168 :ひゅうが:2012/10/10(水) 11:51:43

提督たちの憂鬱支援SS――「氷雪狂乱~或いは困った人々~」


――西暦1947(昭和22)年3月29日 日英信託統治下 アイスランド


この日はいつもと変わらぬ一日のはずだった。
緯度が高くも北大西洋海流の影響で比較的温暖なアイスランドでは、この時期特に濃い霧が発生する。
そのためこの日も、日本帝国海軍レイキャビク警備府水路部と内務省気象庁レイキャビク気象台の予報は濃霧警報を発令していた。
俗にミルクのようなと形容されるこの濃い霧は古来多くの海難事故を発生させてきた。
記憶に新しいところでは1912年のタイタニック号事故に代表されるような氷山との衝突、そして自らの位置を喪失したがための遭難がそれである。

第二次世界大戦の結果として北大西洋にまで行動範囲を拡大させた日本海軍と、同盟国たる大英帝国はゆえに対策に乗り出している。
北大西洋を航行する艦船への航路情報の提供という形で「異なる史実」では「ロラン」や「オメガ」と呼ばれる航法システムが構築されたのはそういったわけだった。

そしてこの日、異変を最初に探知できたのが彼らであることもまた同じ理由であった。


「ん?」

運用を開始してから1年が経過するこの航法システムは、レイキャビクの10階建てのビルの中から統合官制されている。
午前9時、定期点検を行っていた係官は異変に気付く。
はるか北米ニューファンドランド島から発信される超長波と長派の感度が極度に鈍っている。
中波はそれほどではないものの、明らかに異常である。
最初は機材の故障を疑い、続いて攻撃を疑った。
係官は非常マニュアルに従って英海軍の担当者を呼び、続いて海底ケーブルを通じてニューファンドランド島局へ確認をとった。

向こうも同様の事態を感知していたようで、異変に気づいてから5分もしないうちに彼らは相互の設備に異常がないことを確認するに至る。
そして午前9時23分――
レイキャビクの地震計は火山性の初期微動を探知した。


数分を経て航空用レーダーは巨大な塊のようなものを感知。
続く揺れの中にあってレイキャビク警備府は非常事態を日英の本国に報告することになった。




――同 スウェーデン ストックホルム
国際防疫機構(仮称)設立準備委員会 事務局会合


ストックホルムに置かれている列強諸国間の連絡会議。世界的な疫病などの非常事態に対応するために設立され「国際防疫機構」と仮称されているこの組織は、この日慌ただしく動き出した。
レイキャビクから発せられた警報を受け、「会議」は連絡武官と当直文官を招集しており
ロンドンやベルリン、東京と同様に情報収集を開始していた。
大西洋時間午前11時頃にはドイツ本国から発進した哨戒機が北海のはるか沖から異変を捉えつつあり、レイキャビクからスコットランドへ緊急退避を開始している日本海軍の「連山改」電子戦型と臨時に連絡をとりつつ状況を報告して来ていたのである。

「大規模噴火、ですか。」

議場で、ドイツ代表である地学者が顔をしかめつつ言った。

「はい。まずアイスランド南東端のヘクラ火山が噴火、続いて中部のラキ火山が大規模な噴火を起こしている模様です。哨戒機からの報告ではマグマは高さ2000メートル近くにまで吹きあがっており大量の火山灰が東へ向かっている模様です。」

日本代表がテレックス文書を手に言った。

「しかしよりにもよってラキ火山とは…」

英国代表が苦い顔をしている。
それはそうだろう。彼らはラキ火山に大変な目にあわされた過去があった。

「また印象派がはやりますかな?」

「それよりはスウィフトが新作を書くでしょう。」

英国代表とドイツ代表がさりげなく教養をひけらかして肩をすくめ、日本代表はただ曖昧に笑った。

169 :ひゅうが:2012/10/10(水) 11:52:31
「問題は、これからです。フランス革命時と同様に気候への影響は避けようもありません。幸いにもラキの噴火でそれ以上が起こったという記録はありませんが。」

日本代表が言った。

「だといいが。」

ドイツ代表が皮肉げに言う。特に火山に関して彼らが日本人に向ける目は疑いに満ちていた。
まあまあといいながら英国代表は言葉を引き継いだ。

「北米…アトランティカでもヴィンランドでも何でもいいですがあの新大陸では革命が起きようがありますまい。問題はこのユーラシアです。」

「ボルシェビキども?」

「いえ。スラヴはまだマシでしょう。程よく人も減っていますし希望というものは実に甘美な麻薬ですから。」

さりげなく日本人がロシア人を(渋々)援助していることをあてこすって英国人は言った。

「一番厄介なのは中途半端な連中、あのカエルどもでしょうな。」

全員が渋い顔をした。
かつてラキ火山の噴火がもたらした食糧危機はフランス人たちを革命という短慮に駆り立て、欧州に破壊を振りまいた。
ただでさえインド方面でフランス人に大いに迷惑をかけられている彼ら三国は「いい加減にしてくれ」というのが本音であった。

「苦労しますな。」

「お互いに。」

「お宅には負けますよ・・・」

どうやら彼ら三国は共通の困ったチャンによってある程度通じ合っているようだった。




――数日後 日本 帝都東京


「やはり、衝号の影響か?」

「会合」で開口一番に嶋田は溜息とともにそう訊いた。

「それ以外はあり得ないでしょう。あそこは北大西洋海嶺を通じて繋がっていますから。」

東条がそう答える。実は案外こういうことに詳しいらしい。
今回はアイスランドの火山噴火が史実よりも大規模化していると指摘できたことで少し目立っていた。

「しかもプレートが今まさに作られ広がる境界…アフリカ大地溝帯のような大地の裂け目ですか。」

辻が「やれやれだぜ」と肩をすくめる。
お前が言うな!と言いたくなるのを堪えて嶋田は対応を考えた。
幸いというべきかジェット機がまだ普及していないためにアイスランド上空で航空機の運用を停止するような事態には至っていない。
ターボプロップ機である「富嶽」の場合は火山灰でタービンが焼けついてしまうためにその限りではないが、ピナツボ火山噴火でクラークフィールドが壊滅したような事態は避けられそうだった。

だが問題なのは…


「食糧状況は?」

「芳しくないですね。特にフランスがオーストラリア産小麦の買い占めに走っていますので市場が乱高下しています。また華南連邦にも米穀類購入の打診があったと報告が入っています。さらにはベトナム産米も高騰していますから…」

「フランス人か?それとも華僑商人か?」

「両方です。」

投機狙いとヒステリーがあわさったのか。と嶋田は頭が痛くなった。

「さらに。」

「まだ何か?」

いえ、と辻は珍しく嫌そうな顔をしながら言った。

「いえ、食糧危機を乗り切るにはフランスの失われた大地を取り戻し食糧安全保障を図るべきだという主張を一部フランス紙がはじめました。」

ケベックか…と全員が頭を抱えた。

「あいつら火種を生むのだけはうまいな…」

「どうします?下手をすればスエズ危機ならぬケベック危機が発生しますよ?」

「というかそんな余裕あったのかあいつら?」

「どうせドイツ頼りなんじゃないか?」

「あり得る…。」

顔をひきつらせながら面々は思考を働かせる。


「…全力で阻止、だな。独ソの手打ちが済んだばかりの今はドイツ側も余計な戦火は欲していないだろう。」

嶋田はいった。
全員が頷く。

しかしさすがは口八丁手八丁で戦勝国に成りあがった連中だ。火事場泥棒の手際はロシア人以上か?

嶋田は史実では事あるごとに藪をつつきたがるフランスのお守をさせられる役がこの世界ではアメリカではなく自分たちとなったことを実感し、さらに憂鬱になった。

――なお、この火山ショックは日本側の軍事圧力とドイツの冷淡な視線でフランス人たちが落ち着くまで続く。
だがそれが終わった頃にはフランス人たちはインドに自由をと叫び始めており、日英独三国の安全保障担当者の胃をさらに荒れさせたことを付け加えておく。

170 :ひゅうが:2012/10/10(水) 11:54:29
【あとがき】――支援板が最近さびしいので一本書いてみました。
姿を現さないのに存在感抜群な彼らの雰囲気が伝わっていただければ幸いです(笑)。

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最終更新:2012年10月16日 22:10