961 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/05/19(土) 21:05:39

 ソ連人民最大の敵、空の魔王、スツーカ大佐………

 これらの呼称は、全て1人の男のために作られた物である。
ハンス・ウルリッヒ・ルーデル。独ソ戦においては戦車を含む1000両もの敵車両を破壊した、
地上攻撃における"エースパイロットとして知られている。


 そして今、ルーデルはとても不機嫌だった。


(何故俺が、戦車の設計なんぞに呼ばれなければならんのだ?陸の兵器なら陸の連中と話をすればいいだろうに)



           提督たちの憂鬱 支援SS ~陸に降りた魔王~



 ルーデルの挙げる異常な戦果は、当然ながら航空産業界の目に留まっていた。
正式採用から5年以上経つ古い機体であれだけの戦果を挙げるのだから、最新鋭機を与えればどうなるか?
というのは誰でも気になるものだ(※1)。それでなくても2000回も出撃しているのだから、
その間に蓄えられた運用側での感想やら発想やらには大きな価値があると見なされていたのだ(※2)。

 だが、ルーデルを新型地上攻撃機の開発スタッフとして招く計画は突如遅延する。
Do-335という余りに高性能な戦闘爆撃機が登場した事で、新型機需要が減退してしまったのだ。
それだけでなく、サンタモニカ会談でジェット戦闘機『疾風』を目の当たりにしたヒトラーが、
「プファイルの後継となる機体はジェット機とせよ!ジェット以外は認めない!!」と強硬に主張したため(※3)、
航空機メーカーはまずエンジン開発から始めなくてはならず(※4)、ルーデルの存在は宙に浮いてしまったのだ。

962 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/05/19(土) 21:06:16

 そこにつけこんだのがヘンシェル社であった。同社は航空機メーカーでもあるが、
同時に戦車など軍用車両の製造も担っていたのだ。ヒトラーは日本機の精強さを理解すると同時に、
陸海軍に対しては日本機への対抗策を練るように指示。ヘンシェル社はこの動きに対応するため、
ラインメタル・ボルヅィク社と共同でⅤ号戦車パンターの対空仕様を開発しようとしていた。

 そして、この対空戦車開発のアドバイザーとして両社は誰もが予想していなかった人物を招いたのだ。
それが戦車破壊王、ハンス・ウルリッヒ・ルーデルだった。

 ルーデルは戦車破壊王であるが、同時に30回も被撃墜を経験した、"被撃墜王"でもある。
しかも、その全ては地上からの攻撃によるものだった。ヘンシェル社は、彼が撃墜された時の、
敵の対空兵器と自機の位置関係、空から地上を見た時の敵対空兵器の印象等を聞くつもりだった。


「敵を倒すには、敵からの意見を聞くのが一番だ」


 秘書に対し、ヘンシェル社の重役は一言こう語ったという。


 だが意見を請われる側のルーデルは、ヘンシェル社のこの依頼をすんなりとは受け入れなかった。

 敵空軍の地上攻撃を防ぐには、此方の空軍が制空権をしっかり確保するのが最善の道ではあるが、
いつもそれができるとは限らない事、その時のため陸軍が対空攻撃手段を持っておく事の重要性は彼も分かってはいた。
そしてヘンシェル社が、攻撃側から見た防御側についての見識が欲しいと考えている事も。

 最終的にはヘンシェル、ラインメタル側の熱意にほだされて話をしに行く事にしたルーデルだが、
彼が最後まであまり乗り気でなかった理由は、彼らしいと言えばあまりにも彼らしいものであった。


「悪いが手早く済まさせてもらおう、ヒヨッコ共の面倒を見なければならんからな」


 史実と違って、なまじ五体満足だったが故にルーデルは戦後も前線で現役を続ける気満々だった。
総統らは半分涙目で後方に下がるよう要請したが、本人は「例え片脚をもがれてもデスクワークをする気は無い」
などと言い放ったために、「じゃあ後輩の訓練飛行に付き合ってよ!これなら地上勤務じゃないでしょ!」(意訳)
と懇願して、『有事の際は即座に前線へ行けるようにする』という条件付で(※5)パイロットの教官をしていたのだ。

963 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/05/19(土) 21:07:28

 さて、紆余曲折がありながらも対空戦車のアドバイザーとして招かれたハンス・ルーデル、
ここでも彼の発言は、ルーデルであるとしか言いようの無い有様だった。一部を抜粋しただけでも、


「正直な話、車輪で動くような兵器は大概爆弾1発か50mm弾1~3発で片が付く。
 無闇に装甲を厚くするよりは、早期に敵機を発見できるようにする努力をしろ」

「地上の敵を相手にするなら車高は重要だろうが、空から見ればそうでもない。
 いくら素早いとしても装軌車両なら偏差射撃で何とかなる域は出ないな」

「航空機の、それも単発機程度の装甲を抜くなら50mmもいらん。30mmもあれば十分でないか?
 火力がどうしても不安ならばロケット弾を何発か積めばいいだろう(※6)、機銃をでかくする事は無い」


 など、重要ながらしかし彼らしい。勿論そのアイデアの幾つかは実際に採用される事になり、
1944年中期には早くもモックアップが完成してしまった。そして総統や軍需相らのお墨付も得て、
『ケーリアン』の名を与えられ、その後色々の改善を経て世に出る事になる。

 この対空戦車はその開発経緯から『魔王が地上に産み落とした子供』と呼ばれ、
そのデザインには日本側も大いに参考にする所があったという…………


               ~ f i n ~

964 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/05/19(土) 21:08:24

(※1)
一握りのエースパイロットのために新型機を設計するなど近代戦の観点からすれば非効率極まりないが、
派手な戦果というのは人目に付きやすい。航空産業界はルーデルの存在を宣伝代わりに使おうとしていた可能性もある。

(※2)
実際日本でも、日露戦争後には野木希助が火砲、小火器の将来的なスタイルについて陸軍内で提言した例が、
日米戦争後には野中五郎らが空対艦ミサイルの開発に運用側の観点から助言を行っている例がある。

(※3)
一部の技術者はロケットエンジン機を提案したが、予算を降ろして欲しいジェットエンジン技師が、
事前にヒトラーへロケットエンジン機の非効率性を入れ知恵していたため拒否される事になった。

(※4)
大戦前から色々と妨害があったとは言え、ドイツは独ソ戦終了時点でジェットエンジンの作成を成功させている。
だが、疾風に対抗できる戦闘機の心臓になれるような高度なエンジンはまだできていなかった。

(※5)
この情報を手に入れた日本軍関係者は、「ルーデルの引退までドイツとの武力衝突は極力避ける」
という暗黙のルールを作る事を提案したという。ある海軍OBは「万が一フォークランド紛争なんぞ発生したら、
あの魔王は嬉々としてエグゾセミサイル抱えて飛んでくるかもしれない、いや飛んでくる」と語ったらしい。

(※6)
ドイツは独ソ戦が終わるまでにネーベルヴェルファーやパンツァーファウストなど、
ロケット弾の兵器としての実用化を成功させている。

965 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/05/19(土) 21:09:33

今回は意外な人物が対空兵器開発に関わるお話でした。
最後に、本SSで登場したⅤ号対空戦車の解説です。
細かいスペックは詳しくないので……(逃)


  • Ⅴ号対空戦車 ケーリアン(初期型)
全高  2.84m
車体長 6.87m
重量  37.0t
乗員  5名

武装 37mm対空機関砲Flak37×4(砲塔中央前面)
   9連装50mm対空ロケット弾発射機『ルストファウスト』(砲塔左側面)

『空の魔王』ハンス・ルーデルの助言によって設計された対空戦車。
最も特徴的なのは、砲塔左側面の一部を削って対空ロケット弾発射機を横付けしている事だ。
これは敵機が37mmが通用しない程重装甲だった場合の切り札として搭載されている。
また、発射機は機銃同様上下方向に旋回可能なため、緊急時は対地攻撃にも使える。

戦闘中のロケット弾の給弾は考慮されていないため一回発射したら終わりだが、
9発発射されるロケット弾はそれぞれ進路がばらけるために命中率は比較的高い。

また、4連装の機銃により展開される弾幕は低空の敵機に対して高い攻撃力を発揮。
ヘリコプター黎明期には、対地攻撃ヘリの強力極まりない天敵として君臨した。

本車はその素晴らしい出来栄えから戦後のドイツ対空車両のエポックメーキングとなり、
ミサイル実用化後も『砲塔中央に機銃+砲塔左側に対空ミサイル発射機』がドイツ対空車両のスタンダードとなった。

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最終更新:2012年07月29日 09:25