836 :ひゅうが:2012/02/16(木) 18:40:52

銀河憂鬱伝説ネタ 本編――「老提督」


――宇宙歴789(皇紀4249)年8月2日 銀河系いて座腕
   自由惑星同盟 首都ハイネセン


自由惑星同盟に対する返礼使はさまざまな話題を同盟全土に提供していた。
今年のはじめにはじまった報道はまるで古の万博のように連日3DTVで特集が組まれ、同盟では時ならぬ歴史ブームの火がついている。

この日の話題は、フェザーン自治領で行われていた銀河帝国軍との交渉が妥結し、捕虜交換の具体的な日程が決定されたことに押されてはいたが、2600年の歴史を有する議会制民主主義国家アイスランド共和国や北欧諸国と呼ばれる国家群の代表団が同盟と新たに正式な国交を樹立したこと、そして日本帝国の代表団の長をつとめる当代の国家元首の姉宮が同盟議会で演説を行うことも十分な話題となっていた。

捕虜交換に関しては同盟軍のスポークスマンであるベイ中佐が共和制ローマの故事を持ち出し「帝国のように忠誠心が足りないと責めるのではなく、敗将にセカンドチャンスを与えて強大なハンニバルに立ち向かった古の故事に習うべきだ」と同盟市民の関心をくすぐるような発言をしているし、国交樹立が行われた北欧諸国については第2次世界大戦や宇宙移転を中心にした歴史の解説が行われ食卓では子供らが父親にさかんに質問をあびせかけて彼らを混乱させている。

ニュースが経済面に変わると、「エア回廊会戦(同盟側名称)」の影響で中断されていた対日貿易船団が日本帝都と英国帝都に達したというニュースが入り、辺境貿易を旨としていた警備・輸送会社(元海賊ともいう)の株価がストップ高を記録していることを好印象に、自由惑星同盟中央証券取引所の平均株価は40年ぶりにブルース・アッシュビー元帥時代の最高値記録を突破したとアナウンサーは述べていた。

評論家はフェザーンが提唱している為替変動制の導入を時期尚早と切って捨て、当面は固定レートでの合弁事業で同盟の国力回復に注力すべきだと力説している。
討論番組では聖戦の意義を強調する右派評論家と民主的な要素と共和制を区別すべきだとする中道派、そして下手をすれば同盟政府解体とでもとれてしまうよくわからない主張をする左派が噛み合っているようで噛み合っていない議論を戦わせていた。


――つまりはいつも通り、ということになる。
アレクサンドル・ビュコック中将は朝の日課であるニュースペーパー2紙とテレビの斜め見を済ませ、そう結論した。

「おい。」

「はい。」

長年連れ添った妻とは、声音だけで何をするのか通じ合ってしまう。
今回の「おい」はただの枕詞だった。
そういえば、カラー映像が残っている最古のジャパニーズ・エンペラーは「あ、そう。」だけで数種類を使い分けていたとか昨日のヒストリカルチャンネルで言っていたか。
ビュコックはそんな益体もないことを考えつつ、今日の予定を述べた。

「今日は、公式行事だからな。夜の晩餐会には遅れないように。」

「分かっていますよ。そんなあなたが士官候補生だった頃じゃあるまいし。」

からからと妻は笑う。
ビュコックが兵から士官候補生への推薦状を持って同盟軍士官学校に入学した当時の失敗談をネタにして笑う妻だが、いつものこととビュコックは少し顔をしかめるだけですませた。

「ああ。まあ念のためな。帝国などといってもドレス着用だなんだと堅苦しいことは言わんらしいから気合は入れすぎないようにな。お前の顔だと浮く。」

「あらいやだ。ドレスなんて作ってないわ。それにそんなところなら出席を遠慮するところですし。」

「そうだな。儂も呼びはしない。まあ予備役だからして、軍服だけ着用するという手もあるが。」

「よして。この年でスカート型軍服は少し――」

だろうな。とビュコックは笑う。
もう。と背中をぴしゃりとたたく妻は、実は元同盟軍の士官様である。
第2次ティアマト会戦後に推薦状をもらって入学した時の高嶺の花は、以来数十年を彼の妻として過ごしている。
実際は20年ほど前に統合作戦本部後方勤務本部次長を最後に退役しているが、ビュコックはそれと入れ違いに艦隊司令官の一人となっていた。

837 :ひゅうが:2012/02/16(木) 18:42:34

「恥ずかしくない程度の恰好はしていきますよ。なんたって私はヒーローだそうですからね。」

士官学校の舞踏会(士官たるものは社交的な素養も身に着けなければならないため練習を兼ねて行われる)で、遅刻してきて白い眼で見られるビュコックを、妻が男性用ステップでリードしてのけたのはもう随分昔の話だが、その時についたあだ名がそれだった。

ビュコックはこいつは一本取られたとばかりに型をすくめ、コーヒーのおかわりを飲み干した。
彼は、武官の一人としてあの同年代であるのに外見はあの頃の妻と同じくらいの使節団の皆様をご案内する役目を負っていたのだった。




――数刻後、同 自由惑星同盟議会(代議院) 控室


「お見事な演説でした。」

ビュコックは拍手をしながら、正使殿を出迎えた。
場所は、同盟議会(代議院)の控室。
最高評議会委員たちのための控えの部屋である。
代議員たちを前にした演説を終え、拍手に送られてきた内親王殿下を相手に、ビュコックは自然体で蒸しタオルを手渡す。
侍従の一人を言いくるめて奪い取ったそれを手にした女性は「ありがとう」と言って顔の汗をぬぐう。

この少々安っぽい部屋に日本側代表団から正使とその侍従たちがいるのは、ビュコックがここにいるのと同様いってみれば妥協の産物だった。
もともとは、ある程度つながりがあるヤン中佐やパエッタ提督などの名前が挙がっていたのだが彼らのみが親しくなりすぎることへの懸念(と主にお偉方の打算)があったことや野党の横やりもあり、「与野党のどちらでもない控室」であるこの部屋が選ばれ、なおかつ「兵からたたき上げで提督にまでなった自由の闘士 アレクサンドル・ビュコック」が案内人として選ばれていたのだった。

本人にしては迷惑極まりなかったし、片付けをしても残る生活臭を必死で消す羽目になった秘書や事務官たちも同様だった。
普段は答弁している委員たちを尻目に秘書や事務官たちがお茶会をやったり、演説原稿に注釈をつけたりしている部屋は、どう見ても場違いな人々がこうしてひしめくことになっていたのであった。


「緊張されましたかな?」

「ええ。といっても少しですがね。何事もはじめてはありますから。」

これでも演説じみたことはしていまが、自分ですべて話す言葉を決めるのは久しぶりです。と彼女は笑った。

ビュコックをはじめ、同盟側からも出ている連絡官たちが「おお」と眉を上げる。
今の言い分が正しければ、この人は秘書やライターなどに演説原稿を書かせたわけではないらしい。
事務方が多いこの場では、その事実自体が好印象に値した。


「あ。でも電脳とか補助とか検索とかはしていますよ!? 別にそれほど苦労したとかそういうわけじゃ――」

「はっは。いえいえ。」

ビュコックは笑い、あわててそれをおさえて言った。

「殿下。そういうことはやってくださっただけで価値があるものです。ご謙遜も度が過ぎますと嫌味になってしまいますので、どうぞお受け取りを。」

おい。とビュコックは後ろでこそこそしている事務官を呼んだ。
ひゃ・・・ひゃい!と舌足らずになってしまった声を上げて直立不動になってしまった事務官の手の上には、菓子の袋があった。

どうやら仕舞い忘れていたらしい。

「それ。」

「え?あ、はい。」

ビュコックは、銘菓ハイネセンラスクを手にとり、「どうですか?」と勧める。
侍従が制止しようとするのをこんどは内親王殿下が抑える。
ビュコックは、同じ袋から取り出した大判のラスクを半分に割り、「どちらにされます?」と首をかしげる。
そして彼女が選んだ方を残し、残りをバリっと口に含み、差し出す。

彼女は笑って、もう片方を手に取り、そして同じようにバリっと口にした。



ちなみにこのことはどこからかマスコミに漏れたが、ビュコックへの注意を行おうとした同盟軍には殿下直々にその必要なしという言葉と、銘菓数種の購入代金と注文書が回ってきたという。

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最終更新:2012年02月18日 21:39