377 :名無し三流:2013/04/14(日) 11:25:51


「参ったな、これは」


 カナダの日本大使館で、男が独りごちていた。

 男の名は蜂須賀正氏。れっきとした日本の華族であり、また逆行者でもある。



     提督たちの憂鬱 支援SS ~華族も楽じゃない~



 蜂須賀正氏として逆行した男は、史実における蜂須賀正氏とは間逆の人間だった。
謹厳実直、そして些か女嫌いが過ぎた。かといって男色趣味があるわけでもない。つまり独身主義者だ。
そんな彼は冒険や探検といった類のものを敬遠し、史実において彼の挙げた生物地理学や鳥類学上の功績、
それらを同じ逆行者達に譲り渡してしまっていた。彼本人はその趣味人達に金銭的バックアップをするに留まり、
政治学や経済学、西洋史について修め史実より三年早い1940年に貴族院議員となった。
彼は生来の女嫌いから周囲の縁談を断り続け、そのうち「蜂須賀のには何を言っても無駄だ」という評判が高まって、
日本華族のどこからも縁談が来なくなってしまった。しかし彼はそんな状況にも満足していた。


 ゴシップ誌ですら突っ込みどころが見つけられない程の地味な男、正氏の転機は戦後に訪れる。


 彼は45年末、カナダ大使に任命される。年齢的にはやや若いといえるかもしれなかったが、
彼の普段の素行や西洋史についての見識を知る者は皆これに賛同していた。彼もあまり派手な立場になる事は好まなかったが、
かといって周囲の期待を裏切るような真似を平気でできるような男ではなかったため、これを受け入れた。


 問題はその後である。

378 :名無し三流:2013/04/14(日) 11:26:22



 彼がカナダ大使に着任するや否や、彼が42歳にして未だ独身であるという話を耳聡く聞きつけた現地の上流階級が、
こぞって、いや、怒涛の如く彼のもとへ縁談を持ち込んできたのだ。正氏は日本でそうしたようにしばらく冷たくあしらっていれば、
そのうち向こうも諦めて無視されるようになるだろうと考えたのだが、その期待はあえなく裏切られる。

 カナダの上流階級は日本のそれとは違い必死だった。その理由は、彼が『日本の華族であったから』という事に尽きる。
カナダは太平洋と大西洋の両方に面し、日本との関係を発展させていこうとしているまさにその真っ最中だ。
そこでカナダ人と日本の華族との間に婚姻関係を結ぶ事ができれば、これは決して無視することのできないパイプになる。

 それだけでなく彼は謹厳実直、博学なのだ。日本の華族で、しかも人間性に優れ、知識もある。
そんな人間が独身である事を放っておくなどという事は彼らには考えられなかった。


 どさくさ紛れにイギリス本国の上流階級からも縁談が殺到するようなありさまで、
果ては「正式な妻ではなく愛人でもいいから」などと言い寄ってくるような女性さえ現れる中、
彼はついに山と積みあがる縁談と姉蜂須賀年子の説得に根負けし、ある1人のイギリス人女性と結婚する。


 この世界の蜂須賀正氏は、史実の彼からすればほとんど無為と言ってもいい半生を送ってきた。
史実の彼が結んだウォルター・ロスチャイルド男爵との親交も、この世界の彼には無かった。


 しかし運命とは皮肉なものである。


 この世界での彼が選んだ伴侶は、なんとロスチャイルド家の遠戚だったのだから……


                 ~ fin ~

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最終更新:2013年04月16日 22:45