150 :グアンタナモの人:2012/09/20(木) 22:55:45



     ――― 提督たちの憂鬱支援SS・自由の船 ―――



『こちら、カナダ沿岸警備隊警備船<ラブラドル>。貴船に警告する。貴船はカナダ領海を審判しつつある。直ちに引き返せ。繰り返す、直ちに引き返せ』

 一九四八年六月。カナダ連邦、ノヴァスコシア州ヤーマス沖合。
 雨が降りしきる闇夜の海上を眩い光りが切り裂いた。
 カナダ沿岸警備隊所属の高速哨戒船<ラブラドル>の前方探照灯の光である。

「連中、飽きもせずによくやって来ますね。無駄だと解ってるはずなのに」

「向こうもあの地獄から逃げ出すのに必死なんだろう。理解はしても、許容はしかねるがな」

 髭を蓄えた壮年の船長がそうぼやきながら、双眼鏡で探照灯が照らし出す先を睨む。
 <ラブラドル>の探照灯が捉えているのは、海上を高速で航行する一隻の小型船だった。
 元々船体に施されていたらしい鮮やかな白い塗装は半ば剥げ落ち、赤錆すら浮いていて見る影もない。
 しかし、そんな見た目に反する異常に速い船足で小型船は<ラブラドル>から必死の逃走を図っていた。
 大方、程度の良い旧合衆国海軍の魚雷艇用発動機を見つけて、搭載しているのだろう。
 前回〝撃破〟した高速の小型船がそうであったように。
 もしも<ラブラドル>が旧合衆国東海岸とカナダ沿岸を繋ぐ海域で北米防疫線の一翼を構築している、火力と威容だけが取り柄の従来型の警備船であったのなら、逃げ切られていたかもしれない。
 何故なら、それら従来型警備船の大半は英海軍から払い下げられた旧式艦であり、その船足はお世辞にも速いとは言い難いのだ。

「該船、警告を無視します」

「射撃用意」

 しかしながら、そうは問屋が卸さない。
 <ラブラドル>はあの手の高速艦艇を追撃するために建造された最新鋭の高速哨戒船だからだ。
 兵装こそ数挺の重機関銃と連装二基四門のボフォース製六〇口径四〇ミリ機関砲のみであるが、速力と索敵装置だけは従来の警備船の追随を許さない。
 こんな嵐の夜に乗じ、海上封鎖の突破を目論む小型船を見つけられる程度には<ラブラドル>は強力な警備船であった。

151 :グアンタナモの人:2012/09/20(木) 22:57:06
「撃ーッ!」

 砲口が瞬き、放たれる大量の機関砲弾が小型船へと襲いかかる。
 揺れによる影響はあったが、そこは連射と集中射撃で補う。
 やがて小型船は<ラブラドル>が放つ火線に絡めとられ、船体をずたずたに切り裂かれていく。
 そして次の瞬間には、小型船は激しい風雨を音を一瞬掻き消す爆発音と共に海上から姿を消した。
 紛うことなき撃沈。一応近くまで向かい、付近の海上を照らして確認するが、生存者は見当たらない。
 仮に居たとしても、この荒れた海に投げ出されて生き残れる確率は限りなく低いだろう。

「該船の撃沈を確認」

「ご苦労」

 何のことはないといった調子で船長は言う。
 艦橋に居る船員達も同様で、不審船の撃沈に対し、特に大きな感慨を抱いている様子はない。
 だが、それは決して彼らが皆冷血漢だからでも、無味乾燥な人間達だからでもない。
 不審船の撃沈は最早、彼らにとっては茶飯事の出来事。一種の日常となっているからだ。
 故に彼らは慣れている。故に彼らは淡々と仕事をこなす。
 全てはカナダ国民を。人類を守るために。
 史上最悪の感染症を、あの魔女釜の底から外へと出さないために。

 ヤーマス沖合いで〝リバティ船〟に遭遇、追跡。
 八分後、警告を無視し、領海侵犯を行なったため、これを撃沈。

 その日、<ラブラドル>の航海日誌に綴られた一文。
 そこには史実を知る者が見れば、首を傾げそうな名称が記されていた。
 本来ならば、アメリカ合衆国で建造された規格貨物船のものになるはずだった名称。
 されど、この世界では違った。
 名付けられるはずだった規格貨物船は、その多くがあの大津波で鉄屑と化し、生き残ったものも大多数の名も無き貨物船の中に埋もれてしまったからだ。
 そして紆余曲折の末、その名称は別のものを指し示す言葉となる。
 北米防疫線の内側から自由(リバティ)を求めて、脱出を図る船舶群を指し示した名称に。

(終)

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最終更新:2012年09月22日 15:12