949 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/05/11(金) 17:44:22

 ロシア沿海州最大の港湾都市ウラジオストク。
『東方を支配する町』という意味の名を持つこの町は、今やその東方との架け橋の町となっていた。
大祖国戦争がそれを提唱した者の死によって終わると、極東最大の国家日本との貿易港となったのだ。

 そして1944年末、前世紀の遺物の如き駆逐艦とは比較にならない大型船が町の港へ入港した。



         提督たちの憂鬱 支援SS ~東西を繋ぐもの~



「凄い船ですね、一体何トン積めるんでしょう?」

 反スターリン派のクーデター―――俗に言う『八月蜂起』―――のゴタゴタの後、
ウラジオストク守備隊へと配属されたディミトリ・A・グラドゴフ少尉は、日の丸を掲げた大型商船を見て感嘆していた。

「さあな。だがこれだけは言える。白い物が黒になっても、我が祖国にあれだけの船は作れない」

 少尉の隣で、最前線から生きて戻ってきた政治将校、ユーリ・I・ゴーキー中佐が歯に衣着せぬ発言をする。
しかしそれは紛れも無い事実であった。帝国時代に太平洋艦隊の母港として名を馳せたウラジオストクでは、
殆どの戦闘艦が解体されて資材と化し、そこにある造船施設も稼動が止まって久しかった。



 やがて商船と港が幅の広いスロープで繋がると、貨物室から大きなトレーラーが顔を出した。
そしてそのトレーラーに載っている物を目にした時、それを遠巻きに眺めていた2人は驚いた。

「何だこれは……―――!!」

950 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/05/11(金) 17:45:06
 黒光りする精悍な姿。今にも煙を吐き出してきそうな生命感のある煙突。
動き出すのが待ちきれないようにしている車輪、先端に付いた楔状の板は雪除けだろうか。
トレーラーの上にドカリと座ったそれ―――蒸気機関車―――は、
2人が今まで見てきたそれのどれよりも力強く、そして頑丈に見えた。


「あれも日本からの輸入品なのか……」

 大学では工科に進みながら、親のお節介により政治将校にさせられたゴーキーには、
その機関車が機械的に洗練されている事がすぐに分かった。

(素材にしている鋼鉄の質も良い。それに手入れも……それに引き換え、今の祖国ときたら)


「これはシベリア鉄道で使われるのでしょうか?」

「それ以外には考えられんな。あの全長からして馬力は相当なものだ。
 耐久力も、従来の車両から比べたら天と地だろう。あの過酷な環境にはうってつけだな」

 グラドゴフ少尉の素朴な質問で我に返ったゴーキーは、
まじまじと運ばれていく機関車を見つめながら答える。その表情はどこか淋しげで、悔しげでもあった。


(今や祖国を支えているのは、祖国ではなく日本という訳か………くそっ!)

951 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/05/11(金) 17:45:51

 所変わって、日本帝国はその首都、東京。
その某所に"大蔵省のベルゼブブ"辻政信と、その後継者候補の1人―――宮澤喜一―――はいた。


「"アレ"が目論み通りの効果を発揮してくれると良いのですが」

 多少不安げに呟く宮澤に対し、彼の大先輩にして師匠たる辻は安心するよう諭す。

「十年単位で時間がかかるかもしれませんが、問題は無いでしょう。
 それにしてもシベリア鉄道用に機関車を与える事でロシア本国による極東地域からの収奪を加速させ、
 ソビエト構成諸国に楔を打ち込むとは考えましたね。私も思いつきませんでしたよ」

「この程度の小細工は評価されるような事ではありません、私などはまだまだ未熟です。
 大臣の持ってらっしゃる鬼謀やノウハウの十分の一も私は持っておりません」

 謙虚な弟子に対して苦笑を隠しつつも、辻は次にこう窘めた。

「その心意気は結構。ただし――――あまりやり過ぎないようにする事です。
 打ち込んだ楔が大きすぎればソ連は間違いなく瓦解しますよ。そして瓦解の時は今ではありません。
 何かが成功した時、盲目的にそれを続けるのは守株のする事です。分かりましたね?」

 辻の言葉に、宮澤はただただ頭を下げるばかりであった。



 当時、日本からソ連に対して輸出される品といえば、殆どが型落ちの中古であった。
しかし、宮澤喜一の意見で輸出品目に加えられた蒸気機関車は、その前例に反して比較的新しい物だったという。
そこに何の意図があるのか、宮澤も、辻も、ついに語る事が無かった………


                 ~ f i n ~

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最終更新:2012年05月19日 17:36