14. ham 2009/03/21(土) 17:18:06
作者  辺境人

<提督たちの憂鬱支援SS〜戦車開発よもやま話〜>

  昭和3年(1928年)。陸軍省の一室にて陸軍の夢幻会のメンバーが集まっていた。未来の話も行うために盗聴対策も念入りに行われているが、饅頭とお茶が置いてあるだけの研究会に近いものである。夢幻会の全ての会派が集まる会合ならともかく派閥ごとにいちいち料亭を使ったのでは経費も馬鹿にならないのでこうして独自に密談の場を用意するのが当然となっていた。

「いつまでも歩兵と砲兵が主力のままでは陸軍の近代化が遅れてしまう。陸軍国ほどとは言わんがやはり機甲師団を持たないわけにはいかないので現在における機甲戦力整備、具体的には戦車についての検討を今日のテーマとする」

  すでに何度も行われている研究会であるが、今回の議題はこれまた何度も行われている陸軍の近代化についての話し合いだった。とりあえずは陸軍派内である程度の方針をまとめておいて後日、夢幻会の会合において陸軍派の総意という形で意見を出す……つまり根回しである。

「八九式戦車の量産はやっぱり駄目か?」

「無理だって。あれは今の日本の技術力で目一杯背伸びして開発されたんだぞ?  クリスティー戦車の特許潰しが第一の目的だから一応制式化はされたけど、国産戦車開発の経験を積むためのテスト車両でしかない」

  今年制式化されたばかりの八九式戦車はクリスティー戦車の特許を潰すために開発されたのだがとにかく先に特許を取得するという時間的制約があったために装甲は普通の鉄板、主砲は海軍の3年式8cm高角砲と、ある意味よせ集めの極地ともいえる戦車であった。航空機用エンジンであるリバティーエンジンを搭載して時速55kmで疾駆し3年式40口径76.2mm高角砲を搭載した八九式戦車は昭和3年現在、間違いなく世界最強の戦車と言えたが現在の日本の技術力ではまだ不具合も多く単価も維持費も高すぎる代物であり、これの改良量産化は陸軍予算を圧迫し、しかも中途半端に強力なためにかえってきたるべき第二次世界大戦における主力戦車の開発を阻害するとの意見が強く、惜しまれつつも量産は見送られたのであった。

  なお、史実でクリスティーサスペンションと呼ばれたコイルバネを使用した全輪独立懸架装置はこの世界ではイチハラサスペンションとして特許が取得されている。史実ではトーションバーサスペンションの権威であった東北帝大の市原通敏教授を陸軍の夢幻会メンバーが招聘(ちなみに彼は史実では太平洋戦争中に事故死している)、開発されたためにそうなったのだが、列強の一員ではあるもののまだまだ後進国と見なされている日本の発明ということで列強はそれほどイチハラサスペンションに注目せず、トーションバーサスペンションを開発する方向に進んでいた。
15. ham 2009/03/21(土) 17:19:02
「将来の本命はやはりT34?]

「性能と生産性を考慮すると第二次世界大戦における最良の戦車だからね。クリスティー戦車を潰したからソ連が購入してBTなども含めて開発する恐れもないし。まぁ代わりにKVやJSシリーズが主力になる恐れもあるわけだが……」

「反共を掲げる日本の主力戦車が史実におけるソ連戦車か……タチの悪い冗談のような話だ」

「ならもっと悪夢のような話をしようか?  T34が日本戦車のスタンダードになれば今後の帝国のMBTは史実のソ連戦車の系列が主流になる可能性もあるぞ」

  一同は日の丸をつけたT55やT72の姿を脳裏に浮かべ……勇壮ではあるがまるで日本が赤化したような光景に何とも言えない表情を見せた。ここのメンバーに「オブイェークト!」と叫ぶT72教信者がいないのが不幸中の幸いである。

「とにかく史実通りに1939年に第二次世界大戦が勃発するならそれに備えて生産を考えると……最低でも九七式として制式化と同時に直ちに量産に入ってないと辛いだろうな」

「だが、それでは欧州に持ち込む分だけで本土にはほとんど残らないんじゃないか?  ソ連やアメリカみたいに数十万単位で生産できるほど日本には金が無い」

「待て待て、主力戦車の話はまだ10年は先の話だ。今はそれまでの戦車をどうするかを先に検討するべきだろう」

  そこで一同は頭を悩ませた。T34が本命である以上、繋ぎの戦車は最終的に脇役にしかならない。中途半端な性能しか持たない脇役に大量の予算を取られるのは普段から予算問題に苦しむ陸軍としても辛いのでできれば開発などしたくなかった。
  だが八九式戦車の量産が見送られた以上、T34ができるまで戦車兵がほとんどいないというのは明らかに問題であった。熟練の戦車兵やそれらを指揮する機甲戦術を理解した指揮官というのは一朝一夕で養成できるようなものではない以上、戦車兵の養成用としてある程度まとまった数の戦車が必要であるし整備兵や工員といった後方要員にも戦車を扱う経験を積ませることは将来を考えると必須と言えた。

「しかし大蔵省がなんと言うか……」

  渋い表情で大蔵省の辻正信の顔を全員が思い出す(何故か脳内イメージでは黒マントをまとって高笑いをしていた)。いつの世も金と情報を握ったものが強い。逆行者同士では手持ちの情報は大差ないので必然的に大蔵省の大物たる辻の発言力が強くなっていくのは当然の帰結でもあった。

「……こうなれば仕方ない。本命の中戦車の前に繋ぎとして安価な軽戦車を開発生産しよう」

「史実の九五式軽戦車の前倒しか?  それこそ史実の二の舞にならないか?  金が無いからと装甲を薄くして15万両の棺桶では兵が浮かばれんぞ」

「あくまで本命のT34の完成まで戦車兵を養成するための繋ぎだ。九五式軽戦車というよりは?号戦車のように自走砲などの母体としても使えるように設計段階から発展性に余裕を持たせておいて世界大戦が始まる頃には自走砲や突撃砲に改造してしまえば良い。ファミリー化が成功すれば量産効果で更に単価を落とせるしタイや中華民国などに売り込めば更に安くできるかもしれん」

「しかし、いくら練習用とは言っても実戦になればなし崩しに前線に投入されるのは目に見えてるぞ?」

「開戦前に自走砲や突撃砲に改良するスケジュールをあらかじめ立てておくが、間に合わないものに関しては仕方ない。下手に増加装甲など強化改造をしても気休めにしかならないんじゃ金の無駄だし、その金で中戦車を作った方が役に立つ」
16. ham 2009/03/21(土) 17:19:37
  あれこれ反論はあったものの、予算という敵を前にしては蟷螂の斧に等しい(自走砲の開発予算を浮かせられるかもしれないということで砲兵科が賛成に回ったのも大きかった)。夢幻会の会合に提出するための技術的、予算的な問題などがレポートとしてまとめられ、会合でいつものように大蔵省との丁々発止のやり取りの末に後に九二式軽戦車と呼ばれる戦車の開発はスタートしたのであった。

  開発においては徹底して生産性、整備性、そしてなによりも安価であることが至上命題とされた。

  車体は単純で生産性の高い箱型構造とし内部容積に余裕を持たせるために傾斜装甲は採用せず、初の電気溶接方式が大々的に取り入れられた。戦車整備の要とも言える転輪などの足回りやエンジンボックスなどは可能な限り取り外したり整備しやすいように比較的単純な構造ですでに土木重機や大型トラックなどにも採用されて実績のあるリーフ式サスペンションを採用、一部にはユニット方式も取り入れられた。エンジンは土木重機用のディーゼルエンジンをチューンした物を流用、搭載火砲も適当な砲が無いのでどうせいずれは換装する繋ぎの砲だからと英国が第一次世界大戦で作りすぎて在庫が余ってる2ポンド対空砲(あの悪名高いポムポム砲の前身である)を世界恐慌のドサクサで安く買い叩き無理矢理砲塔型にして搭載、輸出用としては他国は植民地警備が主任務となるので対戦車戦闘など起こらないということでブローニングM2重機関銃を搭載した派生型を同時開発したりといったプロ○ェクトXの如きエピソードを交えつつ紆余曲折の末に完成した戦車の性能は以下の通りである。


九二式軽戦車(初期型)
全長:5m  全幅:2.2m  全高:2.3m  重量:10t  乗員:4名
エンジン:水冷ディーゼルエンジン120馬力
最高速度:時速36km  航続距離:250km
装甲:前面20mm、側面10mm、背面10mm
武装:2ポンド(40mm)対空砲×1、7.92mmZB26軽機関銃×1


  M3スチュアート軽戦車あたりと比べると性能的には平凡と言える戦車であるが、M3よりも車高が低く、あえて傾斜装甲を採用せずに車体を単純な箱型にするなど徹底的に量産性を考慮しており、なによりも最初からファミリー化を念頭に置いて設計されたためにあえて無駄なスペースを取り発展性に余裕を持たせることで自走砲や対空戦車など様々な派生型のベースとなれる点が決め手となり、兵器としては紛れも無く成功作と言えた。

  評判の悪かった2ポンド対空砲も後にボフォース37mm砲や2ポンド砲などに換装され、強化改造など無駄な金は使わないとされていた当初の予定は輸出商品としてそれなりに有望とみなされたことであっさりと覆される。最終的には派生型や輸出用を合わせると同じファミリー化を前提に開発された九七式中戦車に次ぐ数が生産されることとなるのであった(現地改造や鹵獲された車両の改造型など派生型にいたっては後世の研究者すら把握しきれない程である)。

  その徹底して実用性が重視された無骨なデザインは日本的な機能美の欠片も感じられないむしろ醜い兵器だったかもしれない。だが戦場において兵士たちはこの九二式の眷属たちを頼りになる戦友として信頼し、九七式中戦車と共に数多の戦場を駆けることとなるのであった。

<完>

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最終更新:2012年01月03日 21:35