構築もまだ途上ですし。」
「幸いなのは、新皇帝になるルードヴィヒ皇太子が開明的な人物であるということですかね。」
嶋田は脳みそを働かせるように(もちろん錯覚だが)半眼になりながら言った。
「開明的な分だけ反発も多い。皇帝による統制が確立し、継承のごたごたがおさまるまで早くて5年。軍の掌握にも同じくらい時間はかかるでしょうね。」
「そしてその頃には、程よく体制の強化された帝国と、一本化された軍隊が金髪の天才の指揮でやってくると。
短期的にはともかく、長期的には同盟征服なんてされたら目もあてられないですね。」
「なら、方針は変わりなしですか。軍の近代化と、同盟の質的・量的強化。」
「やれやれ。いったいいくらかかるのやら。これも原作補正というやつですか?」
「冗談じゃありませんよ。」
嶋田はむっとしながら言った。
「原作通り銀河帝国が450から500億を束ねて、その上社会改革を済ませてこちらに挑戦してくるなんて。国家総動員体制を維持しつついつかこちらに勝利するなんて目標を立てられたら冷戦の二の舞ですよ。
私は経済戦争で勝ったはいいが借金まみれで巨大すぎる軍備を残して日本を放り出すほど薄情じゃありません。」
ほう?と辻は珍しく熱くなっている嶋田の方をまじまじと見た。
「早く引退してのんびり過ごしたいといっていませんでしたっけ?」
「それとこれとは話が別です。」
それでこそ嶋田さんだ、と辻は小さく呟く。
「いいでしょう。やってやりましょう。史実補正が何ですか。我々の、人の意思の力を舐めてはいけない。あの田中御大に一発かませてやりましょう。」
かくて夢幻会も動き出す――
最終更新:2012年02月11日 05:36