916 :ヒナヒナ:2012/04/10(火) 20:56:49
○片道書簡
Sep, 25 1942,
ママとパパへ
今、僕は中国にある日本軍の収容所から手紙を書いています。
この手紙はちゃんと届いてママ達に読んでもらえているのかな?
とりあえず僕は無事です。上海で、爆発ですっ飛ばされて頭を打ったけど、
頭に瘤ができて、体が青あざだらけになるくらいだったよ。本当に運がよかった。
友達で死んでしまった奴も沢山いたからね。
うーん……実はあまり、何を書くか決めていなかったんだ。
昨日、手紙を出せるって教えてもらってから、
とりあえず心配しているママとパパに無事を知らせなきゃ、って思ってね
ママが泣きそうな顔して隣のキャシー叔母さんに捲くし立てている様子が目に浮かぶよ。
また、手紙を書くね。
ママとパパの息子テリーより
*
Oct, 8, 1942,
ママとパパへ
この前の手紙は手紙の集配の時間が迫っていたから随分適当なことを書いてしまったよ。
もう少し詳しく僕の今の状況を書くね。
前に書いたとおり、僕は中国で日本軍の捕虜になって、
上海にある収容所にいれられているんだ。
もう、そちらにも伝わっているかもしれないけれど、在中米軍は降伏したんだ。
僕のいた部隊は日本軍の夜襲から運よく生き残ったのだけど、
中国人が裏切って後ろから撃ってきた上に、上海のアメリカ租界を襲ったんだ。
だから、僕らの部隊は上海の民間人を救うために戦うことになったよ。
おかしなことに敵である日本人を殺した数より、
味方だったはずの中国人を殺した数の方が多かったんだ。
僕はその途中で何かの爆発で吹っ飛ばされて気を失ったらしいんだけど、
気が付いたら頭に包帯を巻いて収容所にいたよ。
一応、食べ物もちゃんとあるし、拷問されることもなくてほっとしている。
で、収容所から手紙を送れるって知って机に向かっているんだ。
これが僕の今の状況だよ。とりあえず、僕は元気だから心配しないで。
戦争が終わったら家に帰るからね。
ママとパパの息子テリーより
*
Oct, 17, 1942,
愛するママとパパへ
僕らには日本軍から支給される最低限の物資の他に、
ステイツとかからの加配を渡されているんだ。
最近、その分配で喧嘩をする人が多くなっているよ。
加配が州ごとに別々になっているから、人によって物とか数が違ったりするんだ。
陸軍では州ごとに所属が違うから、あまり気にしなくても良いと思うかもしれないけれど、
壊滅した部隊から現場で兵士を寄せ集めて作った部隊が結構あるんだ。
そういう部隊では出身州がバラバラってこともあるらしくて問題になっているよ。
そりゃ、みんないろいろ我慢している中にいっぱいもらう奴がいたら面白くないよ。
僕の部隊にも現場の判断って奴で部隊に加わったはぐれの兵士が一人いるよ。
僕らと同じく、加配がほとんどない組だったから特に問題はなかったけどね。
僕は辛くないよ。加配なんていらないから心配しないでね。
州ごとに経済力がぜんぜん違うって学校で習ったしね。
ママとパパの息子テリーより
917 :ヒナヒナ:2012/04/10(火) 20:57:23
Nov, 19, 1942,
愛するママとパパへ
手紙を書くのが遅れてしまったのにはわけがあるんだ。
実はちょっと残念な報告なのだけど、他の部隊の奴と喧嘩してしまったんだ。
僕が手紙を書いていたら隣の部隊の上等兵(僕も階級が上がったから同格です)に、
「ニヤニヤしやがって気持ち悪いんだよ」って言いながら椅子を蹴られたんだ。
僕が伍長を睨むと、罵声を浴びせてきてそのまま殴り合いになったんだ。
殴られて額をちょっと切ったけどガーゼを張っておけば直るし、
パパに昔言われたようにちゃんと殴り返したよ。
それより、東部の根暗野郎だの、ニヤニヤ顔の気狂いとか言われた方が頭に来たよ。
部隊のホーランド軍曹(頼りになる兄貴分なんだ)に止められて、
その後駆けつけた日本軍の衛兵に連行されて絞られた挙句に、三日間独房に入れられたよ。何もできず誰ともしゃべれないっていうのが、こんな辛いことだとは思わなかったよ。
早く家に帰りたいよ!
ママとパパの息子テリーより
*
Nov, 30, 1942,
愛するママとパパへ
今日も部隊で作業をしながら時間が過ぎていくよ。
前回書いた喧嘩騒ぎの所為なのか、衛兵がピリピリしているんだ。
後で小隊長に聞いたら、最近喧嘩が増えているかららしい。
そういえば、ここの生活は月日の感覚が可笑しくなるけど、もう12月だね。
ここでの生活にも慣れたけど、いい加減クリスマスには家が恋しくなるよ。
去年庭に植えたモミの木はちゃんと育っているかな? そこは潮風がきついからね。
来年のクリスマスは絶対に帰るから、
ちゃんと僕の分のクリスマスプティングも用意しておいてね。
ママとパパの息子テリーより
*
「おい、テリーのやつはどうした?」
「また、手紙を書いていますよ。」
「……そうか。」
少尉の階級章をつけた若い仕官が軍曹に聞くと、ホーランド軍曹は顔を顰めて報告した。
少尉はため息を付き、仕官にだけ渡されているデスクの一番上の引き出しを開けると、
中には手紙が十数通。
あて先はコネティカット州ニューヘイブンのMr. . & Mrs. デニス・クラウス宛だった。
すべてに配送不能を示す赤いスタンプが付いている。
少尉はそこにもう一通、今日送り返されてきた手紙を仲間に加えた。
「いくら送ったって全部戻ってきてしまうのにな。」
「あいつは、上海で頭を打ちましたからね。それで狂っちまったんでしょう。」
「可哀相に。読む人も居ない手紙を送り続けるとはな。」
「しかし少尉殿、いっそあいつは幸せなのかもしれませんよ?
なんたってこのクソッたれた現実を見なくてすむんです。」
テリーは今日も楽しそうに、津波で区画ごと消滅した実家に宛てて手紙を送り続ける。
(了)
最終更新:2012年04月15日 07:23