31. New 2009/03/25(水) 22:18:59
技術的に甘美なる空想は、必ず実用化が求められる オッペンハイマー

大独逸帝国海軍の闘争  〜我々と軍人と時々総統〜

我々は技術者である。名などどうでもいい。我々は今ここに自分たちの闘争を記そう。
あれは1932年、独逸が忌々しいベルサイユ条約を破棄を目指してた時、我々は独逸海軍に排水量35000トン、速力30ノット、
330mm砲(ドイツでは口径をミリで表す)を8門搭載する戦艦の設計を依頼された。。
我々はベルサイユ条約による軍艦建造技術の遅れ、さらに日本企業による独逸資本の買収別名「黄色の侵略(Gelbe Aggression)」による経済混乱の中
我々は少ない予算をやりくりしながらもようやく1935年、設計を終えた。設計は前時代のバイエルン級を模したものであったがそれでも頑丈な装甲と
30ノットの速力があった。だが軍人たちと計画を煮詰めていくうちに最終的に381mm砲8門、40000トン以上の艦になってしまった。
底部幅44m、水面幅102m、水深11mのキール運河の制限をクリアするために徹底的な溶接など冶金技術の粋を凝らした。結果なんとか制限を乗り越え
ようやく安心した矢先、総統が、あのオーストリアの伍長がとんでもない事を命令してきた。曰く「日本海軍の長門型と渡り合えるように420mm砲を積め。」
我々と軍人は勿論慌てて抗議した。確かに日本海軍が強いのはWW1でわかってるがそれでも381mm砲搭載艦を早々に420mm砲搭載に変えられる
訳がない。しかし、その抗議もレーダー元帥の土下座によって立ち消えになってしまった。レーダー元帥はかなりやつれていた。
そりゃそうだ。ただでさえ海軍は予算が回されず、Z計画を立ち上げようとしてもそんな金は独逸にはないのだ。しかも空軍の国家元帥が少ない
資源と人材も毟り取っていくので今では海軍軍人を削減するという噂までたつほど困窮してるのだ。レーダー元帥の懇願で我々は420mm砲を
積むことにした。我々とて海軍がなくなったら路頭に迷うしかないのだ。それに陸軍や空軍だけ目立つのは我慢ならん。
戦艦の威容の前には戦車や航空機は塵みたいなものだとわからせてやりたいという海軍軍人たちも加わり我々は未知への挑戦に打って出た。
(余談だが国家元帥がこの頃日本から本を密かに買ってるらしい。なんでも話だとフシミンがどうだのとか・・・・・・・ま、いっか。)
我々が最初にやったのは420mm砲の生産だった。さいわい戦艦を作るとき16インチや18インチ等を試験的に作ってたので(これはミリではなくインチで)
あとは生産する設備を整えなければならなかった。海軍はそれこそ総統への懇願から晩飯のメニューの倹約まで徹底的に実施、
なんとか生産に漕ぎ着けた。問題は420mmをどう積むかに掛かっていた。
「てっとり早く連装3基にしよう。余り設計変更しないし。」技術者A
「通商破壊戦しかできんからいいよ。それでも排水量オーバーしそうなら水偵を下ろそう。」軍人A
そして420mm砲連装3基にし、航空設備を撤去する案でまとまりかけたがまた伍長殿が「砲力が足りない。連装4基にせよ。」と命令し、おしゃかにされた。
「どうするよ〜?装甲削るか?足も短くして搭載燃料削ればなんとか・・・。」技術者B
「しかし、削るのにも限度があるぞ。副砲も減らすしかないな。糞、通商破壊もできん。(涙)」軍人B
ということで垂直装甲が削られ、副砲も単装4基、ついでに高角砲も2基、20mm4連装も撤去した。しかし・・・・・・・。
32. New 2009/03/25(水) 22:19:47
「だ、だめだ!まだ足りない!もっと装甲減らせ!!」技術者C
「「これ以上は無理だ!!360mm砲でも防げなくなる!!」」技術者A&B
どうしても軽くできなかった。どうしても制限を突破できなかった。だから我々はその慈雨の如き言葉を忘れない。
「・・・・・・主砲、副砲の装甲を削りましょう。」軍人C
途端に部屋の中にいる全員が凍りついた。今まで乗員の為に言えなかった禁句を言われたのだ。
「馬鹿な!!それでは・・・・!!」技術者一同
「いいんですよ。あなたたちもわかってるんでしょ?独逸海軍が日の目を見ることはないことを・・・・。」軍人A
「・・・・・・・・・・・・。」技術者一同
「なら我々がすべきことはこの420mm砲戦艦で死に花を飾ることくらいしかありませんよ。」軍人B
「貴方達は本当によくやってくれた。少ない予算で、立ち遅れた技術で、そして総統の命令で、それなのにこれほどの艦を作ってくれた。
今度は我々が我慢する番だ。」軍人C
そして1940年9月戦艦ビスマルクは竣工した。
基準  42,300トン
全長 251.0m
全幅 36.0m
機関 ワーグナー式高圧重油専焼缶12基+ブラウン・ボベリー式ギヤード・タービン3基3軸推進
138,000hp(標準蒸気圧時出力)、150,170hp (高加圧時出力)
最大速力 28.1ノット(公試時)
兵装 42cm(47口径)連装砲4基、
15cm SK C/28(55口径)単装砲4基、
10.5cm SK C/33(65口径)連装高角砲6基、
37mm SK C/30(83口径)連装機関砲8基、
20mm C/38(65口径)単装機関砲16基
装甲 舷側装甲:310mm(水線面上部)、100mm(第一甲板舷側部)、130mm(水線面下部)
甲板装甲:110mm
主砲塔装甲325mm(前盾)、200mm(側盾)、240mm(後盾)、125mm(天蓋)
副砲塔装甲40mm(前盾)、30mm(側盾)、30mm(後盾)、30mm(天蓋)
航続距離19ktで7,200浬
見ての通り主砲は380mm砲でも防げるか怪しく、副砲は弾片防御程度にすぎない。
私はこの後軍艦を作るのをやめた。あのような物を作って上機嫌な伍長殿も嫌だがあのような物を作って2,000名以上の乗員
に感謝された自分がもっと嫌だった。彼らは事情を知っているはずなのに、「ありがとう」と言ってくれたのだ。
私はここに記す。我々、否独逸の無力さで彼らに満足な戦艦も作ってやれなかったことを。神よ、どうか彼らが無事でありますように。
〜1941年7月に逝去された某技術者の日記の一部〜

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最終更新:2012年11月24日 10:10