614 :名無しさん:2012/02/23(木) 21:00:36
『ラインハルトと一緒?』その2
「悩み事?」
先に話しかけてきたのは黒髪の少女であった。
だが、そこで素直になれないのが祖父にも指摘されたラインハルトの欠点だった。
「……そちらこそ」
「いや、こっちは仕事疲れ」
苦笑しながら言われた言葉に内心で首を傾げた。
が、黒髪という事で思い浮かんだのが今、このオーディンに来ているであろう大日本帝国の一同の事である。
自分とそう大きな差があるとも見えない少女が、と思ったが、或いは誰かの従卒で来ているのかもしれないと思い直した。幼年学校の生徒が実地研修を兼ねて高官の従卒などを勤めるのは、史実のラインハルトの傍らにエミール少年がいたように珍しい事ではない。
おそらく、彼女も誰かの従卒なのだろう、そう判断した。
それなら護衛が彼女を見知り、通した事も納得がいく。
その時、ラインハルトが胸の内を明かす気になったのは、当人をして後々も何故か分からなかった。
或いは少女の長年のスキル故だったのかもしれない。
「……今まで俺は嫌いな奴らがいた、いや、憎んでいたといってもいい」
少女は突然語りだした少年の言葉を黙って聞いていた。
こういうのを聞き上手というのか、と内心思いつつ、一度吐き出し始めた口は止まらなかった。
「ところが、それが全部ひっくり返った。姉を連れ去ったと思った相手が実の祖父で、貴族に狙われた姉を保護してくれていた。姉を売ったと思っていた父はその実裏であれこれ手を回して、姉を祖父に預けて表向きは母同様に姉を強引に連れて行かれて、酒に溺れたように装い続けていただけだった」
それぞれがそれぞれの出来る事をしていた。
自分は見当違いの方向を憎んでいただけのただの道化、いや、子供でしかなかった。
そう吐き出して、少しの間沈黙が続いた。
そして、次に口を開いたのは少女の側であった。
「……人っていうのはさ、結局腹を割って話し合う事が出来ないとなかなか分かり合えるものじゃない」
「?」
ちょっとした事、些細な事から簡単に人の関係は破綻する。
そんな気はなかったのに、そんなつもりではなかったのに、僅かな事がそれまで良好だった関係を破壊する。
その時、腹を割って話し合えるかどうかが問題だ。
だが、大人の場合はそれが分かっていても口に出来ない、という事はある。
「だからこう考えよう。本当なら二人とも全てを腹にしまってあの世までもって行くつもりだった秘密を君に明かしてくれた……これは一つの機会なんだと」
「機会……」
「そう、ここで君が変わらず、門閥貴族のわがまま若様同様見たくないものには目を塞ぐ事も可能だし、嫌な事でも直視して少しずつでも自分を変えてゆくかは……君次第だ」
「……俺はあいつらとは、馬鹿貴族とは違う」
「そうか、なら少しずつでも変わっていかないとね」
笑いかけた少女の笑顔に何故か顔が赤くなり、顔を逸らしたラインハルトだった。
615 :名無しさん:2012/02/23(木) 21:01:24
「……そう、銀河帝国も自由惑星同盟も、そして大日本帝国も変わろうとしている」
少女がふっと続けた言葉にラインハルトは顔を上げ、少女の顔に再び視線を向けた。
その少女の視線を追えば、そこには式典の録画がニュースとして報道されていた。最近はこうした嘗ては殆ど洩れなかった宮廷での映像が大日本帝国がある程度明かしてしまうからだろう、銀河帝国でも流れるようになった。或いはあの祖父が関わっているのかもしれない。
「戦術面でしか物事を見れなかった両国だ。大変ではあるだろうが、これから戦略的な見方を構築していかないといけない」
「戦術面……?」
「そうさ。例えば……そうだな。今、映像にオフレッサー上級大将が写った。彼の事を宇宙艦隊の住人の中には野蛮人とか原始人と蔑む者もいるというが、戦いでしか解決出来ないのなら、オフレッサー上級大将とどう違う。オフレッサー上級大将を原始人と呼ぶ人間こそ、自分が同じ原始人である事に気付いていない……ただ使う道具が斧から宇宙戦艦に変わっただけなのにな、それだけで自分の方が偉いように錯覚している」
その言葉にラインハルトはショックを受けた。
自分も頭のどこかで装甲擲弾兵という地上戦の専門家を必要だと理解しながらも、侮っていたからだ。
そして、ラインハルトの明晰な頭脳は理解するのは早かった。
そうだ、どう違うのだ。結局、戦うなら使う道具が違うだけではないか……オフレッサー上級大将と艦隊司令官、それがどう違うというのだ……。
「まあ、君はまだ若い……この国が変わろうとしている中、君の未来も変わったんだろう?」
黙ってラインハルトは頷いた。
「なら、それを良い方向に捕らえるといい。これからきっと未来は明るくなるんだ、とね」
そう思わないとやってられないし、そんな言葉は中にぐっと押し込めた少女だった。
ふと気付けば、時間が思っていた以上に過ぎていた。
元々、彼女は忙しい合間に少しの休憩の為に抜け出してきていたのだ。
「さて、こちらはもう帰らないと……じゃあな少年」
そう言って立ち上がった少女にラインハルトは声をかけた。
「……お前……いや、君の名前は?」
「嶋田、嶋田茉莉だ」
ちょっと驚いたようだったが、すぐに嶋田は笑顔で答えた。
「そうか……俺はラインハルト・フォン・ミューゼル。……何時か必ずまた会おう」
そう言って、差し出された手を少女は握り返し、「ああ、何時かまた」、そう告げ、今度こそ去って行った。
ラインハルトが後に彼女が大日本帝国の現役中将で、今回派遣された大日本帝国側の武官代表であった事を知るのはもう少し先だが……。同時に。
ラインハルトとは思っていなかった嶋田中将が「あの時程、内心を現さずに隠してくれた義体の性能に感謝した事はない」と語ったのも秘密の話である。
「ラインハルトでしょう?気付かなかったんですか?」
「……綺麗な子だとは思ってたけどさ。やっぱりアニメや漫画と現実の姿は違うんだよ」
【終わりー、ラインハルトが嶋田さんにどう感情を抱いたかは……想像にお任せします】
最終更新:2012年02月24日 22:31