642. yukikaze 2011/11/26(土) 22:02:28
以前、艦魂SSが流行っていたなぁということで、こういうのを。

支援SS  看取る存在

この日,ハワイの空から飛行機のエンジン音と砲音が途絶えた。
その理由が何であるかを老嬢は既に知っていたのだが、フレッチャー提督が
正午のラジオで「ハワイ司令部は日本軍に降伏しました」という正式な声明を出したときは、
やはりショックは大きかった。もっとも、彼女はそういったそぶりを見せることなく、
周囲でわんわん泣き叫ぶ少女達を、他の老嬢達とともに慰めていたのだが。
まだ幼い子供の背を優しくさすりながら、彼女はふとこれまでのことを思い返していた。

彼女が生まれたのは、大艦巨砲主義が絶対的真理として信奉され始めた時であった。
祖国は彼女を「国の盾」として期待をし、彼女もまたその期待を当然のものとして受け止めていた。
それは、大艦巨砲主義の影響により、彼女の後輩達が恐竜的な進化を遂げ、最前線から後方へと
下げられてもなお、その思いは揺らぐことはなかった。

そして時は過ぎ、彼女は第二の人生を歩まざるを得なくなった。
彼女自身はまだ第一線で戦えると考えていたが、祖国はそう判断しなかった。
一時は自暴自棄になってもいたが、姉達の説得もあり最終的には受け入れることにした。
もっとも、祖国の敗北という現実を直視する羽目になったことを考えれば、
姉達と命運をともにしていた方が幸せだったかとも思うが。

第二の人生もそれはそれで悪くはないものであった。
航空機から標的にされ、必死になって舞踏をしたときは、流石に屈辱
を感じたりもしたのだが、まだ若い士官や水兵達を鍛え上げるのはやりがい
のある仕事であると思った。
時には海兵隊を乗せて上陸演習なんてのも行ったりもしたが、
輸送船代わりに使われるのは性にはあっていなかったことを覚えている。
後輩達は、時には生意気なことを言うものもいたが、大多数の後輩は
彼女に対して敬意を払っていた。「貴女がいてくれるからこそ私たちは技量を
上げることができるのです」と。
この日常がずっと続くものだと思っていた時代だった。
643. yukikaze 2011/11/26(土) 22:05:02
だが、時代は彼女の夢をあざ笑うかのように悪化していった。
祖国はこの星の覇権を握るべく、積極的な行動をとるようになった。
かつて彼女も繰り出したカリブ海のみならず、極東にも進出し、
そしてそうした行動を成功させるために、海軍力の強化にも乗り出した。
新しい後輩達が真珠湾へと来るのと同時に、これまでの古なじみが、
ある者はフィリピンに派遣され、ある者は中国に第二の人生を歩むために
旅だったときは、流石に物悲しさを覚えていた。
長い者とは20年近くも一緒にいたのだから。

そして運命の1942年8月15日。
東郷の末裔達は、遂に祖国に対して剣を抜いた。
その報を知ったとき、誰もが沸き立つものを押さえられなかった。
彼女も後輩達も、あの極東のサムライ達と雌雄を決することこそが使命であるというのが常識だったからだ。
だが、そんな高揚感も、本土から発せられた断末魔の電文によって断ち切られた。
未曾有の規模の津波が祖国を襲い、祖国は一撃の下に崩壊したのだ。
誰もが茫然自失とした。これからどうなるのだ?  自分たちはどうすればいいのか?
不安にさいなまれる毎日であった。そしてそれは、時間がたつごとに明らかになる
祖国の現状を知ることでますます深くなっていった。
陸地に横たわっていた彼女のすぐ下の後輩の姿を見たときは、神を呪いたくなったものであった。

そんな彼女達の悲嘆をさらに増やしたのが、極東のサムライ達であった。
開戦初日に中華民国海軍を鎧袖一触で蹴散らすと、戦艦4隻そろえたアジア艦隊も
赤子の手をひねるがごとく叩きつぶしてしまった。
何より「航空機によって戦艦が沈む」という事実は、全員の顔色を蒼白にしてのけた。
「自分達は無敵の存在である」という自負が幻想でしかないと突きつけられたからだ。
更に憂色を深めることになったのが、サムライ達の潜水艦部隊であった。
彼女たちはそれこそ自分達よりも隠密行動がうまく、その攻撃手段も全く見えないという反則的な技量を持っていた。
輸送船の船魂達は「忍術」と呼んでいたが、まさしくそうとしかいえない程の技量であった。
あまりの被害に、輸送船達はハワイに来ることを嫌がり、後輩達が洋上に出るのを制限されるほどであった。
(無論、貴重な燃料を減らしたくないという要因もあったのだが)
644. yukikaze 2011/11/26(土) 22:11:30
そして年が明け、いよいよ戦火がハワイへと近づいていた。
祖国は、ハワイでの決戦による勝利を以て戦争を終わらせようと
考えたのだが、彼女達も全く同感であった。
陸軍の航空隊と合同であるというのだけが癪ではあったが、
それも祖国の現状を考えればどうでもよいことであった。
決戦前夜。真珠湾にいるすべての艦魂達が集まってパーティーを開いた。
司令長官としての責務からか、いつもは生真面目な態度を崩さなかった
サウスダコタの艦魂が、一番の酒豪であったレキシントンの艦魂と飲み比べをしたときは、
驚きと喝采に包まれたし、ビック5の面々が、コーラスを歌った時は皆がうっとりとした
表情で聞き惚れたものだった。
そして楽しい時は終わりをつげ、サウスダコタを先頭に、決死の表情で艦へと乗り込んでいった。
残った者たちは心の底から勝利を祈り続けた。

悲劇的な結末なんてものは彼女の好みではなかったが、現実はいやおうにも
彼女に悲劇的な結末を突きつけていた。
勇躍飛び立っていった陸軍の航空隊が、帰還時刻になっても全く帰ってこなかった
ことに不安を覚えていたが、何名かの士官が「全滅だと!!」「一方的にたたかれているようだ」
ということをひそひそ声で話しているのを聞くと、なお一層不安が募っていった。
楽な戦ではないことは理解していたが、自分の想像をはるかに上回るほどの苦闘を後輩たちは
行っているようだ。一隻でも多く帰ってきてほしい。切実に願った彼女であったが、
帰ってきたのはごくわずかであった。
大怪我を負ったエンタープライズの艦魂が、先輩や後輩達がなすすべもなく
サムライ達によって打ち取られ、断末魔の叫びをあげながら深き海へと沈んでいったこと
を泣きじゃくりながら説明するのを聞きながら、彼女は呪わずにはいられなかった。

「死ぬのは年の順だろ。何故自分ではなくあの娘達なのだ」と。

この日、真珠湾で泣き声がやむことはなかった。
645. yukikaze 2011/11/26(土) 22:15:29
そして終焉の日。

彼女と、同じくらい老齢の平行板型の老嬢数隻。
そして駆潜艇10隻は、第一種礼装を着込んで、仇敵である日本海軍の来援を迎えた。

「せめてグッドルーサーとして終わろう」

彼女の言葉に、残った者も頷いた。せめてもの意地であった。
外洋から真珠湾へと入港してきたのは、日本海軍の新鋭駆逐艦であるカゲロウ級。
そしてその後方からは、モガミ級が2隻と、「ビックセブン」の一角であるナガトが
威風堂々と進んできた。
おさげ髪で眼鏡をかけていたカゲロウ級の艦魂(アキヅキという名前らしい)が、
こちらの代表はだれかと尋ねたので、彼女がゆっくりと進み出、名を告げた。
アキヅキは一瞬怪訝そうな顔をしたが、彼女の礼装に将官の飾りがあったのを見て、
慌てて一礼すると、ナガトの方に向かった。
しばらくして、日本海軍の礼装に身を継んだナガトの艦魂と、甲冑に身を固めた
モガミ級2人の艦魂が現れた。

「アメリカ合衆国海軍退役中将。ユタであります」
「大日本帝国連合艦隊司令長官。ナガトであります」

互いに答礼をし終わった後、自分は正式に降伏を告げた。
ナガトはその言葉におごることはなく、周りの娘たちに
「決してアメリカの艦魂を辱めるような行動や言動はしないこと。
した場合は自分が切り捨てる」と命令を下した。
ツシマ海戦での大英雄である三笠がその命令を発して以来、日本海軍の艦魂にとっては、
何よりも守らねばならない誓約だという事だ。
ナガトは「何か不自由があれば出来うる限りのことはする」と約束をしてくれた。
立ち去ろうとするナガトに、彼女は無礼を承知で問いかけた。
「あの娘たちの戦いぶりはどうだったのか?」と。
ナガトは少しの間眼を閉じ、厳かに答えた。

「見事な敵だった。勇敢で満身創痍になりながらも一歩も引くことはなかった。
  できれば敵としてではなく友として会いたかった」

こうして会談は終わった。
合衆国海軍で最も長く生き延びた彼女は、合衆国海軍を看取った後、
解体されるまでの間同胞に対して祈り続け、そして静かに眠りについたという。

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最終更新:2012年01月01日 01:10