207 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/11/08(木) 21:00:30

 俺はロジャー・コリン・レイ。元アメリカ連邦陸軍の戦車長で、
今は故郷カリフォルニアで自動車修理なんかをやって生計を立てている。
ガキの頃から機械弄りが好きだったが、それが戦車乗りになるきっかけになって、
そして今も俺の暮らしを支えてくれているんだ。手に職とは良く言ったもんだな。

 俺はあの戦争の時、中国にいた。ジョージ・パットン将軍の軍団だ。
そして、あっという間に日本軍に捻り潰された。それはもう一瞬の事だったよ。


    提督たちの憂鬱 支援SS ~ある米軍戦車長の話~


 遼陽の会戦で、俺達の部隊は第一派、いわゆる先鋒だった。
M2は75ミリ砲こそ搭載していたが、タマは榴弾で、しかも防御はお寒い限り。
そんなんでタイプ97に敵う訳がねえ。事実、部隊の戦車はまとめてスクラップになった。

 俺はどうしてたかって?俺の戦車は幸運にも、最初にやられたところが履帯だった。
車内が横倒しになるんじゃないかって位ガタガタ揺れて、こりゃやばいと直感した俺はハッチを開けて、
野郎どもに脱出を促したんだ。で、全員が脱出したところで奴ら(日本軍)の2発目が無人の砲塔をブチ抜いた。
俺は覚えず、天を仰いで十字を切っていたよ。神様ありがとう、ってね。

 で、ふと横を見たら、ちょうど仲間の戦車が中身ごとオダブツになってる所だった。


 あまりの事に俺は呆然として、半ば本能的にハンカチを振っていた。
何せ、全部が一瞬のようだったんだ。まるで魔法みたいだった。黄色猿が相手かどうかなんて関係ねえ。
こっちの戦車がアメ玉みたいに溶けてくのを見て、もう抵抗するのが馬鹿馬鹿しく思えたんだよ。

 連中は話の分かる奴で、俺の戦車に乗ってた面子は全員生き延び、捕虜になった。
多分、この会戦での捕虜第1号なんじゃないかと思う。腰抜けめだのと罵る奴もいるが、
そんなのは大体が、あいつらの鮮やかな戦いぶりに殺されそうになった事の無い奴さ。
あと一瞬ハンカチを振るのが遅かったら機銃掃射されてたかもしれないんだぞ。

208 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/11/08(木) 21:01:09

 急ごしらえの捕虜収容所で、俺が最初に思った事は、あいつらの魔法の秘密の事だった。
タイプ97が凄い戦車らしい、って事は前からチラっと耳にしていたが、それを間近に見て、
タイプ97がどんなヤツなのか、益々興味が湧いてきたんだ。メカ好きの本領発揮だ。

 知恵と勇気をフル回転でMPっぽい奴らを出し抜いた所までは良かったが、
目当てのブツの間近まで来た所であっさり捕まった。MPに正直に洗いざらい事情を話したら、
困った奴だ、みたいな顔をされて個室を宛がわれた。どうも要注意人物に指定されたらしい。

 仲間達と離されるのは寂しかったが、要注意人物もそう悪い事ばかりじゃあない。
要注意人物はとっとと送還してしまおう、ってハラらしく、俺はみんなより一足先に中国を後にする事になった。
懐かしの故郷、愛しの故郷、両親の待つ故郷。西海岸のカリフォルニアへ向けて。


 久しぶりのカリフォルニアは、連邦から独立していたことや、
いろんなものの値段が高くなってたこと以外は、昔のカリフォルニアだった。
最初に両親のトコに顔を出したが、2人とも俺が生き延びた事を心から喜んでくれて、
生活費を稼ぐために自動車修理を始めたいと言ったら、色々と手を貸してくれたよ。

 こうして俺は故郷の町に「タイニー・M2(小さなM2)」って自動車修理屋を開業した。
名前は俺があの時乗ってた戦車と、ソイツが散々にやっつけられたのに対する皮肉も込めてある。
こういうのは本当ならイギリス人の得意技なんだが、俺の家は先祖がイギリス人らしいから別におかしくはない。

 一応自動車修理屋とは名乗っていたが、店には自動車以外にも色々なモンが持ち込まれた。
例えばラジオとか、自転車とか、そうそう、ドアを直してくれ、なんて言ってきたのもいた。
まぁ客がいるのに越した事はないから全員面倒を見てやってたら、ある日ふらっと元部下のひとりがやってきたんだ。

209 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/11/08(木) 21:01:46

 そいつはジョージと言って、俺の戦車の装填手をやっていた。俺より7つか8つは年下だったかな。
同じジョージでもパットン将軍とは正反対の性格で、初対面の時は本当にコイツが兵士なのかと思ったくらいだ。
で、そんなジョージに何をしに来たんだと訊ねれば、働く所が無い、ということらしい。

 どうもあいつの親は、中国くんだりまで行ってボコボコにされて捕虜になった息子を見放したんだと。
まったくひどい話だ。で、住む所も無いんで力仕事のハシゴをして糊口を凌いでいたらしい。持つべきものは優しい親だな。
そんなことをしている内に、俺が自動車修理を始めたって話を聞いて、働かせてもらえないか、と頼みに来たということだ。

 そろそろ忙しい時に手伝ってくれる奴が欲しくなってきた頃だったから、雇ってやることにした。
3食付きで寝床は屋根裏、給料は仕事毎という条件だったが、ジョージは事の他嬉しそうだったね。
なんでも、今までは駅や木の下なんかで寝ることもあったらしい。


 さて、ジョージと一緒に店をやりくりしているうち、ジョージが俺の店の看板にケチを付けてきた。
店の看板は、店の名前の横に、M2に目玉と口をくっつけた感じのナニ("カーズ"風)を描いたもんだったんだが、
ジョージはそれが良くないと言う。負けた軍隊の戦車なんてウケない、って言うんだ。

 何だコノヤロウと殴りつけてやりたかったが、奴の言う事にも一理あった。
M2は俺のいない間にメキシカンをぶっ飛ばしてはいたらしいが、もっと大きな敗北の前には色あせちまう。
俺はかつての"愛車"をけなされた怒りを堪えながら、じゃあお前が何か描いてみろよ、と返した。

 ジョージが描いたのは、5、6歳ぐらいのちっこいボウヤだった。ヘルメットやら軍服からすると、
どうも連邦軍(もう存在しないが)の戦車兵がモチーフらしい。敗軍の戦車じゃねえが、敗軍の兵じゃねえか。
ジョージの発想は良く分からんと思いつつ、そいつが抱えてる大砲みたいなモンは何なんだと聞いたら、
返ってきた答えは「75mm砲」。口径長からしてM2の砲だ。やっぱりジョージの発想は良く分からんと思った。

210 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/11/08(木) 21:02:20

 俺は渋々そいつの絵を新しく看板に添えたんだが、驚いた事にこれが人気が出た。
かわいらしい、だの、タイニーなM2…なるほど!などと変な自己完結をする奴もいた。

 一番俺をびっくりさせたのはドライブ中に不具合が出た車を持ち込んだ熟年夫婦だ。
ボーヤの絵を見たとたん奥さんの方がわっと泣き出したんで、亭主の方に事情を聞くと、
どうも絵の少年が夫婦の息子の小さい頃にそっくりだったそうだ。それがどうしたんだ、と言うと、
その少年は、やがて兵士になって、そして上海で死んだということらしい。なるほどと合点した。

 すすり泣く奥さんがやっと何か言い出したんで耳を傾けたら、
奥さんの口から出てきた言葉は「糞、糞、くたばれチンク(漢人の蔑称)」だった。
一瞬我が耳を疑ったね。上品そうな夫婦なのに。女の恨みってのは恐ろしいな。


 ジョージの絵はその後も口コミで評判を呼び、とうとう新聞記者まできやがった。
ハーストの息がかかった新聞社の記者で、あのガキの絵でマンガでも描いてみないか、って言い出した。
俺は、あれは俺が描いたモンじゃないんで、絵描きに直接当ってくれ、と言ってジョージを呼んだ。

 記者とジョージがナニを話してたのかは知らんが、どうも話がまとまったらしい。
その後、ジョージは夜なべしてマンガを描くようになった。どんなマンガか見せてもらったが、
例のボウヤがチンクっぽい盗賊やら、西部開拓時代さながらのアウトローとドンパチする話で、
日本軍のことは良き先輩というか、どう見ても味方みたいな感じで描かれてた。

 戦中はレッツマーダーイエローモンキーとか何とか言ってた癖して、
戦後になるとこんなもんを平気な顔して載っける新聞社ってのは本当に滑稽なもんだ。
連中の元締めのハーストには会ったことも無いが、おそらくそういう奴なんだろう。

211 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/11/08(木) 21:02:51

 そのマンガは、最初は新聞の片隅に控えめに載ってただけなんだが、
それから半年もするといつの間にか掲載スペースがでかくなってるような気がした。
1年後には、おーい手伝ってくれ、と言うと屋根裏から、すんません締切が、って声が聞こえてきて、
本屋にジョージの描いたマンガの単行本・・・単行本と言うらしい・・・が並ぶようになった。
2年後、店を改築したいが金が無いなあ、などと俺が呟いたら、印税が入ったのでって言って、
ジョージが店の改築費を全額(ほとんど強引に)負担しやがった。

 俺はそんな事があってからようやく、ジョージがもう、
ただの自動車修理工の手伝いじゃなくなっている事を自覚したよ。
ジョージはいつの間にかカリフォルニア共和国の代表的マンガ描きになってて、
何と日本のマンガ描きたちとも仲良しになっていやがったんだ。

 5年経って、ジョージはちまちま自動車修理をするだけの俺のン十倍も稼ぐようになっていた。
日本の雑誌にもマンガを描いてて、その原稿料は勿論日本円だ。日本円の価値くらいは俺にだって分かる。
ジョージは自分の稼ぎについて俺に遠慮してたようだったが、俺はヤツに気を遣わせすぎるのは良くないと思って、
そろそろこんなしょぼい店は止めてマンガ描きに専念したらどうだ、とジョージに提案した。
あいつは申し訳無さそうな顔をしながら、お世話になりました、と言って「タイニー・M2」を後にした。


 それから1年。ジョージはサンタモニカに新居を構え、結婚もしていた。
手紙で、それが例の「くたばれチンク」おばさんの娘だと知った時は椅子からひっくり返ったね。
あいつは子供向けにマンガ教室なんてものも開いたりして、受講料でまた儲けてたようだ。

 共催に新聞社の名前があったんで、もしかしたらそれが入れ知恵したのかもしれない。

212 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/11/08(木) 21:04:25

 そんなジョージの訃報を聞いたのは、ヤツが俺の店を去ってからちょうど10年目だった。

 急いで新聞をかき集めたがところ、ジョージは死ぬ2年くらい前から睡眠薬を飲むようになってて、
さらにマンガ稼業自体も落ち目になっていたらしい。で、それが苦になって自殺したんじゃ、というのが、
おおよその新聞の見解だった。日本でもジョージの死はニュースになっていた。

 テレビカメラや新聞記者を前にして、すすり泣くジョージの嫁の姿が、彼女の母親にダブって見えた。


 ジョージの死は、あいつの嫁が殺したというのが真相だったと、それから間もなくニュースになった。

 ジョージの嫁は、ヤツの稼業が落ち目になってるのを知って、
都落ちする前にジョージを殺してヤツの遺産とついでに保険金も手に入れよう、と思ったらしい。
そして誰か別な、ジョージよりも稼ぎが良くて若くてイケメンの男を捕まえるつもりだったようだ。

 あの嫁は色々と自殺に見せかける工作をしていたようだったが、
生前のジョージを知るファンたちが、自殺なんてそんなことありえない、と独自に色々調査して、
結果見事に嫁の犯罪が明らかになってしまった。ファンの執念ってのもほんとに怖い。

 それまであの嫁を、「悲劇の未亡人」ともてはやしていたメディアは、
日本軍が俺のM2をぶっ壊すのよりも早く彼女を「世紀の悪女」とたたき始めた。
真面目な人が多いらしい日本でさえも、彼女には「毒婦」のレッテルを貼っていた。
確かに彼女のした事は十分そうなるに値するモンだったが、何だか虚しさを感じたよ。


 俺の話はこれで終りだ。今も俺は、カリフォルニアで自動車をせっせこ直してる。

 ジョージは・・・きっと、天国でまたせっせこマンガ描きをしてるだろう。


 この偏屈なジイサンの長話を、最後まで聞いてくれてありがとうよ。


 それじゃあ、またな。


                ~ f i n ~

213 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/11/08(木) 21:05:37
今回の投下は>>207-212でした。

なお、この話に出てくるロジャー・コリン・レイと、その元部下ジョージは、
いずれも史実においては存在しなかった、バタフライ効果で産まれた人物です。
史実の人間とは一切関係が無いのでご了承下さい。

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最終更新:2012年11月09日 20:51