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623.
ひゅうが
2011/11/24(木) 17:00:58
――軍歌というものがある。
基本的には軍隊内部での士気の鼓舞や、国民向けのそれであり、行進曲風の勇壮なマーチであることも多い。
日本においては、明治維新に際し歌われた官軍の「宮さん宮さん」などにはじまり、明治時代の西洋音楽の摂取とその消化発展に伴い多くの作品が生まれた。
軍歌作詞の趣味があった明治天皇の後押しもあり、なにか記念すべき事柄があるたびにその数は増え、日露戦争直前になるとその動きはひとつの到達点を得る。
「日本陸海軍」(当初は「日本陸軍」)と題された「制式軍歌」の誕生である。
制式軍歌というのは、軍が楽譜や歌詞を正式に採用し、軍楽隊などに演奏させるものである。
中でもこの「日本陸軍」は、勇壮なメロディーの中に歩兵・砲兵・工兵・輜重兵・騎兵などの兵科を歌いこんでおり、その役割について国民に分かりやすく知らせる効果も持っていた。
その完成度の高さから、当時作曲が進んでいた「日本海軍」は保有する軍艦全艦を歌詞に織り込むという無茶をやめてこちらに軍艦の役割を解説させることにしたほどだった。
もっとも、海軍はこののちに「軍艦行進曲」という得難い名曲を得るのであるが・・・。
話を戻す。
この軍歌は、そのまま歌い継がれていたのだが第1次世界大戦後となると、その歌詞に若干の改訂を加える必要が生じてきた。
騎兵は兵科の花形の座から降り、かわって機甲科という鋼鉄の怪物たちや、空をゆく航空科が新たな仲間に加わったためだった。
海軍は、軍艦行進曲とならんで親しまれていた「日本海軍」の中に潜水艦と空母を付け加え、水雷艇をその中から外しただけで済んだ。
が、日本陸軍はそうはいかなかった。
こうして、昭和4年、陸軍の教育本部内に制式軍歌改訂委員会が発足、歌詞の改訂に着手した・・・だが、ここで大きな問題が起こった。
軍の一部から、「輜重兵と斥候兵を外してしまえばよい」という意見が出てしまったのだ。
これに、騎兵を歌詞から外させたくない守旧派たちが同調。
対して、欧州戦線帰りの実戦的な若手たちからは「補給をないがしろにするとは何事か」との猛反発が沸き起こり、ことは陸軍を割る大問題に発展してしまったのだった。
これに、当時存命だった陸軍の長老秋山元帥の裁定がおりたのは騒動発生から2カ月後であった。
当時はじまったばかりであった陸海軍合同文化祭において一般も交えた「コンペ」が開催されたのである。
旋律はそのままという条件で集まった作品は27点。
中には石原莞爾中佐の最終戦争を歌いこんだ空気の読めない作品や、何を間違ったか与謝野鉄幹が直筆で応募してきたちょっと文化的すぎる作品、それにお忍びで投稿されたらしいやんごとなき御方の直筆原稿もあったらしい。
それらが選別され、政府上層部や総研まで交えた検討の末に「新日本陸軍」として制式化されたのは昭和6年のことだった。
結論からいえば、輜重兵は2番に歌いこまれてその地位を向上させ、騎兵のかわりに機甲科が3番に歌いこまれたうえで9番の「凱旋」が削除、かわりに航空科が入ったうえで歩兵の番の中に機関銃が歌いこまれるなど、歌詞は大きく変更されていた。
この歌は、陸海軍が出征する際にこぞって歌われ、結果として陸軍の上から下までひとつの意識で近代戦を戦う一助となったのである。
軍歌というロマンチシズムの中にもかかわらずリアリズムを追求した改訂が功を奏した一例ともいえるだろう。
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