337 :ひゅうが:2012/02/19(日) 21:45:08

銀河憂鬱伝説ネタ 本編――「小さな進展(byフレデリカ)」



――宇宙歴789(皇紀4249)年8月6日 銀河系 いて座腕
   自由惑星同盟首都 ハイネセン


ヤン・ウェンリーにとって宇宙歴789年は実り多き年であったと多くの人は語る。
エル・ファシルの英雄だった昨年に続いて、まったく政治的な理由で挙行された対日使節団の一員として加わった彼いわく「長距離旅行」で内外の高官にその名を概ね好意的な意味で覚えられたことに加え、私的な意味でも。

彼の後輩であるダスティー・アッテンボローや親友であるジャン・ロベール・ラップのいうところの「栄えある独身クラブ副会長候補」でなくなったこともそうだが、フレデリカ・グリーンヒルにとっては憧れでなく何らかの覚悟を決めさせ、またシドニー・シトレやドワイライト・グリーンヒルにとっては有能で比較的「まとも」な部下を得られた喜び(ほかの有能な連中はどいつもこいつも自己主張が強すぎるのだ)を覚えさせ、またヨブ・トリューニヒトにとっては「面白い」知り合いとして、そしてレオン・パエッタにとっては「俺がついていてやらんとすぐ怠けるがいい奴」を見つけたという意識を覚えさせたという点において彼はそれまでの不運の分を幸運で取り返したといってもいいだろう。

だが、きっかけが幸運であるにしろ、彼が自ら持つ何種類かの資質と妙な意味での「人徳」はそのつながりを強めこそすれ、弱めはしなかった。
こののち、一年間の第5艦隊次席参謀としての着任とそれでできた老将アレクサンドル・ビュコック提督とのつながりもそうだし、第2艦隊司令長官に就任することになるパエッタの参謀長としての時間もそれを補強した。

ヤン自身がこの時点で予想していたように、きっかり5年間の平和な時代はヤンをターミナルにしたある種のネットワーク構築に大いに役立つことになった。
のちにフレデリカが語るところの

「家にいけば、リュシーさん(パエッタ夫人)がエプロンで手を拭きながら出迎えてくれ、パエッタさんが新聞をスクラップ帳に閉じているのを横目に見ながら居間に行くとヤンとキャゼルヌ一家が紅茶を楽しんでいる。ブランデーを入れすぎそうになるのを私がたしなめるとヤンはすねたように言い訳をし、ユリアンがすかさず尊敬のこもった毒舌で応じる。
茶々を入れてきたアッテンボローさんは昼間から酒瓶を手にしているし、ビュコック提督は自分はこそこそグラスを隠してすっとぼけている。
遅れて到着したラップ夫妻はそれを見て笑うジャンさんと説教をはじめるジェシカさんで対照的だし、ついてきたシトレ閣下と父は苦笑するばかり。
キッチンからはビュコック夫人や母の『できましたよ』の声とともにアツアツのパイとスコーンがやってきて、皆が歓声を上げる。
そしてその頃になって思い出したかのように私にシマダさんからの手紙を見せるヤン。
私はそれにため息をつきながら苦笑で応じるのだ。」

というような光景の類似項はこのころ作られ始めていたのだ。

つまりは――



「ヤン中佐。そこのところの言葉は何かこう、勝ったはいいが慢心するなかれというような言葉がほしいな。」

「勝って兜の緒を締めよという言葉があります。ちょうどかの国の『連合艦隊解散の辞』というものがありますので。
これが訳文です。」

「やはりシロン星産の茶葉をグリーンティーにしたものはだめか・・・。
いいアイデアと思ったのじゃが。」

「いえ、むしろ花などでフレーバーをきかせればいいものになると思います。
ですが『リョクチャ』にするにはいささか――
タンニンがきいたものと菓子をあわせることであちらは楽しむそうですので。
下手な細工をするよりもここは同盟の菓子でもてなしたほうが好印象かと。」

「あのー。」

私、フレデリカ・グリーンヒルがパエッタさんとヤン中佐の自宅を訪ねると、そこは戦場と化していた。

338 :ひゅうが:2012/02/19(日) 21:45:42

「ん? ああ、ミス・グリーンヒル。いらっしゃい。」

「これはいったい――」

「なにって・・・仕事?いや時間外労働だからな・・・これがシマダさんのいっていたキギョウセンシとかジャパニーズビジネスマンか?」

ヤンが少し隅の出た表情でぶつぶつ言う中、居間の隅では書籍製造器がガーという音を立てながら本を作っており、その周辺では宇宙艦隊司令部の事務官たちが書き物をしている。
そこで第5艦隊のビュコック提督が何やらメニュー表らしきものを広げており、奥では秘書を連れたトリューニヒト外務委員長があいかわらずの胡散臭い笑みを浮かべながら演説原稿らしきものに注釈を入れていた。

それを遠巻きに見守るアッテンボローさんとラップ中佐は、時折出来上がった書籍や書類を外で待機している政府職員や軍事務のみなさんにもっていかされているらしい。

「ちくしょーヤン先輩!今度おごってもらいますからね!」とか。

「ジェシカになんて言おう・・・。」とか叫んでいる。


「あの・・・ヤンさん?」

彼の口から出たシマダの名が少し胸の奥をズキリとさせたのを自覚しながら、私は言った。

「このシュラバは一体?」

「お仕事していたら、いろいろな人が訪ねてきて時間外労働を私に強いているのさ。」

ヤンが言うと、周囲はそしらぬふりをしているが少し表情がひきつった。

「ああ、君はグリーンヒル提督の御嬢さんか。あとパエッタ君。」

ビュコック提督が私に気付いたらしく挨拶をしてきた。

「あとって・・・最近扱いが悪いじゃないですか?ビュコック先輩。」

「そこの若い狐と仲良くしているじゃろ?それに若いのをそっちに引っ張り込もうとしているとか。
儂は政治的軍人は好きではないのじゃよ。まぁシビリアン・ドミネート(文民による専制支配)も嫌いだが。」

「ひどっ!あと口わるっ!」

ちょっと涙目になっているパエッタさん。
どうもどこぞのパーティーでトリューニヒト氏と話があったのを理由に「そっちの派閥に与した」と思われているらしいと本人はこの間ため息をついていた。

言ってはいけないかもしれませんが、もうちょっとよく考えましょうよ・・・

「ええ。フレデリカ・グリーンヒルです。お久しぶりです。
3年前の第5艦隊司令官就任の際にお会いして以来ですね。」

「驚いた。御嬢さん記憶力がいいようじゃ。どうだ、うちの艦隊の参謀になってみないか?」

にっこり笑って私は士官学校志望ですと伝え、そして言ってやった。

「ええ。ヤンさんの部下としてなら喜んで。」

ほほう。とニヤつくビュコック提督。
その後ろで「ほう」と眉を上げるトリューニヒト外務委員長。
表情は相変わらずの微笑だが、完璧すぎて逆に胡散臭いのは変わらない。

にしても、その隣で首をかしげているヤンさんが朴念仁すぎる。
一発ひっぱたいてやろうかしら。

「それはそれは。すまないね。どうもこの家は便利な位置にあるし、中佐は人気者だからね。仕事がこうしてかちあってしまったんだよ。」

トリューニヒト氏が甘い声で謝罪してきた。

彼によると、こういうことらしい。
現在ホテル・ハイネセンを迎賓館代わりに宿泊している日本帝国の特使団は同盟政府と会談を重ねつつ、ハイネセン各所や時には他星系の視察を行っていた。

その間、同盟内の各組織が持ち回りで晩餐会や歓迎の会などを開き、会食をしているのだが、それも回を重ねるとどうしてもかぶってしまうことが多い。
演説の内容も。
これは、同盟内部で歓迎役という栄誉ある役目をつとめる部署がついに決まらなかったためであるが、そうしたことはあとに続く歓迎役たちを阿鼻叫喚の泥沼に叩き込んでいたのだった。

ここで外務委員長(と外務省)や宇宙艦隊司令部はある男の存在を思い出す。
ヤン・ウェンリー中佐。
大量の書籍データとその製造装置を持ち、歴史に詳しいうえに日本側上層部とのつながりもある。
何より、彼の住居は同盟政庁や統合作戦本部のある官庁街と高級ホテルの立ち並ぶ繁華街との中間にある。
非常に利用しやすい場所なのだ。

339 :ひゅうが:2012/02/19(日) 21:46:15


かくして、ヤン・ウェンリーはパワーハラスメント的な圧力で特別有給休暇を取らされ、この家に缶詰になっていたのだった。
ちなみにビュコック提督は、ハイネセンまでの道中で第5艦隊旗艦の乗員を丸ごと率いて御召客船「初瀬」に押しかけさんざん飲食をやっていたために、その責任をとらされる形でメニュー作成を丸投げされていたらしい。


「あ・・・あはは・・・。」

なにこのカオス。

「すまないね。勉強をみてやる時間がとれなくて。あとパエッタ長官は残って手伝ってください。」

「私もシュラバるのか!?」

当然です、と黒い笑みを浮かべるヤン(徹夜明けでハイになってる)と、がっくり肩を落とすパエッタ提督。

「君は久しぶりにいい休日を過ごすといい。士官学校に入ってしまえば出かける暇なんてほとんどなくなるから。」

「分かりました。」

すまなそうに頭を掻くヤンさんを見て私は決意した。

「ただし、ヤン『先生』あなたも一緒です。」

「な!?」

「だいたい何ですか。徹夜明けなのにその恰好。その様子だと昨日からパジャマのままでしょう?」

「あ・・・ああ。」

「それじゃ駄目です!それに今まで見ていると外出着も1着だけじゃないですか。
それじゃ駄目なんですよ!私が選んであげますからヤンさんも私の用事に付き合ってください!」

たぶん――私は苛立っていたのだろう。
ヤンが親しく文通しているシマダさんに私が子供じみた嫉妬を抱いていたこと、そしてこのときヤンに仕事が舞い込んできていた理由が日本側の特使たちに原因があることを知ったことが私にそれだけの行動力を与えていたのかもしれない。

      • にしても、あの出かける際のニヤケた人たちとか、必死で助けを求めるパエッタ提督を引きずっていくアッテンボローさんやラップさんの顔は自重すべきだと思う。

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最終更新:2012年02月24日 23:11