3 :954:2013/08/28(水) 19:35:03
それではいきます。
~半島転移~
5.蜉蝣の如く
「随分と好き放題やってくれたものですよ」
被害報告書を卓上に放り投げながら、これ以上は無い程、苦々しい口調で嶋田は吐き捨てた。
「こんな事になるなら九州方面の装備の更新を優先すべきだったな」
「……議会は大荒れ、マスコミは大騒ぎ……頭が痛いですよ」
険しい表情で唇を噛みながら中空を睨む東条に、憤りも露わな声で嶋田が応ずる。
外交交渉は愚か、宣戦布告すらすっ飛ばしての北九州市空襲。
不測の事態でありながら、日々の訓練の賜物か、素早く迎撃に上がった陸軍航空隊を襲ったのは、彼等の誇りたる疾風改より一世代以上は先に進んだ未確認機による苛烈な洗礼だった。
新型機さえ配備されていればと無念の涙を呑んで散っていたパイロット達の事を思い、腸の煮えたぎる様な思いを噛み殺す軍人達の鼓膜を、彼ら同様の苦みを帯びながら、それでも冷静さを保った声が震わせる。
「もはや『朝鮮島』の事を、隠蔽しておくのは不可能だな。
嶋田君には悪いが、緊急で記者会見を開いて貰うしかあるまい……そして……」
「連中への報復ですね」
途切れた語尾を繋いだ嶋田に向けて、近衛が重々しい仕草で頷いた。
「そうだ。宣戦布告も無しに、これだけの事をしてくれたんだ。
相応の報いをくれてやらねば、我が国の面子は丸潰れだからな」
無法な襲撃に対する怒り以上に、アジアの盟主としての立場から速やかな報復を主張する。
未だ世界は冷戦構造のまま、ここで僅かでも弱みを見せる様な事があれば、途端に枢軸国陣営も不穏な蠢動を始めるだろう。
迅速かつ徹底的な報復。
それこそが今の日本にとっての急務でもあった。
となれば、一応とはいえ、仮想敵国であるソ連に向けて北方偏重になっている戦力を南に移す必要がある。
特に移動に時間が掛かるであろう陸軍の展開に掛かる時間がカギだ。
そう脳内で結論を下した嶋田は、陸軍の責任者である東条へと水を向ける。
「東条さん、陸軍の準備にはどの位かかりますか?」
「本格的な侵攻を行うなら三カ月は欲しいところだな」
自国防衛なら、そこまでの時間は要らない。
だが近場とはいえ、渡洋侵攻を行うとなれば、相応の準備も必要となる。
そうやって手早く現状から引き出した予測を返した東条に対し、今度は別方向から声が上がった。
4 :954:2013/08/28(水) 19:36:23
「その必要はないでしょうね」
もたらされた被害に、流石に渋い顔をしながら、それでも常のふてぶてしさを失わぬ辻へと一同の視線が集中する。
それら全てを受け止めて、小揺るぎもしない男の声が、会合の行われている室内に浸透していく。
「史実世界の韓国なら、海外との繋がりを断たれれば、それだけで終わりですから」
男の出した謎解きに、一旦顔を見合わせた一同は、今度は納得したように頷いた。
そんな彼らを代表する様に、嶋田が口を開く。
「油も食料も大した備蓄は無かった筈だからな」
「人が生きてある限り、物資は常に消耗していきます。まして戦争とは巨大な消費です。
輸入が途絶えた今、瞬く内に国内の備蓄を食い潰してしまうでしょう」
自称先進国としては、信じられぬ程に貧弱な備蓄。
物によっては、年単位どころか月単位にすら届かぬ物も少なくない。
いざとなれば日本にたかれば良いとの安易な発想から成り立っていたソレらを思い出した一同の面に、暗い愉悦の笑みが浮かんだ。
皮肉気な笑みを浮かべた辻の声が冷たく響く。
「囲んで放置しておけば、さして時間も掛からずに自壊してくれる筈です。蜉蝣の様に儚くね」
わざわざ上陸戦などやって、無駄な血を流す必要は無い。
四方の海を封鎖してしまえば、それだけで簡単に干上がり自滅するだけの事。
そう主張する辻に対し、近衛が一つだけ問題を提起する。
「とはいえ、国内外に示しを付ける為にも、それだけでは拙いのではないかね?」
それもまた事実。
囲んでいれば必ず勝てるが、それまでに多少の時間が掛かる。
この場合、面子の問題もあるし、時間を掛けた結果、要らぬ色気を出した枢軸国側がちょっかいを掛けてくる可能性もあるだろう。
そうやって、早急に目に見える形での結果を政治が必要としている事を指摘する近衛に、今度は嶋田が自信ありげに答えた。
「いえ、向こうから出て来てくれる可能性があります。
それも都合良く海軍のみで相手の出来る場所です」
その一言で、勘の良い者達はピンと来た。
「ああ、あそこですね」
そして応じる辻の言葉に、遅れて他の者も気付く。
彼等にしてみれば、仮に取られたとしても喉に刺さった魚の骨程度の代物。
だが、彼等、朝鮮人にしてみれば、異常なまでの執着を抱く自尊心の源でもある地。
「はい、あそこなら舞鶴と佐世保から直ぐに艦隊を出せます」
そこを囮に使うと、自信満々に嶋田が告げると、悪戯っぽい笑みを浮かべた近衛が合いの手を入れる。
「来るかな?
ご自慢のキムチイーグルも、航続距離の関係からあそこまで行く事は出来まい」
戦闘機によるエアカバーは無い。
純粋な海上戦力のみで、劣勢を強いられる覚悟の上で来るのかと。
嶋田の顔に、不敵な笑みが浮かんだ。
「それでも来るでしょうね。間違いなく」
それは確信すら越えたモノ。
軍事的に見れば何の意味も無い僻地であり、飛び地であろうとも、絶対に乗って来るとの自信を込めて断言する嶋田に、一同も無言の同意を示す。
近衛の口元が、満足げに綻んだ。
「分かった。
この落とし前は海軍に一任しよう」
こうして日本帝国の戦略は決定され、彼の地にて九州の復仇戦を行うべく、彼らもまた動き出すのだった。
最終更新:2013年09月03日 20:41