176 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/10/14(日) 20:49:21

 ―――こんな時間に誰か来たようだ
                ―――タブーに触れた人々


          提督たちの憂鬱 支援SS ~口封じ~


 ―――東京某所の鉄板焼き屋、扉に『本日貸切』の札がかかっている部屋にて。


「へえ、JFKの親父さんが自殺ですか」

 イギリスの新聞の片隅にあった小さな記事を見て、長らく大陸問題にかかりきりだった東条英機が驚く。

「スコットランドヤードによると、『祖国の崩壊による心的苦痛』が原因じゃないか、という事らしい。
 何でも、ハワイ開城の頃から服用していた睡眠薬がベッドの周りに散らばっていたとか」

 淡々と話すのは、同じく大陸問題、そして対ソ戦略に関わってきた近衛公である。
数段落しか無い短い記事を1分足らずで読み終えた東条は、何か言いたげな顔をしていた。
近衛公はその顔を見て、我が意を得たりと彼が口を開く前に喋る。

「消されたな」

 言いたい事を先に言われてしまった東条は少し面食らいながらも自分の考えを喋る。

「ん、まぁそう考えるのが妥当だと私も思います。イギリスが"あれ"を保護し続ける理由は無いですし……
 まず東海岸は人脈ごと洗い流されましたからね。ナチとは馬が合うようですが、だから何だという話で」

「それにしても中々きな臭い手段に出たものだ。
 それとも……誇り高いジョンブルは植民地人の痕跡を早く消し去りたいのか」


 その後、彼らは死人の事を気にしてばかりいられないという風に、
彼らの本来の仕事である大陸についての話に移る。大陸(中華)に対するネガティブキャンペーンの影響で、
「ヒャッハー!漢人は(物理的に)消毒だー!」などと過激な事を言う人間が出てきた事など、話題は尽きない。

 そして彼らは、ジョゼフ・P・ケネディの事をすっかり頭の片隅に追いやってしまった……





 ―――その2日ほど前、イギリス、ロンドン。


「全く、不愉快な日々が続くな」

 ジョゼフ・P・ケネディは未だに重苦しい雰囲気の漂うロンドン中心街『シティ』を歩いていた。
通行人が彼に向ける視線は冷たい。何故なら彼は"亡国"アメリカの"元英国大使"だったからだ。

 あの日以来、アメリカにいた息子らとの連絡は未だに取れていない。
息子の通っていた学校は思い切り東海岸にあったため、息子―――ジョンの生存は絶望的だった。
しかし彼は、どこかでジョンの生存を信じていた。いや、信じなければならなかったと言うべきか。

(もしジョンが西海岸へ上手いこと逃げていれば……
 そうすればカリフォルニアに取り入って"一族"の基盤を作ってくれるかもしれん)

 故国の人脈を物理的に失い、自らの失言でイギリス人にも嫌われていたジョゼフにとっては、
彼の生死不明の息子、ジョン・F・ケネディだけが頼みの綱だったのだ。


 ジョゼフがまともな暮らしを送れているのは、ひとえに彼の図々しさによる所が大きい。
バトル・オブ・ブリテンの時早々にロンドン市外へ移住した事で彼は信用を失っていたが、
それでも巧みな泣き落としとごり押しでちゃんとした住居と生活費を確保していた。

 ロンドン市内の自宅に帰ったジョゼフ・P・ケネディは、
居間に置いてあった息子達の写真を見て珍しくもナイーブになったが、
すぐ気を取り直すと寝室にある隠し金庫を開けて幾つかの書類の無事を確認した。

「まあいいさ。いざとなったら"これ"でロックフェラーを"説得"してやる」


177 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/10/14(日) 20:49:55

 彼が枚数を検めている書類に書いてあった内容は、
明るみに出れば世界を再び震撼させてもおかしくないものだった。

 書類には、ロックフェラー財閥から『研究所』への資金の流れ、
そしてその資金が細菌兵器の研究・開発のための機材購入に使われていた事、
また合衆国政府の財政から『研究所』への資金の流れ、使い道についても書かれていた。
これら資金の移動ルートは欺瞞や分散、再集合を組み込んだ複雑なものだったが、
書類にはこういった努力についても全て種明かししてしまっているのだ。
重要かつ秘密性も高いからこそ把握できていないと困る、というのもあるが……

 ともかくこの書類は、『アメリカ風邪』と『研究所』、
そして『合衆国政府』と『ロックフェラー財閥』の4つを繋ぐ一本の糸になりうる、
事によっては核爆弾よりも危険極まりない代物だった。

(ふふふ……万が一のために、非合法な手段を用いてでも確保した甲斐があった。
 これはまさに"ロックフェラー家"の"泣き所"、そして"ケネディ家"の"エース"、切り札だ)

 その中身に変化が無い事を確認したケネディは、書類を再び隠し金庫にしまう。

 書類をしまった直後、もう日も暮れているというのに呼び鈴が鳴った。

178 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/10/14(日) 20:50:26

「……おや、誰か来たようだな」

 ジョゼフは面倒だと思ったが、とりあえず応対する事にした。
もしかしたら、何か重要な用件で来た客人かもしれない。そう思いつつふと窓を見ると、
何か人影のようなものが動くのが見えた。まあ、多分気のせいだろう。そういえば、最近家の電話に雑音が入るようになったな。
何処の誰が私の会話なんか盗聴するんだか。いい加減外交やら商売やら、腹に一物抱えた人間達の相手をする仕事も疲れてきたよ。
しばらくしてほとぼりが冷めたら、ああいう胃の痛む仕事からは足を洗って、それでイギリスに適当な土地を買って農夫にでもなるか……
ああ、行き着けの書店に園芸の本が売っていたな。明日買って読んでみよう。

 そんな事をつらつらと思いつつ、ジョゼフ・P・ケネディは玄関のドアを開けた。

「こんばんわ、何か御用ですかな?」


 玄関先にいたのは、黒い外套を着てシルクハットを深めに被った中肉中背の男だった。

「ええ、"私ども"は貴方に用事があって来たのです。そう、大事な用事が……」


 その直後、ケネディは不意に、自分の後ろに人の気配を感じたのだった。


                 ~ f i n ~

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最終更新:2012年10月16日 22:16