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投稿2_ひゅうがさま_中編版――「リバティベルが鳴る日には」 後
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975.
ひゅうが
2011/12/02(金) 01:49:45
>>968-974
の続き
――西暦1943年4月10日 大西洋上
結局、白衣の男たちは1人を除いて埠頭で「ノーチラス」を見送った。
最後まで無表情であったのが気味が悪かったが、科学者というのはそういうものだろうとエンライトは自分を納得させることにした。
「深度そのまま。間もなく第1変針点だ。周囲の警戒を怠るなよ。」
「はい艦長。」
「深さ21を維持せよ。艦長。少し休まれては?もう北米に上陸した独軍機の哨戒圏外に出るころです。」
「そうだな。そうさせてもらうよ。副長。」
「あとは私が引き継いで置きます。なに、艦長みたいな『扱いやすい』上官がいて助かります。」
「言ってくれるな。」
発令所が笑いに満ちた。
このナーワル級潜水艦2番艦「ノーチラス」は古い艦だ。
就役が1920年代中盤であり、第1次世界大戦時に戦利品となったUボートの技術を利用した機雷敷設用の「Vボート」と呼ばれる種類の大型潜水艦であるこの艦は、水上排水量2760トン、水中排水量は3900トンにも達する大型艦でもある。
発展型であるV4「アルゴノート」号が日本近海で戦没した今は、合衆国海軍が保有する最大の潜水艦となっていた。
副長であるライヒ少佐によると、対日戦争勃発に先立ちサンディエゴで改修を受けていたものの、そうこうしているうちにフィリピンやウェークが占領されてしまったうえに潜水艦の喪失が異常なレベルで続いていることから旧式艦である本艦は後方へ下げられ、ないよりマシというレベルで壊滅したノーフォーク軍港に大西洋艦隊残存艦と入れ違いに配備されたらしい。
時間だけはあったので細々と改装を受けていたところ、今回の計画に白羽の矢が立ったというわけだった。
確かに機雷敷設装置用の区画を転用し、40本にも達する大量の魚雷を搭載できるこの艦は物資輸送任務にはもってこいだ。
最大で2万カイリにも達する航続距離もまた適任といえる。
攻撃力については、外付けではあるが魚雷発射管が4本増強され6門に達しており申し分ない。
肝心の静粛性は、余った資材を手当たり次第に「徴用」し、徹底的な防音が施されていることからエンライトは非常に静かな印象を持った。
これなら、噂に聞くUボートや日本の幽霊潜水艦にも引けをとらないだろう。
「なら、そうさせてもらおうか。副長。権限を預ける(ユーハブコマンド)。」
「渡されました(アイハブコマンド、サー。キャプテン。)。飛行機の次は3日連続勤務です。お疲れでしょう。ゆっくり休んでください。」
「そんな年でもないよ。」
笑いながらエンライトは発令所を後にした。
長距離航海を念頭にしてはいるが、潜水艦であるだけあってこの艦は狭い。
前部の機雷格納庫を改装した倉庫に物資が積み込まれているため大幅に狭いわけではないが、後部魚雷発射管室を潰して設置された直径2メートルほどの円筒形のコンテナがある艦長室のあたりは、潜水艦乗りであるエンライトにも少し息苦しく感じた。
「ああ、艦長。いつもの分です。」
「ん?炊事長。これは?」
「え?三人分の食事ですが・・・艦長が命じたのでは?クレメント中佐とあのコップ女史で・・・」
「ちょ・・・ちょっと待て。「女史」と言ったか?」
「ええ。」
炊事室から出てきたティレンヌ炊事長は不思議そうにアルミ製のお盆二つを手に首を傾げた。
「マリー・コップ女史です。女性には見えないかもしれませんが、れっきとした女性で遺伝学者ですよ?なんだ、知らなかったんですか?私は以前雑誌で彼女のことを読んで――」
「炊事長。ちょっと艦長室まで来てくれ。」
エンライトは面喰うティレンヌ炊事長の太った体を艦長室に引っ張り込んだ。
「何なんです?艦長。」
「コップ女史・・・と言ったな?彼女について知っていることを話してくれないか?」
976.
ひゅうが
2011/12/02(金) 01:50:16
はぁ・・・とティレンヌ炊事長は目を白黒させながら艦長室の小さな机の向かい側に座った。
「アメリカ優生協会の研究者ですよ。遺伝学が専門で、戦前はドイツのカイザー・ウィルヘルム研究所にも招かれていたほどの天才です。大病を患った後は人前に出ませんでしたからあまり顔は知られていませんが、私の親類が・・・その、病気で、『そういうこと』に関して彼女の助けを借りたことがあったので知っているんです。
いや、あのニューヨークでよく生き残っていたものだと感心しました。」
「そのことを、誰かに言ったか?」
「いえ?こういってはなんですが――第2次大戦の勃発でナチに通謀しただのと陰口をたたかれていましたから、言わないで置きました。彼女の方も私を知っているかどうか・・・。」
エンライトは考え込んだ。
どういうことだ?
クレメント中佐はなぜ「彼」と言った?
それに、「彼女」に私を接触させないようにしようとした?
「クレメント中佐は、艦長に持っていく分の食事をいつもかわりに持っていってくれたのですが。三人で一緒に食べると言って。」
「ああ。確かに持ってきてくれた。そうか、そういうことか。なるほど、無口な人だったから分からなかったんだ。すまない。それで炊事長。」
エンライトはうそをついた。
「はい?」
「女史のことは、君の考えたとおりあまり人に知らせるものでもないだろう。これまで通り黙っておこう。中佐もあえて私に『彼』と言って気をつかっているくらいだ。」
「ああ、なるほど。そう、そうですね!」
フランス系の炊事長は何度も頷いた。
「了解しました。艦長。注意しておきますよ!」
「ああ。頼む。」
炊事長は駆け足で炊事室へ戻って行った。
エンライトは、後部のコンテナへと歩いていく。
確か、クレメント中佐は今の時間帯は散歩と称して仲のいい水雷長と話し込んでいるころだ。
ことによるとカードをしているかもしれない。
そして、それが終わると、コンテナの方へ歩いていっていた。何かを持って。
今思えば、それが炊事長に渡された食事だったのだろう。
出航以来、クレメント中佐の私室の隣にある白衣の――コップ女史の私室からは彼女がほとんど出てきたことはなかったように思う。
出てきたときは、コンテナを開けていたのだが。
おそらくそこに食事を・・・。
?
エンライトは周囲を見回した。
何か、視線を感じたような気がしたのだ。
コンテナの蓋の上部、ガラス製ののぞき穴から――
エンライトは、「立ち入り禁止」のロープを乗り越え、コンテナに近づいた。
コンコン・・・。
叩いてみる。
コンコン。
!
返事があった。
「その子に何をしている?」
カチャリ。
鈍い音が響いた。
聞きなれたけん銃の音だった。
エンライトは振り返った。
冷たい光を宿した瞳がぼさぼさのボブカットの前髪の間から覗いている。
よくよく見てみれば、女性であることは確かに見える。
マリー・コップ女史だった。
977.
ひゅうが
2011/12/02(金) 01:51:05
――同 ルイジアナ ドイツ進駐地域 某所
「ようこそ。ルメイ中将。」
「はじめまして、ですか?モレル博士。」
天幕の中では、二人の男が向かい合っていた。
ひとりは、シカゴでエンライトと話していたカーティス・ルメイ中将。
もうひとりは、ドイツ北米派遣軍衛生統括責任者という長ったらしい職についている男。
テオドール・モレル医学博士。
ロンメル将軍率いる北米派遣軍の中にあって、彼らは露骨に避けられていた。
シカゴが再び戦乱状態に突入したという報告があった直後に単身飛行機で乗り付けたルメイと、それを知っていたらしいモレルは親衛隊長官ヒムラーの特命だとしてこの天幕から人を遠ざけていた。
確かに命令書は正式な書式と紙だったし、サインも同様だった。
だが、問い合わせを禁ずという内容その他は真っ赤な偽物であるということは、ルメイとモレルしか知らない。
「カイザー・ヴィルヘルム協会の方はすでに。上の方はまだですが、優秀な者が協力者となっています。」
「その者の名は?」
モレルは、黄色い歯を出して笑った。
「フォン・フェアシュアー。オトマール・フォン・フェアシュアーです。弟子も『優秀』で、これからの研究発展に益するところ間違いないでしょう。」
「そしてあなたの復権も・・・だな?」
二人は笑いあった。
「予定通りなら、あと3日ほどでアイスランドへ。現地じたいがひっ迫しているから補給は手配できなかったが、まぁあの艦の航続距離にとっては問題ない。食糧も十分積んである。浮上したあたりで指令を変更する予定だ。」
「万事計画通り・・・。」
二人の密談は続く。
いんちき療法と断じられ北米へ左遷されたモレルと、何事かをたくらむルメイ。
その内容は歴史には記録されていない。
――同 大西洋上 USS「ノーチラス」
「この子の名は?」
「マリー・アックス。」
「『マリアの斧』?」
「なんだっていいと思うが?」
エンライトは、コンテナの『中』にいた。
一緒にいるのは、コップ女史。
コンテナの中はこじんまりとしたキャビンのようで、簡単なベッドがあった。
そんな中で無表情で「彼女」は、赤ん坊を抱いていた。
赤ん坊は、生後1年たっていないだろう。
白い髪と、赤みがかったブラウンの瞳。彼女の言葉で女児と分かる。
奇妙なことに、赤ん坊は鳴き声を上げない。
そんな赤ん坊――マリアに、コップ女史はミルクの入った哺乳瓶を与えていた。
「察するに・・・要人の子か?」
「・・・・そんなところだ。」
彼女は男口調を崩さなかった。
「1日に1度ミルクを与える。睡眠薬入りだから迷惑はかけない。」
「赤ん坊に睡眠薬か?」
暗に非難しても、返答はない。
「このことは秘密に。」
「それは了解した。協力もしよう。赤ん坊は――まぁ国の宝とも言うしな。」
無言で彼女は頷いた。
978.
ひゅうが
2011/12/02(金) 01:51:42
――西暦1943年4月8日 日本帝国 帝都東京
「間違い・・・ないのですか。」
「はい。」
そうですか・・・と、辻正信は執務室の椅子に腰を下ろした。
「我々の存在ゆえの弊害ですかね?電子顕微鏡に抗生物質。遺伝子構造概念の発表ときて、それに優生学という悪魔が加われば、このようなことが起きると。」
「あの細胞に独自に迫った手腕は驚愕に値します。
平成の我々でも研究途上の技術でしたから――あのマリー・コップ博士は、まさに天才というにふさわしいかと。」
「敵をおだてるな・・・と言いたいところだが、この場合そう言うしかないか。石井君。」
「はい。」
日本版CDC(疾病対策予防センター)を束ねる石井四郎は、極秘の報告を上げていた辻に向き直った。
「可能な限り早急に『確保』するように要請は出しておく。そうでなければ撃沈せよとも。
このタイミングで欧州にわが軍の艦隊がいるのも何かの運命なのか・・・。」
辻は、何かを言おうとして、やめた。
「歪み――か。時代の歪みと、我々という歪み、まさに人の作りだした悪夢・・・だな。」
彼は、手元の電話機から受話器を手にとると、交換手に「外務省へ」と告げた。
――西暦1943年4月10日 北海 ユトランド沖
ドイツ海軍の駆逐艦Z−12は、待機を命じられていた。
党の上からの命令だという男を乗せて。
まったく困ったものだと艦長は思い、乗り込んできた老人をにらみつけた。
カイザー・ウィルヘルム研究所の遺伝学者はどこ吹く風で灰色のユトランド沖の海面を見つめていた。
同時刻、英国 スカパフロー泊地を1隻の軽巡洋艦が出航していった。
軽巡「神通」。阿賀野型巡洋艦の後期型であり、中でも本艦は対潜能力を付与されている。
ひきつれているのは、海防艦2隻と護衛空母「福原丸」、そして駆逐艦「漣(さざなみ)」。
関係改善の意思を見せた英国を表敬訪問していた艦隊から分派されたこの小艦隊は、指揮官として五藤存知少将を戴き、本国からの特別命令を受けていた。
英国海軍はこの動きをいぶかったが、領海外まで航空機で追尾した以外の動きは見せなかった。
というよりも、北米に気を取られてそこまで手がまわらなかったのだ。
この動きを知ってか知らずか、英独停戦後再び大使を迎えていたベルリンの日本大使館と新総統官邸の間を慌ただしく人が行き来しはじめる。
同時に、国防軍総司令部にも日本大使館から駐在武官や私服ながらも目つきの鋭い男たちが出入りし始めた。
「何か」が起きていた――。
980.
ひゅうが
2011/12/02(金) 04:13:29
>>968-979
の続き
――西暦1943年4月13日 北大西洋 アイスランド沖
「命令変更?このままユトランド沖へ向かい、ドイツ駆逐艦と会同、積み荷を引き渡せ!?」
「英国ではなかったのか?」
『ノーチラス』の発令所がざわめきに満たされた。
通信文を再読したエンライトは、周囲からの戸惑いの視線を受け固まっていた。
補給前に最後の命令を受け取るべく浮上した「ノーチラス」に向け、ルメイから放たれた命令は目を疑うものだった。
「なぜナチに・・・スイスへ送るつもりなのか?」
「いや、それよりも積み荷の中身だ!中身は――」
「落ち着け!」
エンライトは一喝した。
「針路変更。ユトランド沖に向け変針するぞ。ともかく行ってみなければ分からん。」
「艦長・・・。はい。了解しました!」
エンライトは、ライヒ副長に後を託すと、艦長室――いや「彼女」の部屋へ向かった。
聞かなければならないことがあった。
「ああ。艦長か。」
「ドイツ艦に、荷物を引き渡せ、そう命令が下った。」
彼女の動きが、止まった。
数分が過ぎる。
「やはり、そうか。」
女史は、何か自嘲するように笑っていた。
「教えていただきたいものですな。」
「中佐。いつから?」
エンライトは、いつのまにか扉を開け立っていた頬に傷のある中佐――クレメントに驚いた。
「最初から、というべきでしょうかな?艦長。」
「君も、言うべきことがあるという顔だな。」
「ですな。艦長。」
船室の扉を閉め、鍵をかけた(どうやら合鍵を使って開けたらしかった。いつの間に・・・)クレメントは、不躾にベッドに腰かけた。
すでに椅子にエンライトと女史が座っているためだった。
「まず、私の方から言っておきましょう。クレメントというのは私の本名ではありません。」
クレメントは苦笑した。
コップ女史が目を見開いている。
「私の名は、オットー・スコルツェニー。いちおうドイツ第3帝国親衛隊の所属ということになっています。」
エンライトは目を見開いた。
「私は、ルイジアナに進駐した北米派遣軍に先立って現地に潜入していました。そこに、命令がきたのです。まぁ、ロンメル将軍に指揮権は預けられていますが、便利屋のようなものですからね。
カーティス・ルメイ将軍の命令に従えと。命令を伝えてきたのが総統にクビにされた侍医だったのは引っ掛かりましたが、まぁ面白そうでしたので。」
「本気か?」
「本気ですとも!僕は冒険がしたいんです。今やっていることは何ですか?冒険そのものでしょう?それに、あなたは私を問答無用で殺すことはしないだろうし、この女史の話を皆に知られるのは避けたいはずだ。」
ふてぶてしくクレメント・・・いやスコルツェニーは笑ってのけた。
癪に障るが、どこか憎めない、そんな男であることは変わっておらず、なぜかエンライトは安心していた。
「実のところ、僕もあのコンテナの中身は知りません。女史。説明をお願いできますか?
先ほどの反応を見る限り、あなたはドイツへ行くと予想をしていたが、本当にそうなるとは思っていなかったようだ。」
981.
ひゅうが
2011/12/02(金) 04:14:18
「その通りだ。」
マリー・コップ女史は何か、憑き物が落ちたように、頷いた。
「・・・そうだな。ここで話しておかずにいつ話すということだろう。
神の禁忌を冒したその首謀者にして生き残りとして・・・ね。」
「コップ女史。」
エンライトはなぜか先ほどまでとは正反対の感覚を抱いた。
この人に話させてはいけない。
「いや、言わせてくれ。艦長。あなたには頼みたいことがある。
クレメント――いやスコルツェニー。君も、少し露悪趣味なところはあるが人間としては信頼できる・・・と思うから。」
女史は、自分の体を手で抱きしめ、語り始めた。
4日後――1943年4月18日 北大西洋
「磁気探知機反応あり!」
「反応照合・・・間違いない。米国のナーワル級だ!『神通』!こちらカモメ3、目標発見!4E5海域地点42で停止中!」
艦上攻撃機を改造した対潜哨戒機のコクピットで機長は叫んだ。
「了解、カモメ3号機。」
「艦隊全艦、単縦陣と為せ。本艦と『漣』『小豆(しょうど)』は先行、目標へ接近する!」
「神通」艦内の戦闘情報室(CIC)で五藤存知少将は叫んだ。
護衛空母「福原丸」と海防艦「屋代」をこの場に残し、「神通」と駆逐艦「漣」、海防艦「小豆」は反応があった海域まで10キロほどを駆けるのだ。
護衛空母から常時5機が対潜哨戒機として周囲を索敵していたが、それらは2機を残し反応海域へ集結しつつある。
空中から海中の潜水艦が発する磁気を探知、そして攻撃を行えるという日本海軍が誇る秘密兵器は太平洋で発揮された通りの性能を大西洋でも発揮。
正確に米潜水艦を補足していた。
もちろんこれは、日本本土で行われた米軍の暗号解読の成果もある。
「さて・・・うまくいくか?」
――同 USS「ノーチラス」
「艦長!日本艦隊は増速、こちらへ転舵しました!」
「なぜだ!なぜ日本海軍は――」
「やはり、本当だったか・・・。」
「艦長?」
エンライトは、副長の目を見ながら言った。
「太平洋で潜水艦の損失が相次いでいることは知っているだろう?日本海軍は何らかの特殊な・・・赤外線か磁気かは分からないが探知手段を開発したという話が出たことがあった。」
「なんて反則だ・・・。それが事実なら・・・」
「艦長!こちらに向かってくる敵艦は『アガノ』クラス軽巡1、ほかに駆逐艦2です!」
「厄介な。アガノクラスは対潜能力を持っているという情報がある。それに駆逐艦か。後方の護衛空母は対潜哨戒機も飛ばしているだろうから――」
「艦長。」
「仕方がない。――副長。全艦全速!対艦戦闘用意!」
「了解しました!」
エンライトは奥歯を噛んだ。
さて、ここが正念場だぞ。ドイツ艦の前に日本艦隊に見つかるのは想定外だったが・・・いや、むしろ都合がいいのかもしれない。
うまく艦を沈められずに、「敗北できる」だろうか?
982.
ひゅうが
2011/12/02(金) 04:15:03
――同 軽巡「阿賀野」
「『ノーチラス』増速しました!的速5ノット!」
「了解。指向性音通用意!」
「指向性音響通信用意・・・完了!文面は何にされますか?」
「そうだな。『こちらはIJN「神通」。本艦に貴艦を攻撃する意図なし。浮上されたい。』」
「は!」
――同 USS「ノーチラス」
「日本艦より音響モールスです!ええ・・・『こちらはIJN「神通」。本艦に貴艦を攻撃する意図なし。浮上されたい。』です!」
「舐めた真似を・・・」
「距離は?」
「9000メートルです!」
「よし。魚雷発射用意。1番2番装填!」
「は。1番2番装填します!」
水雷長の号令が響き、魚雷発射管に2発の53センチ魚雷が装填される。
「外扉開け。」
「外扉開きます。」
「発射しますか?」
「いや、待て。」
――同 軽巡「神通」
「『ノーチラス』発射管開きました!」
聴音が報告した。
「発射はされたか!?」
「いえ。発射管外扉の開放のみです!」
「司令!?」
「カモメ1番機に下命。『ノーチラス』近傍に爆雷を投下せよ。ただし当てるな。圧力信管は限界に設定!」
「は!」
983.
ひゅうが
2011/12/02(金) 04:15:50
――同 USS「ノーチラス」
「艦長!距離30海面に突発音!・・・爆雷です!数2!」
「どこからだ!?敵艦までの距離はまだ8000メートル以上あるんだぞ!」
「転舵20!副長。航空機だ!上にはうようよいるに違いない。」
艦が傾き、大きく傾斜する。
しかし、予想されたような水中衝撃波はこない。
「爆発・・・しない?」
やがて、はるか下の海中から衝撃波が艦を打った。
「日本艦より再びモールス!『浮上されたい。当方に危害を加える意思なし。』」
「・・・どうされますか?」
「魚雷発射だ。水雷長!ただし――」
――同 軽巡「神通」
「『ノーチラス』より魚雷発射!射線2!雷速40ノット!」
「司令!」
「待て。聴音!40ノットと言ったか!?」
「はい!」
「射方向は本艦に向かっているか?!」
「は・・・・いえ!本艦前方100を通過するコースです!」
五藤は、息を吐いた。
「なるほど。な。艦は浮上しても誇りは捨てない・・・か。」
「司令。『ノーチラス』浮上をはじめました!」
「各艦に指令。礼をもってあたれ。」
「!・・・『ノーチラス』艦内で突発音!発泡音です!」
――同 USS「ノーチラス」
「女史・・・」
「逝ってしまわれた・・・ですか。」
銃声に反射的にエンライトは動いていた。
同時に、スコルツェニーことクレメント中佐も。
駆けつけた先では・・・手にけん銃を握り締めたマリー・コップ博士が倒れていた。
壁には、血とナニカが「華」になっていた。
脈は・・・ない。
やはり、やはりこうするつもりだったのだろうか。最初から。
「艦長。無線機を貸してもらえますかな?」
何かに耐えるようにスコルツェニーが言った。
984.
ひゅうが
2011/12/02(金) 04:16:56
――同 西暦1943年4月18日 メキシコ湾
客船「ゲルマニア」の甲板で、ルメイとモレルは談笑していた。
この客船は、北米方面軍の兵站を預かる1隻で、周囲をイタリア艦とドイツ艦が護衛していた。
「あと1日で、会合海域ですか。」
「そうだな。」
ルメイは笑っていた。
長かった。
あのロング政権下で進められていた「リバティ・ベル計画」にアメリカ第一運動を通じて参加し。
そして軍での出世と崇高なる使命を自分は得た。
あの汚らわしい黄色人種を絶滅できず、このアメリカが半壊してしまったのは誤算だったが、これからは新天地で明白なる天命(マニフェスト・ディスティニー)を遂行すればいい。北米大陸に再びアメリカを興す鍵はもう間違いなく第3帝国にわたるだろう。
「あれ」を使い復活した偉大なる存在たちがカギ十字とともに北米に再臨する頃には、アジアから黄色人種は一掃され、輝かしいアーリアと白人による世界が生まれていることだろう。
手始めは、ゲーリングだ。
我々のウィルスと、戦略爆撃の融合。これをもって劣等人種を「処理」し・・・
「失礼。カーティス・ルメイ閣下はあなたでよろしいですか?」
「うん?」
1等のプロムナードで、ルメイは不機嫌な表情になって振り返った。
不躾なやつだ。
今やあのアメリカ風邪の惨禍を逃れた唯一の「優生保護計画」参加者である自分は呼び捨てられていい存在でない。
神の偉大なる力を集中に――
「閣下。われらが総統からの命令です。『第3帝国に反逆者はいらぬ』と。『汚らわしい病原体をもって取り入る者を余は許さぬ』との仰せです。ああ、モレル医師。インチキ療法で総統を苦しめた挙句、こんなことを企て国家命令を偽造するなど――許しがたい暴挙ですな。」
「き・・・貴様!シュレンベルグ!総統に何を吹き込み――」
「待て。君は何か誤解してはいないか?私は――」
ルメイは、胸がやけるような感覚と同時に、自分に向けて弾丸が発射されたことを悟った。
眼帯の男、ワルター・シュレンベルグ少将は冷たい目でルメイを見ていた。
「日本大使館は全てお見通しでしたよ・・・総統は祖国に二重に恥をかかせようとした連中を許すほど甘くはありません。」
ルメイは叫ぼうとした。
違う!あの黄色人種どもの言うことを信じるな!
建国の父祖たちを再生し、総統に永遠の命を献上できる偉大な成果をもってきたのに、この仕打ちは何だ!
と。
そうか。あのジャップどもが総統をだましたのだな。
お得意の汚らしい企てで。
騙されるな!奴らこそが世界の敵だ!奴らこそこの世から抹殺すべき――
「片づけておけ。・・・まったく、日本軍とカナリス提督に、あのスコルツェ二ーの共同作業か。時代も変わったものだな。」
ルメイとモレルは、客船「ゲルマニア」からの転落死として「処理」された。
985.
ひゅうが
2011/12/02(金) 04:17:34
エピローグ
――現在 1962年4月 日比谷公園
「万能細胞・・・iPS細胞を作り出していたのにも驚いたが・・・まさかジョージ・ワシントンやベンジャミン・フランクリンら建国の父たちの遺した髪から細胞核を取り出して染色体を別の細胞に移植・・・それから万能細胞を作り、生殖細胞を作るとは、恐れ入ったな。
卵子と精子を同じ細胞から作って結果的にクローンになる胎児を作ったというわけか。」
「万能細胞自体はある酵素を3種類導入すれば自然と生まれますからね。
リセットというやつです。もともと、細胞の不死化の研究をしていた時に見つけられたらしいです。資料によれば。」
辻は、3杯目の紅茶をすすった。
「遺伝子の中に控訴を導入する際にウィルスを使う方法をとったのか、それとも酵素を直接注入したのか・・・博士が自殺した今は分かりません。」
「そしてそれが成功したのかも、か?」
「ええ。同じ遺伝子を持つ精子と卵子では、どうしても受精ができなかったそうです。受精しても母胎の中に戻したら死産ばかり。その中にあってほぼ唯一の成功例だったマリアは、女児だった。」
嶋田は寒気を感じていた。
自分たちは、抗生物質をもたらし、電子顕微鏡をもたらし、そして遺伝子の二重らせん構造の概念をこの世界に持ち込んだ。
それが、アメリカで隆盛を極めていた優生学と結びついた時、恐るべき化学反応が起こったのだった。
もともと、ナチスの人種観に賛同し、人種改良や障害者の断種をアメリカの科学者たちは支持していた。
実際のところ、カイザー・ウィルヘルム研究所の若き天才ヨゼフ・メンゲレのような存在とアメリカの研究者たちとの繋がりについては分かっていないことの方が多い。
が、マリー・コップ博士のような存在は数多くいたし、第2次世界大戦中にもそのやりとりが――ナチス上層部の把握していないところでさえ――進んでいたのは事実だった。
そして、アメリカでも根を張っていた白人第一主義と結びついた時・・・いや、想像するのはよそう。
あのアメリカ風邪が対日・対異人種用に用意されつつあった致死性の高い生物兵器で、遺伝的なクローンを生産する技術をもって「永遠の命」を手に入れた人々と復活した古の賢者や建国の父祖とともにアメリカという「新たなローマ」が世界を支配するなどと考えていたなんてことは――
情報部を総動員してヒトラー総統に「アメリカ風邪の病原体を手土産に亡命しようとしている病原体の製作者の一味がいる」と吹き込み、モレル医師の悪行を資料付きで提出させていなければ、カーティス・ルメイはあのメンゲレと仲良くこの技術を分け合っていたかもしれない。
資料は一部を残してエンライト艦長と潜入していたスコルツェニーに処分されてしまったが、それはそれでよかったのかもしれない。
「おしいことをした・・・と、私には思えないのですよ。ですが。」
「この技術は有益、か。確かに臓器移植を自分の細胞から作ったものでできるというのは、夢の医療だ。我々にはそれを可能にする力もある。」
嶋田は、ガーデンテラスごしにこちらに気づいた男女に会釈した。
ああ、そういえばあの青年たちはカリフォルニアに赴任する新しい大使夫妻になったのだった。
辻が養女を迎えたと聞いた時には耳を疑ったっけ。
白い髪にブラウンの瞳きれいな娘が今は美しい奥方に・・・
嶋田は思い切り目を見開いた。
辻を見る。
辻は頷いた。
「一人の人間が、何にもとらわれずに自由に生きる自由を得た。コップ女史はそれを欲したから自らとともにその計画と製法を絶ったのかもしれませんね。」
「かも、しれんな。」
嶋田はティーカップに口をつけた。
辻のことだから、打算も何もあるだろう。
あの夫妻がアメリカに行くのだって、辻の差し金かもしれない。
だが――
幼少の頃から足長おじさんとして「彼女」を支援し、ともに泣き、笑い、そして良人となりたいという人間が来た時にはとことん飲み明かし、結婚式では涙を見せた辻を、嶋田は知っていた。
「山本と一緒だが、今晩は飲みにいくか?」
嶋田は訊いた。
「ありがたい話ですが、アメリカ側と話すことがありますので。」
そうか。と嶋田は頷いた。
「親ばかだな。」
〜終〜
986.
ひゅうが
2011/12/02(金) 04:21:00
>>969-986
「リバティ・ベルが鳴る日には」
【あとがき】――というわけで「アメリカからきた幼女(乳児)」でした(爆)。
ネタですまそうと思っていたら話が長くなりすぎて・・・随分カットしましたが唐突感がある描写が多くなってしまいました。
このような妄想100%な駄文を読んでくださった皆様に感謝を申し上げます。
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「投稿2_ひゅうがさま_中編版――「リバティベルが鳴る日には」 後」をウィキ内検索
最終更新:2012年01月02日 06:53
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