272 :ひゅうが:2012/03/31(土) 18:27:04

銀河憂鬱伝説ネタ 本編――「転生者たちの悪だくみ(と鰻)」その2


その後も一通り報告は続いた。
概ね相互交流と貿易は順調。帝国側もこちらを無視せず、また戦闘をむやみに開始しようとしていないのは歓迎すべきことだった。


「それで、工作の方はどうなっているのですか?」

アナスタシア朝ロシア帝国からやってきた摂政アナスタシア・ヴァストカヤ・ロマノヴァ殿下が「松」のうな重から顔を上げて言った。
どうもこの皇家は朝の始祖からの伝統で日本帝国の皇室同様質素が良とされているらしく、真面目なこの殿下は好物が日○のカップ麺といういろいろと「そこはどうなの…」という人物だ。
そのためかめったにこういうものを食べられないらしい。
外から見うけられない程度に急いで食べていたらしく、ほっぺたにご飯粒がついている。

「ええ。外務省もいい仕事をしてくれています。」

安部が答えた。

「フェザーン経由でいろいろと『噂』を広めています。もともと新皇帝は開明派といわれていますからね。官僚と徒党を組んで集権体制化を図ろうとしているのは間違いありません。ですが、その時期については――誰も知りません。」

「ゆえに、『改革』の時期について虚偽9割事実1割の情報を流す、か。そして――」

チャーチル卿がニヤリと笑う。

「大貴族領の国家管理化、辺境貴族領への交通路直轄化、そして対同盟和平によるイゼルローン回廊開放。大貴族の収入源はこれらで断たれる。となれば。」

「反乱発生、ですか。しかし打つ手をこれほど急ぐ必要があるのでしょうか?」

他人事のようにアナスタシア殿下が言う。
南雲は言った。

「ええ。もともとは、軍拡競争に帝国を誘い込み、経済破綻に近い状況に追い込んでから一撃を加え現状の世界を許容せしめ経済的従属下でゆっくりと解体する予定でした。」

全員が頷いた。
これは、銀河系内郭国家連合が長期戦の果ての銀河帝国の崩壊と難民の流入によるサジタリウス・オリオン両腕の不安定化をいかに恐れているかの証となる。

正確には、帝国崩壊による難民流入により同盟政府が機能不全に陥り自分たちに丸投げを決め込まれることだが。
現在進行中のペルセウス腕や白鳥腕外延部への領域拡張と開発のように、何もないところに一から何かを作る方が、いったん壊れたものを立て直すよりもはるかに安上がりなのだ。


「ですが、フェザーンにおいて我が国に接触を図ってきた新皇帝派の大貴族の一部が漏らしてきた情報によると――新皇帝ルードヴィヒ1世は、徳川家康の故事に習い『天下普請』を行わせる模様です。
具体的には、皇帝直轄領の周辺にある大貴族領の外延部において点在する要塞へのエンジン据え付けや航行改造などの工事を大貴族に負担させ、辺境領は戦闘艦の建造を負担させると。」

一瞬の間をおいて、場がざわついた。


「馬鹿な。大貴族に建造中とはいえ主力艦を委ねるのか!?」

「いや、ある程度現実的かもしれん。帝国の国庫を痛めることなく軍事力を強化でき、ためこむだけためこんだ貴族の富を吐き出させることができる。」

「かの国の要塞はもともと貴族の反乱を警戒するために帝国軍が作ったものだ。それがなくなるのだから大貴族も歓迎するのでは?」

「新皇帝派の大貴族たちは反逆などせずにしたがうだろう。そうでなければ開明的とされる皇太子をはじめから担いではいないだろうし。」

「それに、もしも反乱をおこしてきたら、それを理由に皇帝派が保有する要塞――いや機動要塞を用い討伐できる口実が立つ。
戦後処理は苛烈を極めることもできるだろう。何と言ってもルドルフ以来営々と帝国が作った要塞を奪い、貴族の本分をわきまえずに反乱を起こしたのだ。」

「ルイ14世のようにその事業完了をもって絶対王政を確立するつもりなのか?」

273 :ひゅうが:2012/03/31(土) 18:27:59
もしもそうなれば――と夢幻会は戦慄する。
強化された銀河帝国は戦争の天才ラインハルト・フォン・ローエングラムに率いられて数十隻の機動要塞を連れてやってくることになる。

悪夢だった。
だが。

「それを大貴族が許すのか?吾輩の手の者の報告だと、帝国の門閥貴族はイイ感じに腐敗し、精神もプライドだけが肥大化した成金なみだそうだが?」

チャーチルがかのカエル喰いを目の前にしたように嫌そうな表情で言った。
おそらくは、歴史のかなたに過ぎ去ったあのアンシャンレジーム下の「無責任」という言葉でしか表現できないフレンチな貴族たちを思い浮かべているのだろう。

「そこです。貴族といえど欲の塊ならば反乱を発生させ、あるいはテロルなどを用いても彼らの言う『貴族の神聖なる権利』を守ろうとするでしょう。『ルドルフ大帝が保障した神聖な云々』という理由をつけて。門閥貴族というだけあってそれは彼らの一族を巻き込み大規模なものになります。
ですが問題は、暴走した貴族が短絡的に新皇帝を排除しようとテロルに走るか、皇帝による帝国政府の掌握を待たずに動いてしまうことです。
前者が『制御された内乱』となるのに対し後者は『滅茶苦茶な内乱』と化す可能性が高くあります。」

どっちにしても、頭の痛いことに変わりはなかった。

「展開が急過ぎると、最悪の状況が招来されかねない、ね。」

姉宮様こと月詠宮殿下が呟いた。

「――要するに、その『皇帝派大貴族』はこういいたいわけだ。
『かかってこい。相手になってやる。だが付き合わないと難民を送りつけてやる』と。
あるいはこちらの狙いを探っているのかもしれないけれど。」

まさに外套と短剣の世界ねー。と義妹が苦労するだろうことを考えて彼女はふっふと笑う。

「まさしくビスマルク・スタイルの外交(グレートゲーム)そのままですな。」

チャーチル卿が懐かしそうに言う。

「ですが分かっているのですかね?そういった秘密外交と国家権力の強化に対し民衆を中途半端な状態にしておいたその果てを。まぁ私が言うのもなんだけど。」

アナスタシア殿下がス…と目を細めている。

革命。
彼らの頭にはその何文字かがちらついていた。
しかし、この三名が辻たちと一緒に何かオーラを出すと何かよくわからないオーラが出ているように思える。
いや、確実に。

「で、ですので、当面は暴発を抑止するために動くべきかと。同盟としても軍制改革の途中で動かれたら困りますからね。」

南雲は胃のあたりをさすりながらそうまとめた。

「我々、同盟、そして帝国。いずれも今の波風を欲していない。ゆえに『談合』が成立すると。」

辻が言った。

「すべては10年後。一度の決戦でつく。向こうはそう考えている――やれやれ。我々が艦隊決戦やら漸減作戦をやる羽目になるとは。」

「統合軍令本部では別の作戦案がいくつかできています。
それに、そこまで順調にいくとも言い切れません。案外、アナスタシア摂政殿下の仰ったようにどこかが暴発するかもしれませんよ?」

ここぞとばかりに統合軍令本部からきた永田が言った。
最近濃すぎる面々の中で影が薄いのが悩みの種らしい。

274 :ひゅうが:2012/03/31(土) 18:29:38

「では、現状行われている対帝国工作は帝国の内乱の『先送り』とするということでどうでしょう? 初期に暴発させて混沌化するのも困りますし帝国の思惑に乗り中程度の内乱で済ませるわけにもいきません。可能な限り引き延ばし、反乱の大規模と帝国の国力消耗を図ると。」

南雲はまとめた。

「軍としては敵の強化を容認するのはあまり歓迎できないが、帝国の内乱を大規模化させるためであれば致し方ない。」

東条が言う。

「財務当局としても外洋機動艦隊計画やペルセウス腕開発計画にのみ資金を投入するわけにはいきませんからね。平和の帰還が長くなり後始末が容易になるなら異議はありません。」

辻がくいっとメガネを上げた。
座敷でなぜか悶える奴が複数いるが南雲は無視した。

「我々同盟国としても、後始末は容易な方がいい。賛成だ。軍の派遣は正直短期間の方が有りがたいからな。」

「うちも同様。」

チャーチル卿とアナスタシア殿下が基本的に同意を示した。

「あ、そう。」

座長の『姉宮様』がニコリと笑って言った。
どうやらこういう仕切りのようなことが楽しいらしい。

「では、そういうことでいいですか?皆。」

「「「異議なし。」」」

「会合」の第一議題はこうして決した。




「実に有意義な『会合』だった。」

「またお招きに預かりたいです。」

「いや。そうそう頻繁に来られても困るのでできればこれまで通りに・・・。」

「なんだつまらんなぁ。だが実務協議は続けさせてもらうぞ。」

「あ。その『松』のお持ち帰り分できてます?」

      • 転生すると(一部の例外を除き)人はフランクになるらしい。



【あとがき】――お待たせしました。閑話ですが投稿いたします。次回か次の次あたりで一区切りをつけようと思います。

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最終更新:2012年04月08日 21:46