25. 名無しモドキ 2011/03/19(土) 19:55:08
「ハワイ沖海戦外伝」−その2−
−在ハワイ陸軍航空隊  第79爆撃集団  第255爆撃中隊  第二小隊1番機−  1943年1月19日〜20日

「また、右の回転数が落ちてきました。」副操縦士のドイズが、機長のパッカーに声をかける。
「エンジンを見ていた整備士の不安そうな顔を思い出すよ。止まりそうか。」
「スロットルの調整だけでなんとかなりそうです。燃料供給を増やします。」
「そうなると、また、燃料の計算をやり直しですね。ただでさえ、巡航の15%以上の燃料を消費してますから、多分、
目標地点からの帰還は燃料ギリギリですよ。」機関士のスペンサーがぼやいた。

  パッカー中尉の、「プリンセス・オブ・マーズ(火星の王女)」と名付けられたB-25は、出撃前からトラブルを抱
えていた。始動したかと思うと、左エンジンが突然、止まったのだ。漸く、エンジンが始動して出撃可能になった時は、
すでに、30分も前に、彼の編隊は飛び立っていた。
  本来であれば、このような時は出撃を控えて整備を行うのだが、海軍が全力出撃したとあって、基地司令は、
パッカーにも、再度の出撃命令を出しため、パッカー機は後続の、編隊についていくことになった。
  ところが、後30分ほどで目標に到達と言うときに、今度は左右両方の不調で、超低空まで下降してしまい編隊に取り
残された。そのまま、超低空で、地面効果を利用して引き返そうとした時に、再びエンジンの調子がもどったのだ。
すると、なんの気まぐれか今度は、無線の電源が落ちてしまった。

「独りぼっちになったな。オーエン、敵艦隊の位置は?」パッカーは航空士に尋ねた。
「やる気ですか。多分、11時の方向へ。」航空士のオーエンは言外に引き返そうと言っている。
「今更、帰れるか。一旦、上昇する。よく見張ってろ。」パッカーは、気乗りしない航空士を無視した。

超低空から、散在する雲の上にB-25は上昇した。
「無線は?」パッカーは無線機を修理している、通信士のハワードに尋ねた。
「ダメですね。真空管がいかれたみたいです。この間、入れ直した最後の予備だったんですがね。機長、近くの電気
屋によってくださいな。」ハワードは、いつもの調子で言い返す。
「そんなもん、ここにあるか。さてさて、耳も聞こえず、口もきけないか。ハワード、無線機はほっておいてお前も
見張りに加われ。」パッカーも少し不安な物言いである。

「機長、あれを。」ドイズが10時の方向を示す。
かなり広い空域に、細長い黒煙と、飛行機雲が無数に漂っている。時々、太陽の光を何かが反射する。
「空戦だ。それも、もの凄い規模だ。」
「どっちが勝ってるんでしょう。」
「敵機の迎撃にあって大規模な空戦になっている時点で拙いことになってる考えるべきだな。あの様子じゃ、かなり
手ひどいことになってるぞ。トムソンとファックスが無事だといいが。」パッカーは心ならずも、一緒に出撃出来な
かった、彼の指揮下にある小隊機たちを気遣った。
「どうします。」ドイズが尋ねる。
「巻き込まれないように迂回しよう。上手くいけば搦め手から、敵艦隊に接近できるかもしれない。全員銃座の機銃
を試射しておけ。」パッカーは帽子を被り直して、周囲の様子に神経を集中させた。

  実はこの時、赤城のCICでは、戦術情報士達が、少々あわてていた。単機が、超低空で迎撃をかいくぐり、艦隊の
背後に回り込みつつあったからだ。この高度な機動をする機は、他機を囮にした新兵器搭載機ではないのか?担当
空域の戦術情報士は、何とか迎撃可能な戦闘機を見つけ出して必死に誘導していた。
  パッカーは、今度は高度を下げて、出来るだけ雲の中を飛ぶように機動した。数分飛んだところで、当然、雲から
出たと思うと、背後上空から、射撃を受けた。ガンガンと機体に弾が当たる音がしたかと思うと、目玉焼きのような、
国籍マークをつけた、戦闘機が2機、凄い速度で前方を急降下していった。
26. 名無しモドキ 2011/03/19(土) 20:01:14
「被害報告。くそ、奴ら、どこから来たんだ。こっちは雲の中にいたんだぞ。」急に、振動を感じるようになった操
縦桿を押さえながらパッカーは叫んだ。
「後部銃座被弾。」銃座の持ち場がないオーエンが、機内を駆け回り、後部から大声で報告する。
「バナーは、どうした。」
「どこにもいません。銃座が丸ごと吹っ飛んでんます。バナーは、多分機外に・・・。」
「くそったれ。アイツには、カードの負け分の20ドル返し損ねた。他は異常ないか。」
「銃塔が旋回しません。何かの破片が詰まってます。」スペンサーが、下部銃塔から顔を覗かせて怒鳴る。
「左右の垂直尾翼に被弾してます。舵は、半分くらいもっていかれましたが、まだ動いてます。それから、もう、
無線機の心配はいりません。破片が貫通してます。」オーエンが機首に戻ってきて早口で報告する。
「機長、下方でパラシュートが開きました。」下部銃塔のスペンサーが素っ頓狂な声を上げた。
「バナーか。俺が金を返すまで生きててくれ。」パッカーがうめくように返す。
「さっきのやつらが上昇してきます。もの凄い上昇力です。」下部銃座のスペンサーが報告してきた。
「近づけるな。あいつらの相手をしてやれるほどヒマじゃないんだ。」操縦桿を必死で落ち着かせながらパッカー
は指示した。
「後方へ回ろうとしてます。シックス・オクロック・ロウ、後方下面から接近中。こっちの銃座が動かないことを
知ってやがるのか。機長、急速に接近中。」スペンサーが悲痛な声で報告する。
「後部銃座がないので、後方から来たんだ。下部が動かないことは知らない、ブラフでいい。撃て。」
機体の下部から、太い銃撃音が響く。
  パッカーは、本能的に機体を急旋回させた。その機動の最中に後方で、大きな音がして、機体が振動を始めた。
「右の垂直翼が無くなってます。左は上部がありません。水平舵も左側が外れかけてます。」後方へ様子を見に
行ったオーエンが大声で知らせたきた。

「敵機、二機とも離れていきます。どうしたんでしょう。それに、何故、撃ってこなかったんでしょう。」
ドイズが横を見ながら報告する。
「大空戦をしてきたので弾切れなんだ。くそ、あいつらこそブラフをかけてきたんだ。それに、うかうか乗って、自分
でぶっ壊して世話なしだな。奴らは、この機体が、もう脅威じゃないと判断したんだろう。恐ろしく冷静で、頭の切れ
る奴らだ。」パッカーは自身もまだ、冷静なことに気付いた。
「まだ、飛べるぞ。なんとか旋回させてハワイに帰ってやる。一番最初にすることは、オーエン曹長、お前の仕事だ。」
「何ですか。」爆撃手も兼ねるオーエンは、不安気に聞いた。
「爆弾を落として機体を軽くしろ。」

  二時間以上、パッカーは機体を旋回させようと悪戦苦闘して、ハワイの方向にB-25を向けた。しかし、尾翼関係の舵が
ほぼ効かないため、エンジン出力調整だけでは、せいぜい水平を保つのが精一杯で、コースを維持するのは至難の業であ
ったため機体は迷走した。
「パッカー中尉、あなたが機長でよかった。中隊のヒヨコ連中じゃ、最初の一撃でパニックになっていたでしょうから。」
ドイズ少尉が、操縦桿を押さえ汗だくになったパッカーに声をかけた。
  パッカー中尉は、ハワイの航空隊では珍しく、中国大陸で、蒋介石軍相手に実戦を経験していたベテランである。今にし
て思えば運よく、日米開戦の直前に、本土での教官任務を命じられてハワイまで後退したところで、足止めをくってそのまま
現地部隊に編入されていた。開戦直前に本土勤務を命じられた、パッカーは身の不運を嘆いていたが、中国に残った同僚の多
くは日本機のエジキになった。
「おだててもダメだ。燃料切れ間近だ。多少でもコントロールの効くうちに着水するぞ。」

  B-25は、盛大に水しぶきを上げながら海上を滑って静止した。後部に破孔があるため、海水が瞬く間に侵入した。機体は
ほんの3分ばかりで海中に没し、5人の男達は小さなゴムボートに乗り移って漂流を始めた。

「もうすぐ、日没ですか。」ゴムボートの真ん中で、寝ていたオーエンが力なく言った。
「気がついたか?」パッカーが、起きようとするオーエンを押しとどめた。
「俺、どうしたんですか?」
「脳震盪で気絶してたんだ。一人でボートの半分、占領しやがって。」ハワードが、ボートの外へ足を放り出して船尾
らしき場所から答えた。
「ドジな野郎だ。飛行機から飛び出し時に、勢い余って頭を出口の上部に打ち付けたんだよ。」スペンサーは、タバコ
に火をつけながら教えてくれた。
「一服しな。」スペンサーは、タバコをオーエンに渡した。
27. 名無しモドキ 2011/03/19(土) 20:07:30
「持ち出せた水は、2ガロン(7.6L)少々とコーラが4本。食い物は、ハーシーのチョコレート2枚、ナビスコのリッツ
クラッカー1袋、Cレーションが12食分。」パッカーはできるだけ事務的に言った。
「もって、四五日ですか。」ドイズが呟く。
「バナーは、ライフジャケットだけで水も食い物もなく、独りぼっちで、この海のどこかにいるんだ。それに引き替え、
俺たちは、クラッカーで晩餐ができるんだ。」パッカーは乗員を諭して指示を出した。
「取りあえず、交代で見張りだ。飛行機でも、船でも、何か見えたら信号弾をあげる。」
「日本軍だったら。」ハワードが心配げに聞く。
「考えずに合図だ。今更、我々が日本軍から隠れても、戦略的にも戦術的にも何の意味もない。ドイズから1時間交代
で階級順に見張りを頼む。最後は俺だ。さあ、夕飯を配るぞ。水はコップ一杯だ。」

「みんな起きてくれ。」見張りが一回りして、再び見張り役になったドイズが大声で言った。  
  ただならぬ気配に全員が、西の方を見た。満点の星に、海上で揺らめく夜光虫の明かり。救命ボートからで無ければ
幻想的な光景だった。そして、西の水平線が幾十、幾百の雷が燦めくように光っている。
「雷じゃないよな。」オーエンが尋ねる。
「海戦だ。それも、ジュットランド並の大海戦だ。」パッカーが双眼鏡を眺めながら言う。
「俺らは、またも戦場の間近に来ながら、何が起こってるのかさえわかわずに除け者か。」スペンサーが呟いた。やがて、
かすかだが、腹に響くような低音が聞こえて来た。
「戦艦では、ジャップを圧倒してるって海軍のやつら、酒場で吹聴してた。艦隊決戦に持ち込めばジャップを叩きのめすっ
てな。きっと、バイ提督が砲撃戦に持ち込んだんだ。」ドイズが元気を取り戻して言った。

「ファイトだ!」オーエンが大声を上げる。つられて、他の男達も声の限りを尽くして海軍の奮戦を応援し出した。
「叩きのめせ。」「やった、今の閃光は、きっと日本戦艦の爆沈だ。」「がんばれよ。」・・・。

  光が見えなくなっても、明け方近くまで彼らは見えぬ味方に声援を送り続けた。疲れ切った五人の男達が目覚めと
時には、既に太陽が東の空に上がっていた。
「機長、艦隊がこちらに向かってきます。」いち早く目を覚ました、ハワードが大声で叫んだ。
水平線の彼方から、何十隻もの艦船が、朝日を受けて向かってくるのが徐々に明瞭に見えてくる。
「堂々とした大艦隊だ。昨晩の勝者だ。」パッカーは、双眼鏡を向けながら言った。
「今夜の夕飯は無理でも、きっと明日の夕食はホノルルだ。」
「機長、信号弾を上げてください。」乗員は、大はしゃぎになった。
パッカーは、見ていた双眼鏡を、ドイズに渡した、次々と回された双眼鏡を見た男達は無言になった。

  やがて、ゴムボートの周辺を、駆逐艦や巡洋艦、そして、遠くには戦艦らしい大型艦が通過していく。その度に、
大きな波が押し寄せて、ゴムボートは翻弄された。演習にでも行くように整備の整った軍艦の艦上には、こちらを
見ている乗員らの姿も見えた。手を振ってなにやら叫んでいる者もいる。
「何を言ってるんです。よく分かりませんね。」不安げにオーエンが言う。
「多分、ボートにしっかりつかまっていろと言っているようだ。」パッカーは観念した。
「機長、あの駆逐艦がこちらに。」スペンサーが指さしていう方向から、太陽を模したデザインの戦闘旗を掲げた、
精悍な構えの駆逐艦が徐々に速度を落としながら近づいてきた。
28. 名無しモドキ 2011/03/19(土) 20:10:14
  パッカー中尉以下、5名の乗員はこうして日本軍の捕虜になった。彼らは日本への帰路で、容積に余裕があり、捕虜収容
に適した空母に移乗させられた。姓名階級だけを伝えたはずだが、誰かが尋問官の引っかけに乗ったのか、単独飛行をして
いたB-25の乗員であることがばれていた。
  尋問官に付き添われた二人の戦闘機パイロットが訪ねてきた。二人の子供っぽい顔から戦闘機パイロットとは信じられな
かったが、彼らを撃墜したパイロットだと言う。ドイズが、弾なしで、ブラフにかけたことをなじった。すると、はにかん
だ笑い顔で、あのハッタリ(HATTARI)には、こちらも、恐くて心臓が口から飛び出しそうだったと返してきた。これで、
ちょっとうち解けて、握手したところを写真に撮られた。この写真は日本の新聞や雑誌に掲載された。パッカー達には
少し忌々しいが、現在でも、よく引用される写真である。
  横須賀に着いたときに、驚くべきサプライズがあると尋問官が言った。バナーと再開したのだ。彼は、二日間漂流して、
偶然に浮上してきた日本の潜水艦に救助されていた。

  こうして、パッカー達の戦争は終わった。二人の戦闘機パロットに、1/2機のスコアを献上し(当初は撃破認定だった)
機銃弾を使用しないでトドメをさされ、ハワイ沖で撃墜されながらも全ての乗員が生還した唯一のクルーという軍事マニア
好みの珍記録を残して。
    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−お  わ  り−−−−−−−−−−−−−  
追加:パッカーはバナーからのカードの借金を取り返すつもりで、捕虜生活の中で何度もバナーに挑んだが、借金は1290ドル
にまで膨らんだ。パッカーはカード好きだが、ブラフに弱いチキンとして有名だった。なお、HATTARIは今では、ブラフ以上に
英語圏で普及した単語である。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年12月31日 17:12