240 :SARU ◆CXfJNqat7g:2012/12/08(土) 17:27:03
遠すぎた街

一九四三年六月、英独を主力とする欧州聯合軍は『人道的支援』を名目に事実上崩壊した米合衆国南部への進駐を開始した。
当初はルイジアナ洲沿岸やフロリダ洲パンハンドル部に共同の拠点群を築いた後、事前の取り決めに従いミシシッピ川を境界として
英國は左岸のミシシッピ洲からジョージア洲にかけて、枢軸諸国は右岸のルイジアナ洲とテキサス洲に展開した。
だが、かねてより周辺諸洲への影響力を高めていたテキサス洲が親枢軸国家として独立すると、独軍は予め示し合ったかの様に
ミシシッピ川を遡行してアーカンソー・ミズーリ両洲の白人勢力を勢力下に納めると共に、穀倉地帯であり航空機生産の拠点・ウィチタを
抱えるカンザス州をも指呼の距離に置いていた。広大なテキサスを抱え且つ半ば水没していたニューオリンズを仏軍に投げ与えていた為、
電撃的侵攻を行おうにも補給路の設定は至難の業だと高を括っていた英政府は慌ててテネシー洲進出を決定した。

泥縄式に立案されたその作戦は洲都ナッシュヴィルとテネシー川流域に空挺降下を行い、メンフィスを起点とした地上部隊が
カンバーランド川以南を制圧するという物で、急遽復帰を果たしたモントゴメリー将軍が指揮を執る事となった。テネシー洲は物流途絶や
シカゴ臨時政府の崩壊等によって既に無政府状態となっており、北と東の洲境にはアメリカ風邪の脅威がひたひたと迫っていた。

『ナイツ・アンド・グレイル』と命名された作戦は七月四日未明に開始された。英本土からかき集められたなけなしの輸送機が
第四落下傘旅団と自由ポーランド独立落下傘部隊の二個大隊を乗せてフロリダ洲タラハシー近郊の特設飛行場から飛び立った。
白い落下傘がナッシュヴィル上空を覆う様子は“真夏の雪”と形容されたが、現地防疫部隊との連携や住民戦撫の為に事前に投下
された伝単(ビラ)で英軍飛来を知っていたのは助けを待つ人々だけではなかった。テネシー洲は英軍受け入れを決めた洲知事指揮下の
洲兵部隊による戒厳状態にあったが、旧聯邦軍部隊の一部が独立記念日に現れた旧宗主国の軍隊を未曾有の国難に乗じた侵略者と
見為し、国粋的傾向の高い自警団と共に抵抗活動を始めたのだ。
ナッシュヴィル近郊にはケンタッキー洲境封鎖に参加していた騎兵部隊が急行し、僅か六両ではあるがM3半装軌車両改造の
M13自走対空砲で英軍機を──後には降下した英軍部隊を掃射し始めたのだ。生身の人間に連装銃架のブローニング50口径重機関銃の
火力は過剰な物であり、更に一両だけ含まれていた四連装型のT58対空自走砲が“赤い悪魔”達を瞬く間に赤い肉片へと変えて行った。
この車両は対日開戦直前に試作された物の、大西洋大津波に端を発した混乱から何両製作されて何処に配備されたかという経緯が
全く分からない代物で、情報の混乱から英軍に悲劇をもたらした。

英軍降下と同時にメンフィスからの打通を補助すべく、自由ポーランド独立落下傘部隊が大隊規模に分かれてテネシー川の橋梁確保の為に
降下した。こちらは実働戦力の大半が封鎖部隊に回っていた事もあり比較的手薄だった反面、民兵化した現地住民から予想外の抵抗を受け
──住民戦撫の観点から波軍には敵対住民の積極的排除に制限が掛けられていた──ナッシュヴィルとの連絡線を設定出来なかった。

降下部隊を支える航空支援は最初の三日間で当初の倍に膨れ上がり、その後は航空機材の消耗から激減した。

破局は加速度的に進んで行く。作戦開始十日を経ずして戦力の減少したカンバーランド防疫線から難民が浸透を始めたのだ。
英遣米軍団は此処に至り地上部隊によるテネシー洲制圧を断念し、ケンタッキー洲パチューカを含むテネシー川以西のみの分離へと
作戦目標を下方修正した。ナッシュヴィルから波軍が円陣を組んで死守する徒河点へと決死の突破を図る英軍と一部のテネシー洲軍及び
親英的住民や有色人種。“売国奴”どもを追撃すべく倉庫から引きずり出された旧式のM2A2軽戦車(双銃塔型)が惨劇を助長し、
第四落下傘旅団がテネシー川へ辿り着いた時には戦力が半減──事実上の壊滅状態となっていた。

七月三十日、日本から五大湖“滅菌”作戦の内示を受けていた英政府は遣米軍団にテネシー川及びサバンナ川の封鎖を指示し、
現地部隊を再編した防疫部隊の展開とモニター鑑の派遣を行った。波落下傘部隊は『マダム・オレアリー』(シカゴ“滅菌”作戦の秘匿名称)
後のシカゴ環流確保とイリノイ洲分断でも損害を受け、結果的に英國と袂を分かち日本が設定した民族自治区へと去っていった。
この一連の軍事行動で英第一空挺師団は著しく損耗し、その責を問われ遣米軍団司令官を解任されたモントゴメリー将軍は本国への召還
を前にこう述べたと言う。
あの街(ナッシュヴィル)は些か遠すぎたのだ、と。

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最終更新:2012年12月20日 23:12