637 :ひゅうが:2012/03/18(日) 01:15:05

銀河憂鬱伝説ネタ 本編――「男再び」~嶋田in同盟 その3




――宇宙歴790(皇紀4250)年1月20日 銀河系いて座腕
  自由惑星同盟 首都星ハイネセン 第1宇宙港


「そろそろ、来る頃か。」

男は腕時計を見つつ、発着予定表と交互に視線を行き来させている。

「そう、そわそわせずとも。少将。」

「そうかな?」

「そうですよ。リンチ閣下。」

そういうものか。とアーサー・リンチ少将は苦笑した。
自由惑星同盟統合作戦本部に所属し、嘱託扱いである彼は、最近ようやく健康的になった顔を手でさすりつつ、監視役という形になっている「部下」、バグダッシュ少佐をちらりと見た。
ちょび髭をつけ伊達男を気取っているらしいバグダッシュの笑顔は、はっきり言って怪しさ満点である。
リンチはもう慣れているが、初対面だと怪しんでくれといわんばかりに見えるだろう。

まぁ、自分に悪意を持っているのではないかとリンチは納得することにしている。


一昨年に銀河帝国に囚われて以来、リンチはあまりいい扱いを受けたわけではなかった。
当初こそ皇帝に忠誠を誓うことを要求され待遇も比較的良好だった。
しかしフェザーン経由で入ってきたニュースで自由惑星同盟で「エル・ファシル脱出成功」への称賛と、「農奴狩りを企んだ卑劣な帝国軍」へのバッシング、そして悲運の駐留艦隊司令官への同情的な見方が広がっているというニュースが入ると苛立ちまじりの脅迫に変わり、最後にはそれは罵倒に変わったのだった。
あとで考えてみれば、リンチとしては万が一の時のために念のため検討させておいた脱出計画が「警備艦隊を囮にした脱出作戦」となったために当初からそれが構想されていたと誤認され、八つ当たりをされていただけの話だがそれが逆に収容所仲間から彼を守ったこともまた事実である。
リンチとしては結果的にヤン中尉の手で住民脱出が成功していたことでそれら精神的な拷問に耐えられたのだが、これはこれで収容所の捕虜たちが心ないバッシングでもはじめていれば彼は耐えられたかどうかわからない。

638 :ひゅうが:2012/03/18(日) 01:15:43

神ならぬ身としては帝国軍(の中の貴族ども)が奴隷狩りを目標にまっすぐエル・ファシルへ侵攻してくるとは予想できず、航路確保にかかったところで戦力を分散したの帝国艦隊を援軍とともに叩きだすというリンチの目算も外れていた。
それゆえ自身の力が足りなかったということやエル・ファシルを囮にするかのような作戦を立てたことに反省はするが、臆病風に吹かれた挙句間抜けに捕まったなどと嘲笑されることや愛する妻と子に見捨てられることがなかったのは彼にとって幸いだった。

だからこそ、リンチ少将は捕虜交換の際帝国側捕虜の代表として式典で(拷問や強制労働の際に傷を追った)腕を三角巾で釣りつつ挨拶を行い、迎えに来ていた妻と娘と涙の再会を果たすことができていたのであった。
そしてバグダッシュは、捕虜交換が決まった際に加熱する報道から彼の家族を守り、(また帝国艦隊の襲来を予測できなかった軍上層部の責任を追及させないように情報の出口をコントロールする)役割を与えられ、今現在はリンチ付きの部下としてここに至っている。


――こうした経緯は、リンチをしてこのバグダッシュに一定の信頼を抱くに十分なものだった。



「俺がこうも早く帰ってこれる理由を作った日本帝国からの密使だからな。思うところはあるのさ。」

そして自分がスケープゴートにされなかった理由も。とリンチは言外ににじませる。
バグダッシュは「なるほど」とわざとらしく肩をすくめてみせていた。

「お。あれか。」

手荷物のターンテーブルが回り始め、しばらくすると切れ長の瞳をした軍服姿にトレンチコートを羽織った女性が自動扉から出てきた。
バグダッシュが手元の「嶋田様」という下手な漢字を書いたフリップを高く掲げると、彼女は微妙な表情をしてこちらへ向かって歩いてきた。


リンチは彼女の胸元の徽章に少し目を見開き、直立不動になった。
日本帝国宇宙軍の統合軍令本部の徽章、そして飾緒と、中将の階級章。
これは、思った以上に大物が来たものだ。


「自由惑星同盟軍所属 アーサー・リンチ少将であります。ようこそ自由の国へ。嶋田中将閣下。」

「宇宙艦隊では階級の後に『殿』は不要ですよ。リンチ少将。」

フ…と微笑した女性に、リンチは「ですか」と肩をすくめた。
ああいけない。バグダッシュの癖が移っているな。と彼は思った。

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最終更新:2012年03月21日 14:50