696. ひゅうが 2011/12/14(水) 17:35:54
  支援SS――「1943年宇宙の・・・」


――西暦1943(昭和18)年3月  北海道

「それは、砲弾を引き延ばしたような形をしていた。塔のようにそびえ立つ物体の高さはおよそ90フィートで――」

「あ、やってますね。」

「朝も早くから御苦労だなぁ。おいブラウン、お茶のひとつも淹れたらどうだ?」

「コロリョフさん、私が淹れておきますから。」

「ああ、どうもみなさん。」

大英帝国空軍技術少佐  アーサー・チャールズ・クラークは、カフェテラスで写真を手に推敲を進めているところを声をかけられた。
この北の果ての研究施設はずいぶんと設備が整っている。
かつて北鉄(北海道鉄道)が作った醸造所跡地の赤レンガ施設を改装した広々とした施設内には、ガラス張りの温室のような場所があり、カフェテラスになっている。

クラークは、ここで茶を楽しむのが日課になっている。
そしてアッサムの茶葉からゴールデン・ドロップを堪能していた彼のもとに、いつもの面々が集まってきたというわけだった。


ヴェルナー・フォン・ブラウン博士、セルゲイ・コロリョフ博士、そして糸川英夫博士。
いずれも若く優秀な科学者たちである。
まだ英独戦がはじまる前の「まやかし戦争(ファニー・ウォー)」の期間に乞われて日本に赴任したクラークを、当初は彼らは首を傾げて見ていた。

だが、彼が「人工衛星」といわれる概念を生み出した人物であることを知ると態度は一変。その日の晩から食堂に引っ張り込まれ、議論に容赦なく巻き込み始めたのだった。
日本政府から技術アドバイザーとして雇用を受け、今は彼の価値を認識し始めた英国が大使館付きの武官として招集してもそれは変わっていない。
(彼は知らなかったが、夢幻会はクラークを英国への「技術の窓」として利用するつもりだった。辻いわく「どんなに険悪な仲でも裏口は開けておく」とのことである。)

若い所長である太田正一統括所長や、奇妙なほどコネが豊富な糸川博士のおかげなのか、彼らはアンタッチャブルな存在となっていたのだ。本人はうすうす自覚しているだけだが。

「こんど、ナショナルジオグラフィック社が本社をこちらに移すことになりましたので、記事を依頼されているんです。」

「へえ?  あ、機密は守ってくれよ?」

「勿論です。」

クラークは笑った。

「まぁ、俺たちのロケットを写真だけで真似できるとは思えないがな。なぁブラウン?」

「セルゲイ・・・お前、そんなこと言っているから嫌われるんじゃないのか?」

「性分でな。頑固なのは職人だった親父譲りなのかもしれん。ところで今日は何です?糸川さん。」

「軌道実験室(宇宙ステーション)建設時における諸問題です。大重量打ち上げ機を作れるならそのまま月基地を維持したらいいのではという考えと、地球と月の重力均衡点に基地を設営すべきだという考え、それに地球軌道だけで十分だという意見が出ていたと。」

さりげなく全員から一目置かれている糸川博士がそう言った。
ともすれば尊大と思われかねない言動をとるコロリョフも彼には敬意を払っている。


「まずは地球軌道上に建造してそこから順に足を伸ばしていくべきでは?」

とクラークは言う。
手慰みに小説を書いている彼に取り、ここでの会話は新たなネタを仕入れる意味もある。
検閲されてはいるが休戦交渉中のカリフォルニアにいるハインラインとの文通もこれに一役買っていた。


「いや。まず月を目指すべきだろう。月面からなら重力が少なく楽に打ち上げができる。月の鉱物資源を撃ちあげれば逆コースをたどって重力均衡点と地球軌道も――」

「まさか核パルス推進で巨大打ち上げ船を月に降下させるのか?」


クラークは頭を回転させながら思った。
自分はたぶん今、人生で一番充実している時期を生きているのだろう。
あの宇宙へ行けるロケット開発の現場に居て、この天才たちと会話ができる。

それは何物にも代え難い経験なのだから。

今日も楽しい議論と想像の飛躍は続きそうである――
697. ひゅうが 2011/12/14(水) 17:37:23
【あとがき】――御三家のお一人にお出まし願いました。SF御三家無事かなと思っていたら書いてしまっていましたw

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最終更新:2011年12月31日 16:51