625. 名無し三流 2011/11/25(金) 13:40:51
  6月28日。夢幻会メンバーの一部で、この日は記念すべき日となっている。

  事の始まりは1940年の同日だ。辻の財布が(比較的)緩む数少ない投資先である諜報機関から、
夢幻会に入った報告は、その一部の人々を狂喜乱舞させた。


                              ―――イタロ・バルボ、未ダ生存ス



                        提督たちの憂鬱  支援SS  〜俺のバルボが…〜



「俺のバルボが………生き延びちまった!!!!!11!!!!111!!!」

「バルボ万歳!!」

「バルボ兄貴最高です!!」

  夢幻会が会合によく使うラーメン屋。そこでは夢幻会の数ある内部組織の1つ、
『バルボを想う会』が喝采を上げていた。

  彼らはイタリアの誇る有能な人材であるバルボの不審死を繰り返させるまいと、
実に第一次大戦の勃発前からあの手この手で介入を続けていたのである。
史実の命日であった6月28日を彼が無事生き延びた事は、彼らの作戦の成功を意味している。


「それにしても、我らが最大の目標である『バルボ救出作戦』本当に大変な作戦であった。
  在伊大使館など、全てのルートで彼に接触し、彼の躍進の基盤をさらに確固たるものにした上で、
  ともすれば自身の政治的主張を曲げず協調性に欠ける所があったのを説得するのは大変だった……」

  『想う会』創立当初からのメンバーであった1人の老人が、感慨深く回想する。

「しかし、我々の誠実な態度によって今やバルボは積極的ではないにせよ親日派の1人だ」
626. 名無し三流 2011/11/25(金) 13:41:27
「まあナチズムへの非難などは今もしているようですがね。
  フランス司令官に暗に助言をするなんて無茶を思いとどまってくれたのは僥倖です」

  最近まで在伊大使館の駐在武官を務めていた士官も、ほっとしたように言う。


  こういった数々の介入により、イタロ・バルボの人生は憂鬱世界においては違ったものとなっていた。

  まず、史実において彼は空軍司令官に任命された時、空軍に関しては全く素人であったが、
この世界では『想う会』メンバーとの交流の中で航空機に関する基礎知識などを得ており、
それに持ち前の事業家としての才能が加わってかなりの成果を上げていた。

  特に彼の名声を高めた大西洋無着陸横断も史実に勝るとも劣らない大成功を収めており、
これに際しては倉崎系列の社員が技術的なアドバイスを行っていたという逸話も残っている。

  さらに、これらの出来事によって次第に親日派へと傾いていたバルボは、
下位春吉の奮闘や白虎隊の悲劇に感銘を受けていたムッソリーニと見事に意気投合。
ドゥーチェとの関係が良いという事で、彼を疎んじている者達も悪口は言えず、
結果としてバルボ周囲の人間関係は史実ほどギスギスした物にはならなかった。

  だが『想う会』の介入はこれだけに留まらない。アビシニア危機においては、
イギリス方面メンバーが事前にバルボの動向をリークし、
その一方でバルボ方面には自分の行動がバレている事を警告。
ドゥーチェが介入するまでもなくバルボは行動を中止、ドゥーチェ自身も史実通り、
イギリスとの衝突を無謀と考え、アビシニア危機は史実以上に穏便な形で収束した。


  そして、第二次大戦が始まり……リビア総軍の司令官となった彼は、
何事も無くリビアのトブルクの飛行場に降り立つと、停戦条約の発効までかの地でよく戦い、
その後は、北アフリカ戦線での功績から再び空軍大臣へと返り咲く事になったのだった。
627. 名無し三流 2011/11/25(金) 13:42:04
  ――――そして、1943年イタリアはローマ、ドゥーチェの執務室。


「そうかね、やはり君も……"あの国"は無視できない、と考えるか」

  ベニート・ムッソリーニは受話器を片手に話していた。相手は空軍大臣イタロ・バルボだ。

『そうですな。不満な者も多いのですが、極東からは学ぶべき事が多々あります』

「……中国人は頭は良かったが強欲すぎて自らの身を滅ぼした。
  だが一方で、日本人は猿のように何でもすぐ学習するばかりか、
  それで繁栄までしている。ヒトラーは相当腹を立てているだろうな」

  やや自嘲気味に言うと、ドゥーチェはすぐに口調を事務的なものに変えた。


「それで、空軍の強化は順調に進んでいるのだろうね?」

『ええ、期待されているスピードでは進んでいませんが。
  ―――まず、これまで小規模に分立して非効率的だった航空企業は
  有力な所に合併させるなどしたため、生産力については多少マシになりました。
  発動機については、ドイツがあまり乗り気ではないので、交渉の継続と平行してフランス、
  イギリス、そして日本から何か得られる物は無いか模索中です。』

「君は大西洋横断の頃に倉崎と関係を持ったのだろう?
  青写真の1セットくらいは融通してもらえないか?」

『流石に航空機や発動機の青写真を丸ごとは無理ですが……
  倉崎内部に知り合いの航空技師が数人いるので、
  そのツテを頼って何らかの助言を得られる可能性はあります』

「煮え切らないな。海軍は地中海の象徴となる新たな戦艦を計画中だと言うのに……」

  ムッソリーニは指で机を突付きながら苛立つ。
  しかし、その苛立ちはバルボの次の発言の、最後の一言で吹き飛んでしまった。


『そうは言われましても、無い無い尽くしの状況でしてね。
  まあ自前の油田があるだけマシですが……今、マッキとレジアーネに新型制空機の開発を指示して、
  両社から案が上がって来たらコンペをしようという所まで来ています。
  また、両案はさっき話した航空技師にも秘密裏に紹介し、助言を頼もうと思っています』
628. 名無し三流 2011/11/25(金) 13:42:34
「おいちょっと待て、日本は仮想敵国だぞ!
  仮想敵国の技術者に最新戦闘機の概要を見せるというのか!?」

  ムッソリーニは喉の渇きを癒すため、口に含もうとした水を零しそうになった。
  しかし電話先のバルボはそんなのは知った事ではないという風に返す。


『―――お言葉ですが、貴方もハワイ沖海戦の結果はお聞きになったでしょう?
  そして原爆実験も……。おそらく日本の兵器は我々、いや欧州の3年は先を行っています。
  今さら我々が何か新しく作った所で、それはもう日本では"時代遅れ"でしょう。』

「一体お前は何が言いたいんだ!」

『ええ、ですから……ヒトラーは日本とは犬猿の仲、独ソ戦をだらだら続け、今また北米にも手を広げている。
  フランスは憎きライミーへの敵愾心で一杯一杯。イギリスは後ろ盾だったアメリカが消えた上に、
  歴史に残る恥知らずな裏切りのお陰で日本人から末代まで恨まれるでしょう。しかし、我がイタリアは?
  日本に直接的に、酷く恨まれるような事をしましたか?』

  一旦はキレかけたドゥーチェも、ここまで来てバルボの言いたい事を察して落ち着きを取り戻した。


「――――日本に接近しろと、そう言うのだな。
  欧州の連中が各々の事で手一杯な内に日本の技術を吸収し、
  ヴィシー、イギリス、そしてドイツを引き離せと」


『まァいきなりとは言いませんがね。それに上手く吸収できる物でもないでしょう。
  だがイタリアと日本の仲は、フィンランドほどではないにせよドイツほどでもない。
  ドゥーチェは将来、1世紀、2世紀に渡って欧州枢軸国と日本の潜在的敵対が続くとお思いで?』

「思えんな。いずれどちらかの体制が音を上げる事になるだろう」

『私もそう思います。そのような時に、イタリアが取るべき最良の役割。
  それは枢軸勢と日本勢の仲介ではないでしょうか?』
629. 名無し三流 2011/11/25(金) 13:43:06
「むむむ………」

  バルボの提案に、ムッソリーニは唸ってしまった。
……この時、電話先のバルボが「何がむむむだ」と言おうとしたかどうかは定かでない。


(しかしこれは魅力的な提案だな……
  ドイツの腰巾着に甘んじる事も無く、極東の軍門に下る事も無い。
  両者の間に立ちその仲を取り持つ、か……)


  枢軸の盟主ドイツによる泥沼の独ソ戦に、怒りを通り越して呆れすら感じていたドゥーチェは、
この『平和の使者イタリア』という肩書きに、無意識的に惹かれていた。


(弱肉強食が続くだろうこの時勢に、このような栄誉は大きな武器になるに違いない。
  我が国の国民性からしても、自国が平和の使者となる事への反発はないだろう。
  そしてドイツの圧力は、日本から吸収した技術で一新した軍隊により抑えられる……
  ふむ、一考の価値はあるか?)


  腹を決めたドゥーチェは沈黙を破り、バルボに告げる。


「君のプランは私が検討しよう。だが君にはまだ他にするべき事があるだろう?
  まずは空軍大臣として、ルフトヴァッフェにも立ち向かえる"空中艦隊"を作るのだ」

『言われなくとも分かっておりますよドゥーチェ。
  これからマッキとレジアーネの尻を叩きに行く所ですので、それでは』


  この時、ムッソリーニの頭の中に、
かねてよりいつかはっきり言っておこうと思っていた事が浮かんできた。
630. 名無し三流 2011/11/25(金) 13:43:40
「――ああ、それともう1つ言っておこうか。
  これから先、無用な政治的野心は出さない方が良い。
  それが自分の命を守る事にも繋がるというものだ」

『なるほど、今いる以上の地位を求める事は政治的野心とも言えますね。
  しかし――今いる地位にい続けようとするのも、また政治的野心なのかもしれませんな』

「何だと?」


  ムッソリーニが言った時、既に電話は切れていた。



(あいつは……)

  ドゥーチェは時々生意気な事を言い、自分の主張をなかなか曲げない男の顔を思い出していた。


  しかし、不快感はあまり感じていない。むしろ頼もしさすら感じる。
大西洋大津波によってアメリカの主要メディアが沈黙し、
『バルボの国の独裁者』などとからかわれる事がなくなってから、
ムッソリーニの意外と繊細な神経は随分と楽になっていた。
以前は『バルボは頭領の座を脅かしている』などという流言もよく聞いたものだが、
それも日を追うごとに少なくなってゆき、今では全く聞かれなくなった。

  それを思い出すと、そしてバルボのこれまでの功績を思い返すと、
もしやバルボに関する悪評はCIA辺りの仕組んだ離間工作ではないかとさえ思えてくる。


(……まさかな)


  ――――亡国の陰謀論に頭を巡らせていないで、するべき仕事に取り掛かろう。


(しかしまずは気分転換だな。近いうちにまた乗馬にでも出かけるか)


  そう考えて、ドゥーチェは執務室を後にした。



                                          〜fin〜
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最終更新:2012年01月02日 08:20