658. ひゅうが 2011/12/03(土) 20:53:56
提督たちの憂鬱支援SS――「輜重」


――1943年4月  日本帝国

「砲工歩機が体ならば  我らは血なり輜重兵
忘るな乃木大将の訓  全軍我らが支えけり」

歌詞は、まず日本語で、続いて英語に訳されて繰り返される。
ふむふむ。と、ダグラス・マッカーサーはペンを走らせた。

「その、ジェネラル・ノギの訓示というのは何なのかね?」

「はい。昔は輜重兵は『荷駄どもが兵ならば  チョウチョやトンボも鳥のうち』と言われ、日露戦争の頃まではそういう風潮が強かったのですが、鴨緑江渡河の際に輜重兵たちを嘲っていた歩兵を見とがめた乃木大将がこう言ったのです。
『貴様らはこれまでたどってきた道を覚えているか?』と。
『土地は荒れ果てていましたし、道はぬかるみ野盗まで出る容易ならざる道でした』と兵たちが答えると乃木大将は『そうか、それに加えて精強なロシア兵と戦いながらの進軍を果たした諸君らはまさに精兵というに相応しいだろう』と言われました。
兵たちが胸を張ると、乃木大将は『だが』と言葉をつづけ、『諸君らには砲兵や歩兵、騎兵らの支援を受け斥候兵の情報をもって大勢でそれを乗り越えた。
だが、この輜重兵たちはあのぬかるんだ荒れ地を一人1トン近い荷物を持ってわずかの人数でこれから何往復も歩くのだ。我々が戦えなくならぬように命がけで食糧武器弾薬を守って。聞くところによれば輜重兵たちは野盗や飢えた敵兵の弾丸から己の身体をもって輸送品を傷つけぬように守っているということだ。
だのに荷駄が遅れれば罵詈雑言を浴び、挙句の果てには同じわが軍の兵とも認められない。
兵の中でこれほど健気なものを私は知らぬ』と静かに言われたということです。
兵たちは恥じ入り、輜重兵たちは奮い立った――これが『乃木大将の輜重訓示』です。」


なるほど。とマッカーサーは通訳を兼ねる彼の従卒  金田少佐に何度も頷いた。
先ほどまで彼は、日本陸軍の軍歌について原稿を書いていたのだった。
その中で気になった一節や日本軍の気質について、この金田少佐は快く説明してくれていた。

彼が捕虜収容所に入ってもう数カ月あまり。
移動に関して若干の制限はあるが、彼は比較的自由に過ごしていた。
悪化していく戦況に心を痛めてはいたが、マッカーサーは日本で長期にわたる余暇時間ができたことを利用して回顧録や軍の運用方法、そして日本人についてと様々な書き物をしていたのだった。

「確かに補給は大事だからな。それを周知させるために皆が歌う軍歌の最初の方に輜重兵を歌い上げて意識を喚起しているわけか――」

「実のところ、改訂に際しては上の方でお偉方が相当もめたらしいです。精神力さえあればと言うような人たちと、欧州大戦の参戦組との間ですったもんだがあったとか。」

「はは。前線に出なかった連中はたいていがそうなるものだ。あのフランスのフォシュ元帥のようにな。」

マッカーサーは、新調したコーンパイプに火をつけた。

なるほど日本軍は面白い。
軍歌といえば我々の中では勇猛果敢な兵たちが好まれるが、この国のものはまるで反戦歌のようなものが好んで歌われている。
メロディーは・・・そう、スコットランド民謡から曲をとった「ジョニーが凱旋するとき」のようなものが多い。
そんな中で景気のいいこの歌については考察から外していたが、そんなこの曲の中にも興味深いことは多いようだ。

あの「海ゆかば」だけで日本人の精神性を推し量るのは早計ということか。


「そうだ。閣下、頼まれていたものをもってきましたよ。」

金田少佐が思いだしたように書類カバンから英語の本を持ってきた。

「おお!待っていた。」

「閣下が小泉八雲を読まれると聞いた時は驚きましたよ。それに『葉隠』や『五輪書』まで。」

「いやなに。祖国に帰るときに、日本人の話ができないでは笑われるからな。」

マッカーサーは笑った。
彼は、ふとしたきっかけで柳田邦夫という民俗学者の著書「遠野物語」の英訳版を読み、すっかり興味をそそられていたのだった。
外出が自由ではないマッカーサーにかわり、金田少佐は出勤途中の丸善でいろいろと本を買い込んで来てくれる。
祖国に帰れる日が来たら、ぜひとも彼を招待したいとマッカーサーは思っていた。


「さて。早く読んでみよう。おお、そうだ。昼食を食べていくかね?話の続きも聞きたい。」

「喜んで。」

なんだかんだでマッカーサーは結構日本滞在を満喫していたのだった。
659. ひゅうが 2011/12/03(土) 20:55:57
【あとがき】――補給の話が話題になっていたので以前投稿したネタを敷衍して一本書きました。
マックに関しては、史実で海ゆかばを味気ない訳にされた意趣返し――なんてことはこれっぽっちも考えてませんからね!(汗)

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最終更新:2011年12月31日 16:48