974 :954:2013/08/28(水) 16:39:16

~半島転移~

3.半島事情



「何と言われようと我が国は、大日本帝国などという存在を許容するつもりはありません!」

 室内の空気を掻き乱すヒステリックなまでの大声に、在韓米軍司令官のサマン大将は思わず眉をしかめた。
 同席している駐韓大使も憮然とした様子を隠す事無く、苦々しい口調で反論する。

「しかし大統領、ここは我々の世界ではありません。
 大日本帝国とて、我々の知るそれとは別物なのでは?」
「我が国の国民感情は、大日本帝国の存在を許さないと申し上げているのです!」

 耳に突き刺さる感じの刺々しい叫びに、大使の顔にげんなりとした色が浮かんだ。

 ――政治家が感情で物を言うな!

 胸中でそう罵倒しつつ、バトンを引き継いだサマン大将は、嫌々ながら尋ねる。

「……ならばどうすると言うのですか?」
「決まっています。軍事力によってアジアを、そして世界を脅かす日本を我が国が打ち倒すのです!」

 半ば予想通りの答えに、大使と大将は一瞬の目配せでアイコンタクトを取る。
 順番から、今度は大使の方が重い口を開いた。

「……正気ですか?」

 女大統領の細目が更に細くなる。
 こめかみに青筋を立てながら、泡でも吹きそうな勢いで捲し立てて来た。

「失敬な!
 日帝の圧政からアジアを解放し、そして未開なアジアを指導するのは、我が国の使命以外の何物でもありません!!」
「「………」」

 露骨過ぎる意図に、思わず漏れかけた溜息を互いに噛み殺した同志達は、チラリと視線を交わし合うと同時にダース単位で匙を投げた。
 対して最早語るに足らぬと見限られた側は、どこか自己陶酔気味な雰囲気を滲ませながら、やる気ゼロの聴衆の前で『演説』を続けていく。

「当然、アジア解放には同盟国たる米国の力もお借りするつもりです。
 共に手を取り合い、悪逆非道な軍国主義国家からアジアを、そして世界を救いましょう!」

 そう結びながら差し出された手。
 薔薇色の未来を妄想しているのか、やけに鼻息の荒い相手に、儀礼上の付き合いを強制されるのは外交官たる大使の役目だ。
 数瞬遅れて差し出された手に、大統領の両手が覆い被さる。

 興奮の余り汗ばんだ掌が、ひどく気持ち悪かった。

975 :954:2013/08/28(水) 16:41:22


「……閣下、いかがなされますか?」

 基地へと戻るリムジンの中、熱心にハンカチで手を拭っていた駐韓大使にサマン大将が、控え目な口調で声を掛けた。
 それを契機に手を拭うのを止めた大使は、ハンカチをポケットに戻そうとしたところで手を止め、そのままダストボックスへと行き先を変える。
 やや……いや、かなり荒っぽい様子で、ハンカチをゴミ箱に放り込む大使の姿を、礼儀正しく見なかった振りをする彼の鼓膜を、苛立たしげな大使の声が震わせた。

「未だこの世界の事は良く分かっておらん。
 すこしばかり情報を得ただけで戦争を起こすなど正気の沙汰ではない」

 腹立たし気な口調で吐き捨てる大使に、内心で深く同意しつつ首肯する。
 傍受した電波――ラジオやテレビのソレから得られた情報と、極秘にこの世界の半島政府と接触した結果得られた情報。
 継ぎ接ぎだらけのソレ等の検証すらまだ終わってはいないのだ。
 こんな不確かな状況下で、この世界における地域覇権国家と目される大日本帝国と戦端を開くなど無謀過ぎると彼のスタッフ達も判断している。
 今はまず情報を集め、この世界の情勢を把握する事が先決。
 何らかの行動に出るのは、その後というのが、真っ当な判断と言うものだ。

 だがこの国の政府ときたら、今が西暦1960年と聞いた途端、『アジアに圧政を敷く日帝への懲罰戦争』を声高に唱え出した。
 止める暇も無く国民への広報も行われ、今や韓国内は『日帝懲罰論』一色に染まり切っている。

『大方、半世紀近い技術格差があれば楽勝とでも思ったんだろう』

 内心で、そうボヤきつつ、彼等の浅慮に軽蔑の念を覚える。

 明らかに彼等の世界とは異なる歴史を辿っているこの世界。
 乏しい情報からも、この世界の日本帝国が核とその投射手段を保有している事も分かっている。
 そして大変不本意ながら、この世界の祖国が日本との戦争に敗れ、国家解体の憂き目に遭った事もだ。

 その一事をもって、日本への敵愾心を燃やす者も居ないではないが、明らかに彼等の知る日本とは異なる『未知の日本帝国』への畏怖と警戒心を掻きたてられた者の方が圧倒的に多いのが実状だ。
 その内の一人でもあるサマン大将は、胸中で静かに呟いた。

『連中が考えている程、簡単に勝てるとは思えんな』

 少なくとも軍人としてのサマン大将は、そう判断していた。
 そして短期決戦でケリが付けられないなら、この国に最終的な勝利は無い。
 そもそも長期戦を戦い抜ける様な体制ではないし、なにより物資の備蓄が乏し過ぎた。
 半島有事の際は、在日米軍と日本のバックアップを受ける事が前提の在韓米軍も、その辺りはさほど変わらない。
 だからこそ、現時点でこの世界の日本に喧嘩を売るのは、自殺行為に等しい行いと言えよう。

 ……とはいえだ。

「無論、米韓同盟がある以上、この国が外敵に攻撃されれば防衛する義務が我らにはあるが、こちらから攻め入るのに付き合う義理は無い」
「しかしそれで納得しますかな?」

 厭な事を思い出させてくれる相手に、胸中で舌打ちしつつ、問い返す。
 険の強くなった視線が返されるのを感じながら、相手の返答を待った。

「……幸い、戦時作戦統制権は未だにこちら側にある。
 暴発を防ぐ程度の事は出来るだろう。
 時間を稼ぎ、その間に日本と接触を持って事態の打開を図るべきだろうな」
「……それしかありませんか……」

 消極的な対応ではあるが、米韓同盟により手足を縛られた格好の彼らには、今はそうする以外に道が無い。
 とにかく状況を可能な限り把握し、そして自軍の利を最大限に確保して事を納める。
 在韓米軍将兵とその家族、そして保護している自国及び同盟国民の安全をその双肩に背負った男は、このクソッタレで困難極まりない状況の打開に全身全霊を注ぐ事を決意していた。

 ……だが、そんな彼の悲壮な決意も、数十分後には脆くも崩れ去る。

 彼等自身の預かり知らぬ所で、既に取り返しのつかない破滅への引き金は、引かれていたのだった。

976 :954:2013/08/28(水) 16:44:39
4.朝鮮無双?



「くたばれ倭奴が!」

 マスクの下で口角泡を吹きながら、興奮し切った叫びが迸る。
 それと同時に発射された一撃が、空中に赤い焔を華を咲かせた。

 北九州市上空で短くも熾烈かつ一方的な戦闘が繰り広げられる中、自分達の圧倒的な優勢を確信した韓国軍パイロット達の雄叫びが通信回線を満たす。

「遅い遅い!
 そんな時代遅れの機体で、このF-15Kに勝てるもんか」

 迎撃に上がってきた疾風改を、段違いの速度差で翻弄しながらロックオンしたパイロットは、舌なめずりしながらトリガーを押した。
 間髪入れず放たれた空対空ミサイルが、必死に逃げようとする疾風改を捕え、再び空中に焔の華を開かせる。

「思い知ったかチョッパリ共!」

 忌まわしき日帝を、圧倒的な力をもって粉砕し、踏み躙る。
 これ以上は無い程に、彼等の自尊心を満たす光景に、性的絶頂にも似た強烈な充足感を覚えながら、血走った眼で次の得物を探す。
 だが既に趨勢が決したのか、北九州市上空にあるのは友軍機のみだった。
 思わず不満の舌打ちを漏らすパイロットの眼に、地上を這いずる様に動く物が映る。
 民間の物と思しき乗用車が、彼等の基準からみればノロノロと形容したく成る程緩慢に障害物を避けながら路上を走っていくのが見えた。

 マスクの下の口の端が、嗜虐的な笑みを湛えて吊り上がっていった。

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最終更新:2013年09月03日 20:38