120 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/08/11(土) 15:56:29

 『雪中の奇跡』として知られるフィンランドの冬戦争。
これを語る者の多くは決まって、フィンランド軍の勇戦、ソ連軍の無能、
一大義勇軍を派遣した日本と彼らの強力な兵器、武器を語る。

 しかし、忘れてはならない。

 冬戦争を戦ったのは、日芬ソの人々だけではない事を……


        提督たちの憂鬱 ~冬戦争こぼれ話~


 フィンランド中部、コッラ。日本の支援は主要防衛線であるマンネルハイム線が主だったが、
この地にも少なくない梃入れが為されていた。そのためコッラの陣地は赤軍の準備砲撃によく耐え、
そして強襲をかけた敵兵に見事なまでの返り討ちを喰らわせた。

「なんて一方的な戦いだ……」

 イギリスから来た義勇兵が、赤軍の血で染まった陣地を見渡して呟く。
実際、ここで行われた戦闘は彼の言葉通り一方的なものだった。

 確かに赤軍の準備砲撃は猛烈だった。
しかし、その砲撃で破壊されたのは最前線の鉄条網や対戦車障害物ぐらいのもので、
フィンランドの狙撃兵達が隠れるベトン製陣地には傷1つ付けられなかったのだ。
そして最悪な事に、突撃が始まるまで赤軍の誰1人としてその事に気付けなかった。
巧妙な冬季迷彩が施されていたのは、何も軍服や戦車だけではない。

 上空からエンジン音がする。イギリス人が空を見上げると、
頑丈そうな双発機が上を通過するのが見えた。DC-2。ダグラス社製の輸送機だ。

121 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/08/11(土) 15:57:24
「スウェーデン人の義勇兵だそうだ。確かローゼンとかいったかな。
 日本人は彼の事をローゼン閣下(※1)と呼んでいるが」

 DC-2の通過を見届ける彼の隣で、誰かの声がする。

 フィンランド兵だ。日本式の冬季迷彩服を着て、日本製の自動小銃を持っていた。


「いやあ、すごい戦いだったな」

 イギリス人はフィンランド兵の戦いを実際に見ていた訳ではないが、そう言わずにはいられなかった。
イギリス本国では、冬戦争の下馬評はソ連の圧勝であった。しかし、彼らフィンランド兵、フィンランド人は、
日本人の大きな助けがあるからとはいえ、それを完璧に覆してしまっている。その事実が彼に口を開かせた。


「ああ、いや、僕は特に大した事はしてないよ。ああも激しい攻撃を真正面から受けると、
 この銃でもせいぜい100人ぐらいが関の山(※2)だったからね」

「ひ、100人!?」

 イギリス人は思わず目を丸くした。一騎当千の英雄というのは物語の中で目にした事があるが、
彼は現実に、それも敵が総攻撃をかける中、お世辞にも命中精度の良くない自動小銃で"せいぜい"100人も倒したというのだ。

122 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/08/11(土) 15:57:56
「見事な勝利だと感心はするがどこもおかしくはない。あの程度の単純な動きしかできない相手なんか、
 その辺の猟師でもワンショットキルできるぞ?むしろケワタガモ相手の方がずっと"やりにくい"だろうさ」

 驚き呆れるイギリス人を見て、フィンランド兵は謙遜しきりだ。

 イギリス人は彼の話を聞いている内に、自分がおとぎ話の世界に入り込んだのではないかと疑ってしまった。
それほど2人の話は現実離れしていたからだ。スコープを一切使わずに狙撃したとか、
150mの距離から1分間に16発の射的に成功しただとかいう話を聞けば、誰もがそう思うだろう。

(……一体、何人のソ連兵が奴に血を吸われてきたんだかな)

 所々に赤い水溜りができた雪原を眺めながらそんな事を考えていたイギリス人はしかし、
気を取り直して人間離れした、いやむしろ怪物と呼ぶべきだろうフィンランド兵に尋ねた。

「ところで、ここで会ったのも何かの縁だ。よければ名前を教えて欲しいのだが」


 イギリス人の質問に、フィンランド兵が答える。

「僕はハユハ。シモ・ハユハだ。君の名は?」

「私はクリストファー・リー。見ての通りイギリス人だ」

「そうかい。よろしくな、"戦友"リー」

 2人は後に"殺戮の丘"と呼ばれる場所で、がっちりと握手をした。


                   ~ f i n ~

123 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/08/11(土) 15:58:53

(※1)
カール・グスタフ・フォン・ローゼン。スウェーデン貴族であり、"あの"ヘルマン・ゲーリングの親戚でもある。
冬戦争時はDC-2旅客機を購入、爆撃機として改造すると、フィンランド側義勇兵として参戦した。
制空権がフィンランド側に大きく傾いていたのを良い事にソ連軍の飛行場だけでなく補給基地、戦車部隊まで単独で爆撃。
敵戦闘機に追われた時はアクロバット飛行でこれを出し抜くなどして史実を遥かに上回る活躍をする。

彼の機体には日本人のアドバイスによる空色迷彩が施されており、「スカンジナビアの亡霊」として恐れられた。
また、日本義勇軍の1人が、彼が貴族だという事を知って何故だか知らないが「ローゼン閣下」という渾名を付け、
それが口コミによって色々な所に広まり、将官職を持たないにも関わらず「ローゼン閣下」と呼ばれるようにもなってしまった。
他にもパイロットという事で日本の航空会社にCM出演依頼を受けるなど、日本との関係が深いスウェーデン人の1人である。

(※2)
日本がフィンランドに高性能狙撃銃や自動小銃を持ち込み、フィンランド兵1人あたりの戦闘力が底上げされていたため。
身も蓋も無い言い方をすれば、「他人の戦果が上がった(あと日本人も来た)せいで獲物が少なくなった」ためでもある。

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最終更新:2012年08月18日 12:38