339 :ルルブ:2013/03/05(火) 19:10:57
前書き 今回は日本との関係は控えめです。ご了承ください。というか漸く本編第二話。
いや、SS書くって疲れますね。ではどうぞ。
追伸、誤字脱字、更にご都合主義は多少の寛容さを持って読んで下さるとありがたいです。

提督たちの憂鬱支援SS

『トルコ人の物語・第三章 崩壊する祖国。岐路に立つ同胞。躍進する東洋の友人たちとの軋轢(青年期後半)』



夢幻会の会合である転生者は笑った。史実通りにサラエボ事件が起きた事を。

『これで日本は救われる』

当時、日本の財政はパンク寸前である。
日露戦争にて消費された莫大な戦費を返済しなければならない。幾ら手に入れた南満州利権を米英に開放したと言ってもそれだけでは到底足りなかった。
日本人は戦勝国であるにも拘らず貧困にあえいでいる。それが政府批判に繋がらないのは陸海軍が大勝利を収めたという実績があるからであった。
そして1914年、遂に待ちに待った時が来る。史実の大日本帝国が最も豊かだと言われた時代。
人類史上最初の大戦争、第一次世界大戦の開幕であった。

夢幻会の最高意思決定機関、通称、『会合』。
ここは史実と言う反則知識を持った転生者らの知識を明治・大正という貧しい後進国日本に活用させる為の場であり、事実上の日本の脳髄だった。
この『会合』に比べれば内閣や帝国議会、いや、表向きは日清日露戦争を勝利に導いたと言う大本営さえ霞む。御前会議に匹敵する程の重要性を持っている。
そのメンバーは明治の元老たちに、伏見宮や近衛、倉崎ら若手の転生者ら。分野は政治、経済、軍事、芸術、学問など幅広く日本全土を網羅していた。
彼らは話し合う。歴史通り勃発したオーストリア・ハンガリー二重帝国の皇太子暗殺事件の今後どうするかを。
会議が開かれた。全員に水筒に入った京都の緑茶と茶菓子、そして日英同盟直前と同じく玄米おにぎり梅干入りを食べる明治の元勲。
彼らは知っていた。白米など贅沢品は正月と大晦日に食べればそれで良いと。問い並みに転生者らはいやいや食べている。
彼らはさっさと大手チェーン店の牛丼が食べたいのだが。中々上手くは行かないモノだ。

「まず近衛君、君の判断を聞こう。君らの世界で我が帝国はどう行動したのだ?」

東郷平八郎元帥が問う。日本海海戦の英雄にして世界を代表する提督の言葉は重い。

「はい、日本は同盟国イギリスの参戦要求を受諾こそしましたが、それは形式上だけの事。実際は中国の利権獲得の為の行動にのみ走ったと言えます。
極東地域に展開しているドイツ第二帝国軍は弱体であり、特に海軍力に至ってはロシア海軍艦艇を捕縛していた日本軍が圧倒しています。
更に金剛級巡洋戦艦という当時最新鋭かつ最強の戦艦を保有していました。ドイツ第二帝国の急追で本国近海の海軍力で並ばれつつあったイギリスは我が日本海軍の欧州遠征を求めます。
が、時の内閣は極東ドイツ領である青島攻略作戦やマリアナ諸島制圧を理由にこれを拒否、更に対中21か条という独自の要求を時の中華民国に要求。
無論、列強各国であり同盟国である協商国が血みどろの戦いを繰り広げているのを高みの見物と言う形を取ってです。
その露骨な大日本帝国の勢力圏拡大政策を展開。止めに対欧州貿易黒字を出し、一兵も欧州で失う事無く戦争を傍観しました。
結果、日英同盟と言う我が国最大級の外交的成果を喪失。第一次世界大戦後の大恐慌とブロック経済、その打破の為の満州事変を経由して日中戦争、第二次世界大戦、太平洋戦争へと突入。
最終的には西暦1945年8月15日に600万名以上の死者を出して敗戦、GHQによる占領下に入ります。幸いな点は東西ドイツの様に米ソによる国土分裂が無かったくらいですね。
以後、私たちが生きていた2000年代まで事実上、アメリカ合衆国の属国となって生きる事になります。
尤も、そのお蔭で事実上の世界第一位の豊かさを持った国が誕生するのですが・・・・これが私の知る歴史です」

なんとも聞きたくない現実だ。
だが聞く。今生きている7000万人の日本人を守るのは自分達しかいないのだから。

「伊藤、大隈、では我々は欧州に兵力を派遣する必要があるという事で一致して良いな?」

相も変わらず議長役の大久保利通が言う。
何人かはタバコに火をつけて一服する。
事実上の、大本営さえ飾りであるこの夢幻会の『会合』で大日本帝国は新たなる道を歩む事となる。

340 :ルルブ:2013/03/05(火) 19:12:21
「仕方ないでしょう。確かに筋は通る。仮に大英帝国を見捨てたらその後の外交が滅茶苦茶になるのは火を見るよりも明らか。
だが何故、近衛君らの歴史上の内閣はそれを考えなかったのだ?」

ずずずとお茶を飲む大隈。それに答えたのは意外にも山本権兵衛だった。

「それは我々がテストでカンニングしているからでは無いですかな?
未来知識と言う教科書を見ているからこそ我々は過ちを最小限に出来る。
本来であれば未来など分からないモノ。
そう思えば勝手に我らの推測や批判を今は存在しない史実の内閣や政治家に押し付けると言うのは卑怯では?」

一服した大久保は辛辣に付け加えた。

「ついでに無駄だな、起こってもいない事と赤の他人が起こした過去、というと変かもしれないがその過ちを押し付けるなど愚の骨頂だよ」

灰皿にタバコの灰を落とす。煙が充満する。
既に時は午前2時を過ぎていた。大久保は続ける。

「イギリスが我が国に参戦要請を出す前に、我が国から参戦が可能である事を伝える。
明日にでも外務省の対英課にそう伝えよう。いや、今日の外務大臣出勤と同時に英国大使館に外務大臣を派遣する。
非公式会談で我が軍を欧州に派遣する用意がある事を先に伝えるのだ、英国が派遣要請をする前に」

そう、先手を取る事は政治の世界でも重要である。要請されて軍を派遣するよりも要請される前に提案する方が印象が違う。

「それに君らの世界ではこの戦争、戦争を終わらせる為の戦争はクリスマスまでには終わると言われたのだね?」

大久保は転生者らが座っている席に向けて聞く。
頷く伏見宮ら転生者たち。

「ならばこの世界の英独仏露も同様の考えだろう。早期終戦では経済的に困るが、まあその時は別の事を考えれば良い。
そしてこれが、この事件から端を発する第一次世界大戦が君らの知識通りの塹壕戦による凄惨な総力戦と長期戦になれば我が国の経済は潤う。
更に欧州本土で我が日本軍が血を流せば例の計画である欧州の孤島の確保にも成功するだろう。
またロシア帝国が崩壊するならロシア貴族や宮廷にも恩も売れる。世界恐慌と言う大いなる劇薬もある。打って出るべきだな。
このまま帝国の経済を疲弊させたままでは遠からずこの国は貧困から暴動、内戦に陥る。そうすれば清帝国の二の舞だ」

大久保の判断は正しい。そう、既に日本国内経済は最悪。税率はギリギリで戦費返済の為の借金活動は史実の昭和後期、平成の赤字国債などかわいいものだと思えるほど非生産的だった。
国内投資に使われた平成や昭和の史実赤字国債に対して現在の国債は海外に流出し、国内の生産活動に何ら寄与してないのだから。

翌朝、10時15分、大日本帝国政府は外務大臣を直々に、かつ隠密裏に英国大使館に派遣。欧州に金剛級巡洋戦艦を初めとした戦艦4隻を基軸とする艦隊に2個師団3万名を完全武装で派兵する用意がある事を告げ、既に昨夜の時点から陸海軍は派兵体制に入った事を伝えた。

「我が帝国は国際社会の正義と外交信義に基づいて、貴国、大英帝国の国王陛下並び王立政府の要請があれば即座に欧州半島に兵力を展開します。
また極東の憲兵として日露戦争、義和団事件の様にドイツ第二帝国の極東領土全域を制圧します」

この報せは時の英王立政府に即座に通達され、日本本土では夢幻会の手により大々的に報道された。
結果、欧州各国の市民も消極的ながらこの情報を入手する。
もっとも東洋の島国にであり、後進国が必死に背伸びしているだけ、黄色い猿に何ができるか、という考えが主流で直ぐに忘れ去られたが。
そしてそれが思い出されるのは100万名を超す犠牲者を出してからの事である。

341 :ルルブ:2013/03/05(火) 19:14:21
1914年7月某日 オスマン・トルコ帝都宮廷

「開戦すべきだ」

外務大臣が言う。彼らは軍事に関しては素人である。だが、外交に関しては玄人だ。もう中立だとは言っていられない。
ドイツ第二帝国とロシア帝国双方の参戦要求圧力は大きく、これを回避する事は瀕死の病人である現在の帝国には不可能だと思えた。
だからこそ早期開戦、早期戦争終結を目指すべきと言う。
一方で海軍と陸軍はそれぞれの理由から非戦に回る。
アリー・セル・セルジューク中佐が送ったレポートに書いてある様な機関銃陣地が構築されればその被害は甚大になる。
これは近代化に後れを取っているオスマン・トルコ帝国にとって致命傷であろう。
事実、スルタンの直轄である近衛軍団である筈のイェニチェリ軍20万名は世襲軍人貴族化して近代戦では役立たず(止めに改革反対の牙城)。
結果、戦線に派遣可能な部隊は日本軍の旧式装備(余った38式小銃など日露戦争の日本製武器)で唯一近代化させた第2軍団6個師団9万名(一個師団は15000名)と第3軍6個師団9万名の合計18万名の派遣が可能である。
あるが、これは国内の第1軍が戦略予備であり、第4軍などは書類上にしか存在しない以上、虎の子、鬼札以上の何かであった。
それを一気に失う可能性がある事を旅順や奉天会戦で示されているのでオスマン・トルコ帝国陸軍は反戦派。
海軍は例のアリーの父アフメット教え子が海軍大臣として職をかけて反対。
現在のオスマン・トルコ海軍ではロシア黒海艦隊を抑えられる自身が無く、下手をすれば帝都イスタンブールが艦砲射撃で焼かれる危険性もあると指摘した。
だが内務大臣、権益維持を目論むイェニチェリ軍総司令官、各地の総督府(中央政府の失敗は彼らの権益増大につながると考えた)、外務大臣、宮内大臣は参戦に積極的。
なにより近代化に成功したと考えられているオスマン・トルコ帝国軍の力を見せつける又とないチャンスととらえた。その考えが正しいかどうかは別であろうとも。
この点は大日本帝国があのロシア帝国に勝ってしまったが故の錯覚だと言える。
更にスルタンは内政の失敗を誤魔化す為に国内の意思統一を外敵に向ける事で、自身への不平不満を解消してしまいたいと言うのもある。

「陛下の御意思は?」

内務大臣が玉座に座るスルタンに話を振る。

「・・・・・・・」

沈黙の帷が下りる。
そこに一人の外務官が入室し、外務大臣に一通の電報を見せる。
立ち上がり発言を求めた。許可するスルタン。

「たった今、ドイツ第二帝国皇帝から再度の参戦要請があった。これに従わない場合は独土両国に重大な危機をもたらす、と。
各々方、最早一刻の猶予もありません。それに戦争はキリスト教徒が言うクリスマスには終わる筈です。
ならばこそ、同盟国側に立って開戦し、我が国の国際的な地位を高め、東洋の友人の様な立場に、列強の末席に連なる事が重要です」

その言葉に大勢大きく開戦へと傾いた。非戦を唱えるのは皮肉な事に実戦を経験した現実主義者の軍部だけ。
軍部は分かっていたのだ。今の段階ではオスマン・トルコ帝国軍はドイツ、ロシア、フランス、イギリスの正規軍には勝てない事を。
だが、やるしかない。スルタンが決断を下す。

「余の決定を伝える」

ここは専制国家。形式上の議会があるがそれもお飾り、宰相は先の宰相と異なりスルタンの腰巾着にして保身の権化。
身を挺してスルタンに諌言する事など無い。だからスルタンの言葉は絶対。

「ドイツ第二帝国を同盟国として、第2軍、第3軍を欧州半島に派兵する。戦争を終わらせる為の戦争に参加するのだ。そして勝利せよ」

ここにオスマン・トルコ帝国参戦が決定された。

『召集令状 アリー・セル・セルジューク中佐、第3軍第3師団第3連隊連隊長殿へ。
8月1日を持って、貴官の所属する第3軍全軍は対英対仏戦線に向けて転進する。貴官は第3師団を構成する第1から第4までの4個連隊中、第3と第4を指揮下に置く第3師団第2旅団旅団長に着任する事。
尚、階級は大佐として昇進させる』

342 :ルルブ:2013/03/05(火) 19:15:19
夫は、アリーは難しい表情で私にこれを見せた。
戦争だ。やっと日本帰って来たばかりなのに、また戦争だ。
それも英仏と。あの列強と戦う。生きて帰って来れるのだろうか?

「心配するな、生きて帰るさ」

夫は安心させるように言う。だが私は目聡く気が付いた。肌身外す事が無い愛刀を夫が抱えて部屋を出て行ったのを。
それが私の不安をあおった。かつての義父はあれを手放したが故に右手を失ったと私は思っている。そしてアリーはあの剣が手元にあったおかげで日露戦争を生きて帰れたのだとも。
そのアリーは息子らを集めた。チャイを全員に注ぐ。

「サラフ、お前何歳になった?」

父親の突然の言葉に一瞬だが戸惑う長男。次男と三男は好奇の目で見てくる。だが父親のいつにない強烈な眼光に威圧され何も言えなかった。

「もうすぐ13歳です」

この子は聡明だった。努力家でもある。必死に英語を勉強して現在は英語とトルコ語を喋れるバイリンガルだ。将来は有望だと親族一同が言う。
まあ英語の筆談はまだできないが。
更に学者になりたい、国際法や外交、政治学を学びたいと言っている。
それを支援してやりたい。今まで軍人家系だったセルジューク家も変わる時が来たのかも知れない。
そう思いつつもあの日、イスタンブール軍港で我が父アフメットから渡された先祖伝来の三日月刀を握りしめて長男に言う。

「渡したいモノがある、あとで父さんの部屋に・・・・」

「嫌です」

即答。これには自分が驚いた。
反抗期などまだまだ先だと信じていた長男が明確に反論した。いつもニコニコと笑っている長男が、だ。弟たちも驚いている。

「お父さんは僕にこれを渡すつもりでしょ?」

弟たちの前で指さした先には自分が渡そうとした三日月刀があった。
おろおろする三男のメフメトと何故偉大なる父に逆らうのかという批判がましい目で長男を見るスレイマン(愛称、スレイ)を尻目にサラフは発言する。

「お爺様はそれを渡して、その後の航海で右手を無くされました。
お父さんからお聞きした曾お爺様も、それをアフメットお爺様に渡されてから一か月後にクリミア戦争で戦死。
更に曾御婆様も売女として殺された。一方であの日露戦争の旅順でお父さんはその剣に助けられた。
襲ってきたコサック騎兵のサーベルを一撃で叩きおり、本来は絶対的に不利だった筈の体格差を補った。
いわばそれは守り刀です。だから僕は受け取りません。この戦争が終わって成人する時まで僕はそれを受け取らない。
お父さんは帰ってくる、それを僕に渡す事を帰る理由にする。だからそれは今は受け取らない。これが僕の我が儘です」

随分と・・・・・

「随分と大した我が儘だな」

苦笑いするアリー。いつの間にこの子はここまで成長したのだろう。それが嬉しくもあり、悲しくもある。

「僕はアリー・セル・セルジューク中佐殿の息子であり次期当主ですから」

剣を鞘に戻す。嘗て日露戦争の旅順でロシア人を切ったにもかかわらず、ダマスカス鋼製の無名の愛刀は今も尚その切れ味を失ってなかった。

「分かった、これはまだ当分父さんがあずかろう。父さんは・・・・この戦争に出兵する。帝国と陛下への忠誠を示し、同胞を守ると言う義務を果たす。
その間は叔母さんたち夫妻にセルジューク家の事を任せる。
お母さんの言う事と海軍の御祖父さんの助言を聞く事、勉学に励み自らを鍛える事を忘れずに生きる事、アラーのお許しにならない事を約束するな?」

「「「約束します!!!」」」

サラフ、スレイ、メフメトの三人の声が同調する。

「それでは父さんは2週間後に出発する、部屋にいるから何かあったら来なさい」

そう言って解散させた。一抹の安堵覚えながら。

(子は親が思う以上に育つのだな)

343 :ルルブ:2013/03/05(火) 19:16:24
「お兄さん、気を付けて」

「死なないで下さいね、兄さん」

「勝手に死んだら承知しませんよ、義兄殿」

「同感です」

「おじさん、お土産よろしく」

「僕、ドイツの機関車の模型が良いな」

「こら、お前たち!」

「アリー、体に気を付けてな」

「国家の為に死ねとは言わん。だが、セルジュークの名前を穢すな」

「生きて帰ってこい」

「死ぬなよ、我が友」

「また会おう」

「ラクを用意して待ってるぞ、戦友」

「少佐殿、このムスタファ・ケマル、従軍できないのが残念であります。あ、これ日本の友人のスギヤマさんから貰ったお守りです。
アラーの教義には反しますが・・・・・持って行けと押し付けられました。ご武運を!」

多くの親族、戦友、友人に見送られる。
そして最後は三人の息子だ。

「死なないで下さい」

「ちゃんと・・・・・帰ってきてね」

「僕、お父さんにまた会うんだからね、約束だよ!!」

三人を抱きしめる。そして出港の時間が来た。
総員乗船開始! 別れを惜しみながら部下たちが乗船する。
妻、ラーレ・セル・セルジュークが無言で頷く。無言で敬礼する。
そして、アリー・セル・セルジューク大佐は7000名の部下たちを引き連れて西部戦線と名付けられる戦場に赴いた。

1916年、仏独国境北部、西部戦線。

損害は甚大。
無謀な重機関銃陣地への突撃を命じたオスマン・トルコ軍第3軍司令部の命令に断固反対すると抗議したアリーは抗命罪で旅団長から補強部隊の第5連隊連隊長に降格。
階級こそ変わらなかったものの、事実上の左遷人事である。
ドイツ軍ら同盟国陣営は共同で北部における英仏防衛線の突破を目論み、強行突破作戦を展開した。
そして・・・・ドイツ軍だけで犠牲者10万名以上と言う凄惨たる有様を見せる。
かつて旅順攻防戦でアリー・セル・セルジュークが体験したように、重機関銃陣地への銃剣突撃など既に自殺以外の何物でもなかった。

「大佐殿」

かつて、旅順で軍曹として共に戦った男が声をかける。
自分の指揮下に居た3500名中1200名が死んだ。帝国本土からの補充兵はさらに若く、満足な訓練も受けてない。
しかも古からの精鋭と言われていたイェニチェリはこの事態に及んでもスルタンである陛下護衛を名目に本国から動かない。
彼らの先祖が参加したウィーン包囲戦の頃の勇猛さも有能さも誇りも何もかも捨てたのだ。

「なんだ?」

手紙を書いている。毎週本国に送っている。それが、それだけが自分の私用。後は全てどうやって部下を生き残らせるか、戦うかを考えている。
先の大攻勢に失敗したドイツ軍の一部が汚名返上の為に再攻勢を考えており、それをオスマン・トルコ帝国軍第3軍参謀長も賛成しているから性質が悪い。

「伝令が着ました。ドイツ軍からです」

「通せ」

その言葉と同時に一人のドイツの若者が入ってくる。
若いな。それにこの戦局なのに目が死んでない。まだ祖国を、恐らくドイツの将来を担うのは自分達であり必ずドイツを勝利に導くのだという信念がありありと伝わる。

「はいります!」

敬礼する上等兵。階級を見る限りどうやらこの大規模な人命の消耗戦での生き残り、叩き上げな様だ。頼もしい事だ。
もっともそれは悲しむべき事でもあろうのだろうが。

「伝令を持って参りました。こちらで最後になります」

そう言われて命令書を受け取る。
内容は簡潔であった。

『一週間前、敵軍に二個師団の増援部隊の到着を確認。未確認上ながら大日本帝国遣欧派遣軍であると考える。
敵は何らかの手段で攻勢に転ずる可能性あり、ドイツ第6軍並びトルコ第3軍はこれを迎え撃つべく迎撃の体制に入る事。
尚、同時に英仏軍30万名の移動も航空偵察にて確認せり。各部隊は現防衛線を死守するべし。ドイツ第二帝国西部戦線総司令部より』

344 :ルルブ:2013/03/05(火) 19:17:00
溜め息が出そうだ。新兵主体であり、しかも銃も連発式だった日本製品の38式歩兵銃では無く単発式の旧型小銃ばかりの指揮下の連隊。
実戦経験も無い素人集団。しかも先の攻勢の失敗で士気の低下も著しい。これで現地の防衛戦線を維持しろ、と?

(まあ無謀な突撃命令は中止された様だが・・・・司令部が・・・・現実をみろ、無茶を言うな・・・・もっともこの上等兵行っても仕方ないか。
ん? こちらで最後だと? どういう意味だ)

ふと思った疑問を、髭を綺麗に剃っている若者に尋ねた。

「もしかして君は我がトルコ軍とドイツ軍全軍に伝令に行ったのかね? この定期砲撃の中を?」

それに答える。片言ではあったが自分のドイツ語は通じたようだ。
副官の大尉が翻訳する。

「は、ドイツの為を思って歩兵の分際ではありましたが馬を駆り各地の司令部にそれぞれの命令書を配布してきました。
なに、祖国ドイツの為ならこの命など些細なモノです!! ドイツの為ならここで死んでも構いませんから。
それでは失礼・・・・・なんでしょう?」

怪訝な顔をするこのドイツ人の若い伝令兵に故郷の帝国本土から持ってきたアンカラ産のチャイを注いでやる。

「こんな事しか出来んが・・・・偽善と笑ってくれても構わん。これが精一杯の君の勇気に対する私の謝意だ。
我がオスマン・トルコ帝国のお茶、チャイだ。飲んでから行きたまえ」

一礼して数分間チャイを飲む。ついでに差し出されたクッキーも食べる。
そして敬礼する。

「では自分は司令部に戻ります。ご武運を、大佐殿」

ドン。砲撃音と着弾の衝撃がする塹壕第5連隊司令部。
その中でのひと時の交流。

「ああ、君もな・・・・上等兵。それとこれも持って行け。どこまで役に立つかは分からないが我が連隊からの正式な感謝状だ。
少しでも君のためになる事を祈っている。
キリスト教徒の君に言うのは嫌かもしれないが言わせてもらおう。神の加護があらんことを祈らせてもらう」

無言で敬礼する上等兵。

「そう言えばお互いに名乗っていなかったな、君の名前を何というのかな? 私はアリー。
アリー・セル・セルジューク大佐。オスマン・トルコ帝国軍西部戦線派遣軍第3軍第3師団第2旅団補強部隊第5連隊連隊長だ」

この時の人物を私は生涯忘れない。彼は若者らしい声で、絶望しかないこの地獄の中で答えた。
それはあの日から続いてきた若い頃の私だった。

「ドイツ軍所属第6軍第8師団第9連隊所属の第13小隊第2分隊副隊長のアドルフ・ヒトラー上等兵であります!
それではこれにて。ご武運を!!」

この後、この上等兵はアリー・セル・セルジュークらの推薦状を持って戦時任官で伍長に昇進する事になる。



3日後。大規模な砲撃が来た。徹底的な砲撃に加えて妙なものを顔に付けている英仏軍。それをドイツ軍は身を持って体験する。
奇妙な黄色の気体がドイツの塹壕に流れ込む。

「何だこの気体は?」

「黄色の空気?」

「う!!」

「おいどうし・・・・がは!!」

英仏連合軍、独軍に対してガス攻撃らしき攻撃を敢行。被害甚大。繰り返す被害甚大。生き残った通信兵が必死で通報する。
毒ガス戦闘の知識が無かった両陣営。
が、それ故にその損害は甚大。ドイツ第二帝国軍の防衛線は瓦解し、圧倒的な弾幕がオスマン・トルコ帝国軍にも降り注ぐ。
更に最悪な事に、敵は列車砲らしき大口径砲でこちらの陣地を問答無用で吹き飛ばしてきた。
鉄条網が吹き飛び、地雷が誘爆し、機関銃陣地が土砂で埋まる。塹壕内部にも両断の破片が飛び込み多くの兵士が死んで行く。
既に最前線を任されていた第2師団第2旅団は突破され壊滅、続けて英仏軍の側面支援を受けた大日本帝国軍の二個師団が、毒ガスと猛砲撃で半壊し、指揮系統等も寸断された自分達第3師団の第2旅団に襲い掛かる。壊乱する第1と第2両連隊。
戦力比は考えたくもない。しかも毒ガスの影響で部下の大半を後方に送ったばかりだ。健在な者は貧乏くじを引いたようだ。

345 :ルルブ:2013/03/05(火) 19:17:57
敵の突撃を日露戦争以来愛用しているドイツ製の双眼鏡を見ながら思う。

「皮肉だな、曹長」

傍らの曹長に話しかける。彼とはあの203高地以来の付き合いだ。いや、対日派遣団以来の付き合い。

「何がでありますか、大佐殿」

そう言いながらも旅順攻防戦以来、愛銃としてずっと扱ってきた38式歩兵銃に弾丸を装填する。初弾をスライドさせて安全装置を解除する。

「あの時も白兵戦だった。指揮官らしいことは出来なかった。
今回も指揮官らしいことは出来そうにない。3500名中3000名近くがガス攻撃らしきもので後方に後送している真っ最中だ。この猛砲撃の中を、な。
ああ、あれは例の飛行機という奴だな? 航空機による弾着観測も行っているのか。通りで命中精度が良い訳だ。
相変らず日本軍は数歩先を言っている。見なうべきだよ、我が国の下らん保守派は。帝国の再建の為にも。
そして思い出せ、曹長。あの203高地の様に絶対多数の敵を迎え撃つのだ。しかも君も私も日本製の銃を持って嘗ての戦友である日本軍相手に発砲する。
これが皮肉では無くて何が皮肉だ? 全く持って度し難い無能だな、私は」

そこまで言った時、外から突貫という声が聞こえる。この時ほどアリーは自分の語学力と聴力を恨んだ事は無かった。
彼の耳は確かに聞いた。聞き取った。

「全軍、突撃!!」

という日本語の命令を。
残っている重機関銃が1000名単位で敵兵を撃ち殺していくが、それでも止まらない。必死の防戦も、撤退許可の申請も全て無駄だった。

『現戦線を死守せよ。本隊撤退終了まで撤退は許さぬ』

その命令が届いた。諦め顔で着剣するアリー・セル・セルジューク。
遂に敵が鉄条網を突破、一気に塹壕内部になだれ込む。

「れ、連隊長、は、白兵戦が始まりました」

無言で頷く。震える副官に命令した。一番年下僅か14歳で来た幼年学校生の3名の従卒を引き連れて後方に向け伝令を行え、と。

「派遣軍総司令部に行ってこう伝えろ、我らオスマン・トルコ帝国軍第3軍第3師団第5連隊は帝国臣民として、帝国軍人としての義務を果たしました、と。
神は偉大なり。大尉、行け!!」

僅かな安堵と大きな後ろめたさを持ってその副官は3名を連れて行った。

「大佐も甘いですね」

チャイを飲み干すアリーと曹長。

「そうだな・・・・この砲撃と銃声だ。生きて後方の司令部に辿り着けると思うか?」

ぱらぱらと土が落ちる。
そしてアリーも水筒の水を口に含む。

「さあ、そこまでは・・・・大佐程の学がある訳ではありませんから」

神のみぞ知る、か。そう思った。

「ふ、私は曹長ほど胆力があるのではないがね」

銃声が近づいてくる。既に補充兵士らは新兵であり、500名程しかいない。
相手は恐らく3万名。いくらトーチカがあってもガスによる無差別攻撃を受けた上での重砲撃による突破戦術。もう守りきれない。

(ラーレ、子供らを頼んだぞ)

一瞬だけ、懐の写真を、白黒の家族と親族一同が写った写真を見る。
そして見た。日本人が、極東の友人が司令部内部に侵入してきたのを。

「指揮官殿と見受けする!! お覚悟!!」

日本兵が構える。発砲。
私も発砲した。そして曹長ら司令部守備隊や参謀らも拳銃で、小銃で撃ちあう。やがて距離は縮まり、白兵戦になった。
殴り殴られ、撃ち撃たれ、刺し刺され、そして血しぶきが、呻き声が、悲鳴が司令部内部に響き渡る。
一体どれくらい戦ったのだろうか。

(何人殴り殺しただろう。これが戦争か。かつてロシア軍相手に共に戦った自分は今度ドイツ軍と共に嘗ての戦友を殺している。
父を助けたあの日本人を・・・・ははは、なんとも狂っているな)

遂に愛用してきた38式小銃が折れ曲がった。銃を投げ捨てる。
向こうも弾切れなのか、銃を捨ててカタナと呼ばれる軍刀を引き抜いた。その少尉の階級を付けた日本人を先祖伝来の三日月刀で切り伏せる。
かつて203高地でロシア人相手に日本字を助けた時と全く同じ仕草だった。
更に死体となった少尉を盾にもう一人を串刺しにする。血しぶきが舞い、それが目を汚した。その次の瞬間、ゴトゴトと数発の鉄の塊が落ちる音がした。

「手榴弾!!」

曹長が叫んだのと同時だった。
私は何かに庇われたのかと思うと同時に壁に叩きつけられた。続けて脇腹に冷たく熱いモノが刺さる。

(・・・・私の・・・・父さんの・・・・剣・・・・ひ、ひにくだな・・・・先祖伝来の剣で友人に殺されるとは)

脇腹に突き刺さった先祖伝来の剣を見て、脇腹を抑えながら自分は塹壕内で意識を失った。

346 :ルルブ:2013/03/05(火) 19:19:07
何年たったのだろう。私は病院で目が覚めた。

(どこだ? ここは一体? 部下はどうなった? 何故俺はこんなところに居る?後方に送られたのか?)

8052、アリー・セル・セルジューク大佐。
そう英語と日本語で表記されていた。

(何だココは? 野戦病院にしては綺麗すぎる。しかも日本語と英語の表記? フランス語では無い? では一体ここはどこだ?)

頭が混乱する。最後に見た光景は自分が落とした三日月刀で日本人が私を刺した瞬間だった。
看護婦らしき人間が何人か話しかける。受け答えするとどうやら今は1917年らしい。ここはイギリスのポーツマス軍港の軍病院。
半年以上の昏睡状態から奇跡の生還を果たしたと医者は言う。

「セルジューク大佐、日本海軍の方が面会したいとの事です、お会いになりますか?」

元々捕虜なのだ。実際の拒否権など無い。それに日本海軍と言うのが気になる。
日本陸軍なら先の戦闘で殺しあったから分かるが日本海軍とはそんな関係も無い筈だが?

「分かりました、お会いします」

「では明後日の午後3時に参りますのでよろしくお願いします」

そういって看護婦は去った。
明後日。男が来た。それは見知った男。無言で敬礼する。

「アキヤマ!?」

それは秋山だった。

「アリー、貴様に伝える事がある。お前の指揮していた部隊だ」

話を聞こうとしていた事を先に言われた。思わず背を伸ばす。

「司令部要員は貴様を残して全員が死亡。貴様が生き残ったのは曹長の階級をつけた君の部下が咄嗟に君を庇ったからだ。
そして君の指揮下にあった連隊は最後まで戦い、我が軍の捕虜となり、そのままフランス政府が預かっている。そうだ、それと・・・・・戦争は終わった」

「!?」

絶句した自分に対して我が友は淡々と述べた。
ドイツ第二帝国とオスマン・トルコ帝国は敗戦し、ロシアでは共産革命が発生。皇帝ニコライ2世は処刑された、と。

「わしは大日本帝国遣欧艦隊の艦隊司令官の一人としてもうすぐ内地に帰国する。
年齢的にもう会う事も無いかと思ってな。だから無理を言ってお前に会いに来た。
だが、今のお前に戦勝国の人間であるわしと会い話すのは辛かろう。だからわしはこれで去る。詳しくはこの日記を読め」

そう言ってアリーの前から去る秋山少将。無我夢中で日記を読み始めるアリー。
そして知った。先祖伝来の仇であったロシア帝国は無くなった事。そして祖国も敗戦し恐らくは列強各国の草刈り場になるであろうことを。

ふと、思い出す。あの三日月刀はどうなったのか、そう思ってベッドから降り、倒れ、それでも地べたを這って自分の私物が置いてあると言われたロッカーの扉を開けた。
其処には綺麗に磨かれた先祖伝来の愛刀があった。アキヤマと英語で書かれた手紙と共に。

『貴様のものは出来る限り回収した。写真は燃えてしまったが、この剣だけは俺が責任を持って保管してある。
右の封筒にある携帯許可書は大日本帝国と大英帝国政府の正式なものだ。遠慮なく使え。また会おう。欧州の友よ』

                    • 知らずに涙がこぼれた。彼はまだ自分の事を友人と言ってくれている事に。
そして自分もまた彼らの事を友人と思える事を。

347 :ルルブ:2013/03/05(火) 19:21:04
1919年、手紙を出さずに帰国したアリー。突然の夫の生還、絶望視していた生還に驚く親族一同。
その上で、またしても親族一同の眼前でまたもやひっぱたたかれた。

「貴方は何度!! 一体何度!! 何度私を心配させて殺せば気がすむの!?」

妻ラーレの愛情の籠もった一撃は重かった。
そんな中、18歳になったサラフらと15歳のスレイ、8歳のメフメトを中心に酒を飲む。
そんな中酔ったスレイが言った。

「父さん、日本人があのロシア皇帝やロシア貴族の亡命を助けているって本当?」

それは日本の新聞社が大々的に報道した事実。オスマン・トルコ内部でも賛否両論を呼んでいた。
否、トルコに住む者人間全員が論議していた。裏切りか、それとも大戦略故の仕方ない行為か、或は日土友好には関係ないかどうか。

「ああ、事実だろう」

その言葉にスレイが急に酒を飲み干した。更に言葉を紡ぐ。

「なんでさ!!」

意味が分からない。これは日本人の国家戦略の筈だ。我々が、オスマン・トルコ政府や帝国、陛下が口を出す義理も義務も権利も無いだろうに。
自分の言葉をサラフが代弁する。そう言ったら物凄い剣幕でスレイが怒鳴った。

「兄さんは何を言っているの!? 僕が許せないのは同じ有色人種なのに、ロシアと戦った戦友の日本の裏切り行為だよ!!
日本は何でロシアの皇族なんか助けたんだ! そう言ってるんだよ!! ロシアの皇帝なんて死んで当然だ。
御祖父さんもひい御祖父さんもその御祖父さんもみんなロシア人に殺された。今回の戦争だってロシアがふっかけてきたんだ!!」

スレイの放つ言葉の濁流は止まらない。

「だが・・・・」

「兄さん、ロシアがトルコに何をしたのかを思い出して。あいつらは、ロシアの皇帝一家は死んで当然なんだ!
それを、それを助けるってなんだよ!! 日本人は日露戦争の恨みは無いのか!?
日露戦争でも何十万人も犠牲になったじゃないか!! その犠牲の上に漸く独立を勝ち取ったんでしょ?
それが・・・・・その日本人は有色人種の味方じゃないのか!! なんでイギリスの飼い犬になって父さんを殺そうとしたんだ!?
あいつ等は自分たちが助かれば、儲かれば良い卑怯者なんじゃないの!? 
今回も同胞を殺したロシア人を助けて自分達でだけ甘い蜜を手に入れようと・・・」

次の瞬間、初めて息子を殴っていた。
そして殺気をこめて言った。
誰もかれもが、親族一同が無言のままの草原で。

「二度と日本人を、父さんの友人たちを貶めるな。スレイ、例え息子と言えどもそれは許さん。分かったな?」

スレイは無言で杯を叩きつけるとそのままテントを出て馬を駆ってイスタンブール郊外から家に帰って行った。
後に残されたのは初めて息子を殴りつけた事を後悔しているアリー。それを慰めるように妻のラーレが手を握る。

「スレイは・・・・ずっとアリー、貴方の事を心配していたの。私たちに戦死広報が届いた日からずっと」

妻は語る。あの塹壕での白兵戦の後、帝国軍本隊は無事撤収した。しかし殿となった第5連隊は100名ほどを残して全滅か捕虜となった。
本国の軍務局はアリー・セル・セルジューク大佐を名誉の戦死扱いとし、英雄的行為であると称して准将に昇進。階級を上げた上で戦死広報を出した。
本隊8万とドイツをはじめとした同盟軍20万を守る為に35万の大軍を相手に一歩も引かずに戦った英雄として彼は、アリー・セル・セルジュークは扱われた。
だが、かつての母アイシェが父アフメットの生還を信じた様に次男のスレイは信じなかった。必ず父アリーは生きている。帰ってくると。
ずっとアラーに祈りをささげた。

「そうか・・・・あとで・・・・謝らなければならないな・・・・」

だがこの時、日本政府がロシアの皇族を助けた事に対して憤りを持っているトルコの民は決して少なくは無く、更に西部戦線でお互いに殺しあったと言う事はオスマン・トルコ帝国崩壊まで両国の国交の障害になり残る事となる。
これは夢幻会の予想とは裏腹の事態であり、日土友好と将来の国際関係にさざ波を投げかける事となった。

348 :ルルブ:2013/03/05(火) 19:22:09
そして、アリー・セル・セルジューク准将は戦争終結から数年、オスマン・トルコ帝国は完全に衰退。最早かの国の崩壊は時間の問題と思われた。
オスマン・トルコ帝国で唯一、日英仏露と戦い、ドイツと共闘し、遠洋航海も経験したアリーは各地の反乱や戦争に参加。
出来うる限りの大規模戦力差を作り、乃木将軍を参考にした大規模砲撃と航空機を使った索敵を重視し勝利を重ねた。
結果、彼が49歳の時、陸軍少将にして唯一の機械化部隊である第3師団師団長に抜擢。その後も戦勝を重ねる。
だが、局地戦の勝利が大戦略や国際政治上の劣勢挽回に直結する事は無く、オスマン・トルコ帝国は遂に運命の日を迎えた。

ムスタファ・ケマルを中心とした大国民議会は1924年、スルタンを退位させる。
そして各地で転戦していたオスマン・トルコ帝国軍を掌握、オスマン・トルコ帝国の歴史を終わらせた。
それを聞いた50歳過ぎのアリーは早馬をかけて、壮年期の体に鞭をうってケマルの招集に応じだ。
セルジューク家の愛刀を片手に。

「困ります、少将。そんな物騒なものを」

大統領府となったアンカラの離宮。そこに殺気だった歴戦の将軍が離宮に、臨時大統領府にアリーは到着した。
そして叫ぶ。自分より二回りは若い小僧どもを突き飛ばしながら。

「下がれ! あの中尉を、あの若造を呼べ!! あの中尉はどこにいる!?」

若造の中尉。誰の事だろうか? 
補佐官や警備兵らが困惑していると、大統領執務室からムスタファ・ケマル大統領が下りてきた。

「みんな下がって下さい。セルジューク少将、お久しぶりです。ムスタファ・ケマルです」

歩み寄り、穏やかに手を差し伸べるケマル。
が、アリーは握手しなかった。逆に無言で抜刀するアリー。

「聞きたい事がある。ケマル中尉。貴様・・・・・何故陛下を裏切った? 答えてもらおうか?」

くだらん答えならばその場で切り捨てる、その気迫が宮殿を覆う。
思わず大統領の護衛達が拳銃を引き抜き、アリーに狙いを定める。
だが当のケマルは静かだった。

「それが必要だったからです、少佐」

あの日々に、救国の理想に燃えた1900年代の関係に戻る二人。

「必要だと? 今、必要だと言ったな、中尉。
歴史と伝統と帝国の誇りを踏みにじってまでやる事が必要だった、そういうか?」

肯定するケマル。そこには大国民議会の代表では無く、トルコ共和国の大統領でもなく、かつて理想に燃えた青年士官のムスタファ・ケマル中尉が居た。

「明治日本、覚えていますか?」

「無論」

なら話は早い。切っ先を首筋につけられても動揺しない男を相手にアリー・セル・セルジューク話を続けるよう無言で催促する。

「明治維新はショーグンという彼らのスルタンを退位させ、更に各地のダイミョウという既得権を持つ総督らの自治権を剥奪し、イェニチェリに該当するブシを抑える事で成功しました。
その結果、多くの改革がなされあのロシア帝国を打ち破り、今次大戦では遠く欧州にまで大軍を派遣する事が出来るようになったのです。
私は先の大戦で実感しました。この国は、帝国は滅びるべきだ、と。その為には旧秩序は消滅しなければ、いいえ、させなければならない。かつての明治日本の様に」

次の瞬間、アリーは日本でアキヤマから習った柔道の技でケマルを地面に叩きつける。
そして地面に剣を突き刺す。慌てて動き出す護衛らをケマルは止めた。

349 :ルルブ:2013/03/05(火) 19:22:50
「全員動くな!! これはアリー・セル・セルジューク少佐とムスタファ・ケマル中尉の会話だ。誰も邪魔する事は許さん!」

その気迫に押されてか皆が黙る。

「一つ聞く、陛下を裏切った理由は分かった。帝国を滅ぼしてでも改革を進めるべきだと言う事だな?」

「正確には滅ぼさなければトルコと言う国それ自体が無くなると信じているからです。
今、自分たちトルコの民の手で膿を取り出さなければこの国は・・・・・滅びます。
それだけは間違いない。だから・・・・・私は帝国を滅ぼしました。そして・・・・・今私はトルコを残して死ぬわけにもいかない!!」

一瞬だが、その気迫に飲まれたアリー。歴戦と言う意味ではアリー・セル・セルジュークの方が遥かに上であるにも関わらず。

沈黙が続いた。
1分か? 10分か? それとも1時間か? 或いは永遠かもしれない。そんな長さを感じた二人。
そして、体重をずらし立ち上がり、剣を収める。

「・・・・・・中尉、貴様の言いたい事は分かった。理解は出来る」

だが。

アリーは続けた。

「だが、納得は出来ん。我がセルジューク家は代々オスマン・トルコ帝国に忠誠を捧げてきた。
それを今日明日に捨てる事は出来ん。
少なくとも私の代ではできんのだ。中尉、私は退役する。
貴様がどんな国を作るにせよ帝国を思い出す者、懐かしむ者は必ずいる。
祖奴ら全員を連れて私は退役してやる。だが! 私は貴様が私利私欲に従って陛下から奪った祖国を弄ぶようなら・・・・この三日月刀にかけて切り捨てる」

そう言ってアリーは去って行った。
追おうとした兵士や護衛を抑える。
ケマルは生き方を変えられない不器用で気高い嘗ての上官に敬礼しようとして、やめた。
もう彼は私の上官では無い。私が彼の上司なのだ、それを違えてはならない。そう思って。



次回

退役したアリー・セル・セルジューク。遂に大日本帝国が、夢幻会が躍進を始めた。
極東の友人は大恐慌をも利用し一気に列強筆頭に躍り出ようとしていた。
一方で、ドイツではナチスが躍進。政権をにないつつある、大英帝国は陰りを見せ、その傍らでは米ソ両大国が動く。
時代に祖国は揺れる。そして長男のサラフは親日反独を、次男スレイは親独反日を、三男は米国追従を叫びアリーは迷う。誰に我が愛刀を託すべきかを。

次回 第四章 揺れる世界秩序。日本の躍進と二度目の世界大戦、そして日米開戦前夜(老年期)

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最終更新:2013年03月06日 20:51