298 :ひゅうが:2013/02/18(月) 22:36:50


  提督たちの憂鬱支援SS――「牧野侍従日誌」その4




――昭和18年1月19日 晴
ハワイ沖にてGF(連合艦隊)主力は米太平洋艦隊と接敵す。
余は東郷神社へ代参す。

(註:この2日前、ミッドウェー環礁臨時泊地を出撃した第1・第3艦隊、通称「小沢機動部隊」はハワイ方面へ進出し、19日をもってアメリカ太平洋艦隊主力との間で「ハワイ沖海戦」が発生した。
海軍大和田通信隊をはじめ日本本土の各通信基地群はこれをとらえており、早い段階で宮中にも伝達されていた模様である。
これを受け牧野はNHKとの打ち合わせの帰りに渋谷の東郷神社へ参拝している。)



――昭和18年1月20日 快晴
本日、英国大使交代につき参内。
新大使着任により儀典実施されるも警備面で阿部内相苦労せり。
新大使ホルダーネス卿夫妻も苦心せると云うも、また同様なり。
主上、両国間の不幸を悲しむ。

(註:前英国外務次官ソルタイヤ・ホルダーネス公爵のこと。1943年1月18日着任し、20日皇居へ参内。国内の反英感情を考慮し警視庁と皇宮警察は特別警備を実施した。
知日派として大きな足跡を残した彼であるが、ヴィクトリア朝時代に2度閣僚を経験した父を持つ彼が日本へ赴任したことからも英国対日政策の混乱を見てとることができよう。)

午後1時、大本営より伝令あり。
「連合艦隊は米太平洋艦隊主力を撃滅せり。」
損失その他の情報はいまだなし。
また、北海道より試験日程が決定、M研より初号弾の完成の報告あり。
これにより当初計画は全て達成される見込み。

(註:ハワイ沖海戦最後の夜戦は払暁に終了。小沢機動部隊はミッドウェー環礁への撤収を開始しており午前10時をもって長文の勝利報告を送っていた。
しかし英国大使着任関連の儀典を優先するため報告はこの時間までずらされた。
嶋田総理の発案で、日英安全保障条約を締結していた英国大使への伝達という形をとり同時に報告がなされ、この日のうちに英国政府はハワイ沖海戦の結果のみを知ることになった。
しかし詳細は公式発表まで伏せられることになる。
同日、機密保持を考慮し建造されていた核工場艦「松前」秘匿名称M研にて「ゲ号」ことプルトニウム型核弾頭初号弾が完成。北海道実験場において試製3式弾道弾実験機の組み立てが開始された。)




――昭和18年1月22日 快晴なれど妙日以降降雪の見込み
布哇沖海戦の詳報が判明。
主力艦喪失なし。
米太平洋艦隊を実質的に壊滅せしむ。これにて戦争目的実質的に達成。

(註:米国の対日攻撃・侵攻能力である艦隊戦力の剥奪。これによって核弾頭の誇示と五大湖工業地帯攻撃への道筋がつけられた。
米国の対日攻撃能力喪失に伴い日本側は戦略的投射能力の機密情報を順次開示していくことになる。)

299 :ひゅうが:2013/02/18(月) 22:37:20

午後2時、嶋田総理参内。
疲労の陰あれども解消の兆しあり。
聞けば同僚らとのささやかな宴を催したるとの由。
主上、昼食を共にするとの件にて準備を達せさる。

(註:参内に伴う昼食は、疲労の色が強かった嶋田総理らに対する計らいでもあったようで、辻蔵相もこれを承諾し、時間を割いている。
仕事の鬼、大蔵省の魔王と呼ばれた辻政信の細やかな一面を示すものである。
また秘書官や警護官もこうした御振舞いを楽しみにしていたという。)

主上、和平工作の強化を希望され、嶋田総理もこれに同意す。
以下問答。


主上「米国の対外侵攻能力は失われたか。」

嶋田「はい。これにて本土の安全は確保されました。また比島の残存米軍も戦闘能力は失われています。西太平洋上におきましての安全は確保できました。残るはアラスカ侵攻たる『星号作戦』と米本土攻撃『捷号作戦』となります。」

(註:実験こそまだであったが核弾頭は完成しており、投射手段である「富嶽」も初期生産である15機が実戦配備につきつつあった。『捷号作戦』は米東海岸における通商破壊作戦用の資源を転用し五大湖工業地帯攻撃計画として再編され、9月までには実行に移される予定であった。)

主上「可能であれば米本土の一都市を丸ごと破壊するかの如きは避けたいが。」

嶋田「その通りではあります。何も好き好んでゲルニカや倫敦を再現することはありませぬ。まずは軍事目標、ついで軍需工業地帯というふうになりましょう。
また、実験によりまして示される想像を絶する破壊力によりまして、アラスカ侵攻以前に戦争を終結せしめることも目標としたく存じます。」

主上「やはり、使いたくないか。」

嶋田「刀は、童のごとく『われをみよ、われをみよ』と振り回すものではありませぬ。まして、ただ一発で通常火薬何万トン分もの威力を持つ新型爆弾はいかなる影響を与えるかわかりませぬ。運用するには猛毒を扱うように慎重を期さねばならぬと考えております。」

主上「理性的であるな。」

嶋田「技術をかじった者としては当然の態度であります。いかに危険といえど人が火を忘れるわけにはいかぬように、原子力は扱われるべきと考えているものであります。放射線に関してはまだ分かっていないことも多くありますゆえ。」

主上「その現実主義をもって『戦後』を希求するつもりはあるか。」

嶋田「勿論です。終わらせ方を考えずにはじめることほど無責任なことはありませぬ。」

主上「和平工作は本格化するのか。」

嶋田「そうなりましょう。しかし機能するかは微妙なところです。
外務省からの報告によれば、英独両国は現状の北米の混乱に鑑み、封鎖地域への軍派遣準備を構想中とのことにございます。
このことを考えれば、もはや北米情勢は一刻の猶予もなく早急な治安回復を要する状況といえまする。」

主上「英独は北米に進駐すると云うのか。」

嶋田「はい。西海岸へ移転せる米財界も、北米東岸における防疫線崩壊と、治安状況の崩壊を認めております。連邦政府はこれをおさえようとしておりますが、現場軍当局者はミシシッピ川を最前線とし、本土決戦を名目に軍組織の西海岸への退避を開始している模様です。」

(註:1月18日、アパラチア山脈に張られた防疫線の後方、ピッツバーグにて物資不足に起因する暴動と感染爆発が発生。同時にケンタッキー州レキシントンにおいて州軍組織が崩壊し、実質的に東海岸における軍政組織の崩壊が開始された。
これを受け、臨時米陸軍司令長官アイゼンハワーは、軍政目的で設置されていたテネシー州ナッシュビルの臨時第1軍司令部を本土決戦に備えるためとしてコロラド州デンバーへ移転させ、主力軍の総退却を下命していた。北米東岸から中部の放棄が決定されたのである。
これは、1月20日シカゴ暫定政府が臨時連邦議会を無期停会としたこと、同時にガーナー大統領により本土決戦方針の通達が為されたことに対し残存連邦軍組織が実質的に政府を見捨てたことを意味しており、これに伴い米財界は英独両国による極秘裏の『進駐』要請を受諾することを決した。
この報は、日英間の連絡により即座に交戦中の日本政府へと伝えられており、この報告のために嶋田総理は参内したのであった。)

300 :ひゅうが:2013/02/18(月) 22:37:53

主上「シカゴ連邦政府の反応は。」

嶋田「狂ったように主戦論を煽りたてております。ジュネーヴのケナン氏らも本省への連絡がとれず混乱しているようで、政府機能がマヒしつつあるといってもよいでしょう。
そうでなくともこの寒波です。
北米中部上空に強力な高気圧が張り出し、強い放射冷却現象のため気温は氷点下20度に達しております。五大湖上空は逆に極から張り出した低気圧があり、猛吹雪が交通を閉ざし、防疫を無視しても鉄道網を止められない状況です。
食糧不足は実に深刻で、各所で暴動が生じております。場所によっては軍政組織たる連邦軍と現地州軍の同士撃ちも発生している模様です。
そして恐るべきことに、この状況をシカゴの首脳部は把握し切れておりませぬ。」

(註:日本政府がこの状況を把握していたのは英国の協力やカナダに構築されていた情報網だけではなく、米国大西洋艦隊の戦力が艦艇の西海岸移動にともない払底し、そのため海上からの工作員潜入や状況観察が可能となっていたためでもあった。
この時期、東海岸の輸送船舶網は港湾機能の崩壊に加えて、アメリカ風邪を避けるための輸送船舶のメキシコ湾岸から西海岸への移動に伴い消滅状態にあった。
そのため日本海軍は英独休戦に伴い余剰となっていた英国のカタパルト船を15隻あまり購入し中立国船籍へわざわざ振り替えてまで東海岸への水上機による航空偵察を実施していた。
また、日英連絡の合間に大型巡航潜水艦による沿岸部哨戒すら行われていた。)

主上「何故だ。」

嶋田「通信能力の不足もありますが、連邦政府はその能力の大半を対日戦に振り分けております。
また東海岸諸州はニューヨーク州をのぞいてどれも州政府組織が崩壊しており、華盛頓もろとも連邦議員も大半が失われているため状況を正確に連邦政府は伝えられる能力はもっておりません。
軍政組織については、軍が対日戦に注力していることからどうしても後回しとならざるを得ず、上層部もそちらを顧みる余裕がないものと思われます。
要するに『軍政組織を補助に使えばあとは州に任せておけばいい。あとは勝利の暁に本格対策を』と後回しにしているのです。」

主上「現状維持を図るということは現状が悪化に向かっているからであり、放っておけば必ず事態が悪化するか。これでは残る米国民があまりに哀れである。」

嶋田「疫病の実態について掴んでいるのは現地軍部隊や財界、そして英独と我々で、連邦政府は理解しようともしていないというあたり末期的であります。
我々が北米東岸に介入する力はありませぬゆえ、防疫の観点から英独の方針にはある程度付き合う必要があると愚考いたします。」

主上「それしか道はないものか。」


以後、問答は続くも平行線。
アラスカ橋頭保なき上布哇さえ落としていない今、米国内への干渉手段は現状なし。
最悪に備え行動する要ありとの嶋田総理の意見には主上も同意さる。
可及的速やかなる干渉手段の入手が急務なり。

(註:北米情勢の悪化は日本政府の予想をはるかに超える速度で進行していた。
そのため、大本営内では米政府の早期屈服と緊急援助による防疫線構築か、英独を巻き込んだ北米分割による防疫線構築かで意見がまとまらない状況となっていた。
英独両国の方針は日本側からは阻止し得ないことから日本政府はこれをある程度容認せざるを得ない。
ゆえに政府は対米戦の早期終結という共通認識を達成すべく、戦略的投射能力の整備に一層注力し、かつ核兵器の力を英独をはじめ北米の政治集団に対する『抑止力』として使用する構想へ急速に傾いていくことになる。)

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最終更新:2013年02月24日 20:31