950 :ルルブ:2016/03/20(日) 14:14:35
軍靴の学校



第一話 『海の挽歌』



1944年1月上旬 テキサス共和国 首都 テキサス・シティ 海軍本部本部ビル


『ハッピーニューイヤー』

(ふ、ドイツ語で、か)

ここはアメリカ大陸の筈なのだが、と、男は控え室で思った。
控え室に書かれた横断幕で一番大きい新年を祝う言葉はドイツ語表示。
数名のドイツ武装親衛隊も闊歩する。

(変わったようだ・・・・なにもかも・・・・・そう、全て)

ハーケンクロイツを党の党旗に掲げているナチスの傀儡政権。
巨大な軍事力で周囲を、かつての同じ国民、同じ旗を仰いだ人々を支配する19世紀型の帝国主義国家。
ご丁寧に、宗主国への貢物付きの国家だ。

あの日、アメリカ合衆国崩壊と欧州枢軸の治安維持のための進駐(正確に言えば占領、植民地化だな)によって、俺の人生は二転三転してまたもや大きく変わった。
ここは最近、日本人への意地と英国人への嫌がらせ、そしてドイツ人への忠誠の為に拡張される事になった海軍、その本部が置かれた真新しいビル。
ナチ野郎の黒い制服を模倣した党親衛隊や極右軍人らが幅を利かせるアメリカ合衆国の後継者とは到底言えないし言う気も殊更ない国家の海軍。
その海軍参謀本部。

ドイツ語と英語表記で並列されている看板。

『大テキサス海軍 海軍本部 本部長 執務室』

と、書いてある。
呼ばれた少佐の階級を首にしている男はノックする。

「入れ」

室内に居るのはテキサス海軍海軍参謀本部長。
このカリブ海で有力な海軍を誇るテキサス共和国の人事権を握る男。
現、テキサス共和国大統領府の腰巾着にして、有力な欧州枢軸への海軍アドバイザー役を与えられた『事務方』のエキスパート。
旧合衆国海軍では一介の准将だったが、その人手不足と事務方の能力(当然ながら実戦経験は皆無だが)、それに何より思想チェックで優秀だった為に昇進した、との噂が絶えない有能な腹黒い男だ。

「・・・失礼します」

951 :ルルブ:2016/03/20(日) 14:15:11
敬礼する。
入室した。
部屋には俺と彼、それに秘書役の白人女性が一人・・・美人だ。
数ある腹黒いこう言った噂であるが、彼女はこの本部長の愛人になる事で家族と一緒に東部から逃げれた稀有な女性だという。
体を売っていると侮蔑するのは失礼を越して滑稽だ。
今の北米大陸で対価を払わずには何も手に入らない。
そして、対価を払っても横からか掻っ攫う者が多い。
もしくは奪われて泣きを見る。
全てなかったことにして。
知らぬ存ぜぬ、と。
太平洋の向こう側の中華という大地と同様。
ならば思う。

(おやおや、という事は目の前の事務方のデブはそれなりに仁義を通したのか?
仁義という意味では・・・・ならば見習うべきか?
例え不純異性交遊が理由でも、約束を守るのは立派なものだからな)

皮肉だ。
本当に皮肉だ。
両親と20の妹が混乱に見舞われるあのフロリダ半島で欧州枢軸と英国に保護された。
ハワイ沖海戦の直後、兵員と物資、それに疎開船団護衛の為、本土決戦を声高に言う西海岸からの避難民と共にパナマ運河からカリブ海配属へと決まった。
もちろん、日本海軍の攻撃を恐れて急増部隊によるピストン輸送。
あの大海戦から休暇など半日しかなかった。
それも書類整理で全て潰れた。
忌まわしい思い出も多々ある。

『ラスト・エクスプレス』

というハワイ諸島から西海岸への撤退作戦、その後の希望者による西海岸からパナマ運河より東の安全地帯への集団疎開。
そしてここで、テキサス共和国を宣言し独立したかつてのアメリカ合衆国テキサス州の海軍本部に俺はいる。
何の因果か。

(そうだ。
そうだったな。
人のことは言えないな。
俺も俺だ。
目の前の本部長と同じで、俺の人生を捧げたアメリカ合衆国海軍を裏切ったのだから)

表に出さず、ドイツ人の父と母を持つ海軍少佐は無表情に起立、敬礼する。
かけろと言う仕草に目礼し、ソファーに腰掛ける。
おそらくは旧合衆国の遺品の一つ。
今では手に入らない、最早存在しない国家がつい一年前までは確かに存在したのだと証明する、小さな証であり、恐らくは歴史的な遺物になるモノ。

「珈琲か紅茶かどちらがいいかね?」

ああ、そうだ。
目の前の男にきちんと対応しないと。
ここで首にされるのはゴメンだ。
それにしても・・・・うん?

「ミルクと砂糖、それにレモンもあるが?」

珈琲?
紅茶?
しかも砂糖にミルクもある、だと?

(一介の少佐に対しては実に遜った態度だな・・・・ああ、これはあれかな?
銃殺一歩手前だから最後の温情か?)

皮肉な笑みをなんとか押し殺す。
向こうは純粋な好意だ。
羨ましそうに見る女性秘書から察するに、これは例外的な対応なのだ。
目の前の同盟国ドイツの陶磁器、マイセンであろう珈琲カップには黒い液体が注がれ、湯気を立てている。

(きっと、あの日にあの士官学校を繰り上げ卒業させられた少尉候補生の言葉が離れないからだろう。
若しくは西海岸での最悪の別れか?)

まあ、組織にいる以上上司の好意を潰すのは得策ではない。
例えどんなに嫌っていても、それを表に出しては家族に迷惑がかかる。
俺の人生はもう俺だけのではない。

「ありがとうございます・・・・では閣下と同じ珈琲を・・・・ああ、最近海上勤務から離れて久しいのでブラックでお願いできますか?」

ウィットを含んだ冗談。
そして、それを女の方は理解した。

(現役の海軍少佐が砂糖漬けなど笑えんからな)

952 :ルルブ:2016/03/20(日) 14:17:35
生活必需品、いいや、一杯の水や食料で娘を売る親が当然のようにいるのがこの世界だ。
自分のような海軍少佐、しかも敗軍の将兵に過大だ。
そう思った。
尤も、相手の本部長はそうは思わなかったようだが。

「ほう、君も珈琲の味がわかるか。
そうだろう。
そうだろう。
うん、その通りだ。
珈琲にミルクや砂糖など邪道だ。
君はやはりできる男なのだな!」

うんうん頷く男にありがとうございます、光栄の極みです、と、追従する。
ここで下手な事を言うわけにはいかない。
何しろ目の前の男の期限を損なって海軍軍人でありながら小銃を持たされて東の防疫戦線に送られた同僚の何と多い事か。

(まあ、噂だが・・・・突然失踪した連中や党が勝手に連れて行った連中は多いからな)

ああ、碌でもないな。
だが、録でもなくても仕方ない。
俺にだって家族がいる。
身一つで東部から逃げてきた両親と妹が。
特に妹の方はまだ処女だ。
どうでもいい事で、食料の為に純潔を散らすのだけは見たくない。
畜生。

(いったいどうしてこうなった!!
あの大津波以来、全てがひっくり返った!!
なぜだ!! 神よ、俺たちが何をしたのだ!?)

呪詛は出さない。
おべっかは出す。
追従はする。
それがこの世界の弱者が生きる方法。

「南米や中米の植民地を愚かな東部地域のインテリどもの愚断や黄色い猿の跳梁で失った以上それらも最早簡単には手に入らない、ですか?」

「おお、君は話がわかるな!!
ああ、私も同感だよ。
そうだ、そのとおり。
それに加えて西部の黄色い猿どもに尻尾を振るインテリの残党や恥知らずの蛮行にも呆れてモノも言えない、だ!!」

それから数分間、見るに堪えないし、聞いても決して面白くない話を聞く。
まあ、珈琲はどうやら挽きたてであの美人さんが淹れてくれたのか美味かったのが救いだ。
白い米海軍の軍服と同じ軍服を着た海軍少佐は思う。
何を間違えたのか、と。
どこで祖国は過ったのか、と。
それとも、これが『明白な天命』という奴か?
西へ西へと進み、自重しなかった挙句に神話の時代から続く皇帝を戴く東洋の神秘の帝国の神の怒りを買った、その報いだというのか?

黙次録。
聖書級大崩壊。

あれがそうか。
ふと、少佐はあの日を思い出す。
1943年1月18日からの日々を。

953 :ルルブ:2016/03/20(日) 14:19:52
1943年1月 ハワイ沖

『敵機接近!!』

『取舵いっぱい!!』

弾雨の中、敵艦載機からの急降下爆撃が敢行される。
数発の爆弾が味方艦隊に直撃。
爆炎が去り、煙を上げる味方部隊。
何隻かは見るも無残な姿を海上に晒し出している。

「艦長!! 伏せてください!!」

俺は咄嗟に叫んで身を伏せた。
数機のジークが機銃掃射とロケット弾の攻撃を行った。
フライパス。
対空砲が明らかに当たった筈だ。
なのに、殆ど無傷のように、何も支障がないように飛んで去った。
これが極東の猿が作った紙と竹で出来た飛行機?
情報部の連中、碌でもない情報しか寄越さなかったのか!?
そう思う。
いや、違う。
きっと、翻訳か言語体系が違うのだ。
情報部の脳みそと現実世界の言語の、その常識とやらが。

「各部署!! 被害報告急げ!!」

とっさに俺はマイクを持って叫んだ。
ついでに心の中で罵倒してやる。
この事態をもたらした神に、上層部に、そしてジャップに。
いや、何もできない俺自身も。

『こちら機関室!! 本艦の航行に支障なし!!』

『水雷、魚雷発射管損傷なし!!』

『左舷高角砲に死傷者多数!!』

『こちら右舷対空砲観測班!!
敵機二機、戦隊旗艦に向かっています!!』

『第一砲塔です!! 艦橋!!
早く航路を戻してください!!
前方に漂流者の群れが!!
ま、巻き込みます!!』

なんとかしないと。
早く艦長を・・・・そして。

「操舵室!!
面舵だ!!
艦の経路をすぐに戻せ!!
救護班!!
艦長は!?」

血や肉が散らばる血塗られた湖で赤十字のマークを付けた軍医は無言で首を振った。
他にも多くの黒いマークを付けらた・・・・が、ある。

「砲術長・・・・・艦長以下艦上層部は先の銃撃によりほぼ戦死。
生き残っている最高階級は・・・・大尉、あなたです」

幸いな事に艦橋に数十発の弾丸が叩き込まれた以外は戦闘に影響はない。
報告はそうするべきだ。
畜生が。

「これより私が本艦の指揮を執る!!
ダメージコントロールを急げ!!
よし、戦隊に復帰する。
経路転舵、左舷20、敵艦載機を迎撃しつつ戦隊に復帰せよ!!」

そう言って俺のハワイ沖海戦は幕を開ける。
だが。

(これが日本海軍だと?
圧倒的じゃないか!!
味方の直掩戦闘機はどこにいるんだ!?)

なんとか生き残りの一人が状況を確認し俺に報告する。
外部から発光信号だ。
と、爆音がした。
艦底から振動も来た。
嫌な予感がする。

「戦隊旗艦より発光信号・・・・・!?」

「報告をはっきりしろ!! ケネディ少尉!!」

954 :ルルブ:2016/03/20(日) 14:22:01
案の定だ。
味方は・・・・負けている。
それも噂に聞いたアジア艦隊と同様に一方的に、だった。

「すみません!!
よ、読みます!!
本艦は喫水線に敵魚雷二発を受け、戦闘及び航行不能。機関停止、傾斜戻せず!!
現在総員退艦命令を発令。
指揮権を駆逐艦ベッド・フォードが第4戦隊を指揮せよ、以上です!!」

なんてこった!!
俺はただの大尉だ!!
しかも艦隊はおろかマトモに軍艦の指揮をした事だってないのに!!
だがそれでも戦場に敵機の跳梁は続く。
戦闘は続く。

『空母に敵機!!』

『エンタープライズ被弾!』

『ジュノー総攻撃を受けてます!!
ああ、ジュノーが!!』

『巡洋艦インディアナポリスに着弾!!
火災発生!!』

『艦橋!! 右舷に更に敵9機!!
ロケット弾攻撃だ!!』

くそ、迷っている暇はない!!

「これより第4戦隊は本艦ヘッド・フォードが指揮を執る!」

気休めでもいい。
嘘でもいい。
なんでもいい。
とにかく、鼓舞しないと。
まだ敵艦隊を視認さえしてないのだから。

『諸君。戦いはまだこれからだ!!』

敵機が完全に制空権を握ったハワイ沖。
戦場の女神の地位が戦艦から航空機に変わったこの大戦。
だが、彼の戦いはまだ始まったばかりだった。
そして、逃れる事は出来ないし、逃れる気はなかった。

彼は、アメリカ合衆国の海軍士官であるのだから。

955 :ルルブ:2016/03/20(日) 14:22:47
1944年1月上旬 テキサス共和国 首都 テキサス・シティ 海軍本部本部ビル


ああ、終わったか。
ようやく目の前の御仁の白人賛美歌が終わった。
どうしてこうして、こういう輩は党だの国家だの連邦だの軍だのと集団になると性懲りもなく過去の失敗を忘れられるのだろうか?

「というわけで、我が物顔で太平洋を支配する生意気な猿に鉄槌を下すべきなのだよ」

「なるほど・・・・その為には国防軍再建が急務、という事ですね?」

「うむ、その為に私は日夜働いている。
この貢献を祖国テキサスは認めてくれたのだ!!」

「ああ、確かに史上最年少の大将閣下ですから」

「ははは、事実だがそう言われると照れるよ」

「いえ、閣下はテキサスだけでなくカリブ海と大西洋の制海権を守る保安官です。
当然の階級であるかと」

「うむ、ありがとう」

俺を助けた黒人の水兵、あいつらはどうなっただろうか?
まあ、西海岸に置いてきて正解だった。
こんな奴等が、人種差別どころから奴隷制度を敷く国家に有能な黒人らを連れてきたら嫉妬心ややっかみでどうなったか。
きっと碌でもない、いいや、確実にとんでもない事態になっていた。
ふと窓の外を、西日を見る。
あの向こう側に居るであろう、かつての部下たちを思い出す。



『自分たちも艦長に付いて行きます!!』

そういった彼らを俺は一笑に付した。
少なくともそういう感情を見せれた筈だ。

「君らは連れていけない」

努めて冷静に。
極めて冷酷に。
そして、出来うる限り無感情で。
そして、出来うる限り無関心で。

『なぜですか!?』

『嫌です!! この艦隊から去りたくない!!』

『戦友だと言ってくれたじゃないですか!?』

『あの言葉は嘘ですか!?』

『どういう事です!? 裏切るのですか!!』

『俺たちはハワイ沖からずっと一緒だった!!』

『カリブ海や大西洋艦隊の連中より使えます!!』

『艦長、俺はジャップに膝を屈したくない!!』

『艦長!!』

『艦長!!』

『それとも・・・・』

『艦長!!』

『まさか・・・・あんた・・・・オジキに取り入る気か!?』

『そんな!!』

『え・・・・う、嘘でしょ!?』

『あの噂は・・・・本当か?』

『でも・・・・そんな・・・・馬鹿な!!』

『理由を・・・・理由を言ってください!!』

『そうだ』

『・・・・そうだ』

『『『『そうだ!!!』』』』

詰め寄る戦友に俺は言った。
理由、理由か。
ああ、そうだな。
本当の事を言えばこいつらはベテランで戦友で命を預けるに足る存在だ。
手放したくないし、選択権があるならずっと一緒に戦いたい。
だが。

俺は。
俺は。
俺は!!

956 :ルルブ:2016/03/20(日) 14:23:22
「君らは有色人種だ。
最早我々の合衆国は信頼してないし、信用もしてない」

正確には、アメリカ合衆国を構成していた南部諸州の、という言葉が必要だったが。
言うまい。
最早、何を言っても言い訳だ。
理解されても困るし、理解されて欲しいが、理解されたくないのだ。
なんとままならない人生だ。

「以上だ、それではな・・・・ここでせいぜい足掻いて生き残れ」

以上だ。
俺は桟橋を登る。
顔ぶれがかわったものもいれば、ハワイ沖からずっとのものもいる。
半々くらい。
だが、ここに有色人種や貧困層はいない。
誰ひとり、例外なく、追い出した。

(俺自身で)

そう言って俺の駆逐艦は、30隻近い疎開船団をたった4隻の海防艦と旧式駆逐艦1隻の護衛で日本海軍機動艦隊の空襲を怯えながらサンディエゴを出た。
1943年の2月だった。

(・・・・まあ、あいつらは専門職だ。
海軍が無くなるとは思えない・・・・・俺を恨めばそれだけ生きる糧になるだろう。
          • それにしても堪えた・・・・あの目は、あの表情は堪えた・・・・なんで俺ばっかり・・・・ああ、クソッタレ!!)

独善でも偽善でも偽悪でも何でも良かった。
或いは後ろめたいのかもしれない。

『西海岸で戦死せよ。
それがガーナー大統領の命令で、君らは海軍の一将兵としてその命令に従う義務がある、いいな?』

そう言って俺は唖然とする彼らをサンディエゴに置いていったのはなんだったのだろうか。
本当は連れて行きたい。
このまま戦えば、遠からず再度の侵攻を行うであろう圧倒的な日本軍相手に無常で無情な、そして無謀な艦隊特攻でもやらされかねないのに、だ。
自分はパナマ運河を超えてカリブ海防衛に回される。
なんという皮肉にして幸福。
笑いたくなる。
あの地獄を生き残った最初の一報が、絶望視していた東部にいた家族の生存と、三人がテキサス・シティでのテキサス州軍による保護観察下にある旨だとは。

(親父とお袋、それにソニアが生きていた・・・・だからだろうな)

そう、あの少尉候補生が言ったとおりだ。
それにだ、分かってはいても、やはり俺は。

(自分だけ逃げるのか、そう言っていたな。
誰かは・・・・いいや、きっとみんなそう訴えていた。
そのとおりだろう。
俺は・・・・胸糞悪いが自分でもホッとしている)

彼は知らない。
アメリカの運命を。
海軍上層部が何を考えているのか、を。
だが想像はできる。
この最悪の戦況を何とかする為に海軍上層部や陸軍の一部が自爆攻撃を行う可能性はある。
それも組織の作戦行動として。
そして最初の生贄に選ばれるのは『志願者という名前の社会的な弱者』、つまり、俺たち敗残兵や有色人種だ。

だから、あの視線は堪えた。

『裏切り者め!!』

『卑怯者!!』

出航する艦橋で確かに聞こえるあいつらの呪詛。

「しばらく誰も入るな。
敵襲以外は誰も来るな」

15歳になったばかりの学徒動員の従卒に命令して俺は艦長室に入る。
艦長室で思いっきり飲んで荒れたくらいに、だ。
なんといっても木製の机を少し陥没させたくらい。
尤も、両手は完全に血だらけだったが。

『どいつここいつも死んじまえ!!』

俺の罵り声を知る人間はいない。

何本目になるか分からない安酒をラッパ飲みした。

そして記憶が途切れた。

957 :ルルブ:2016/03/20(日) 14:23:58
1943年1月20日 未明 ハワイ沖


パイ提督の作戦は失敗した。
ミッドウェーからの陸上機の空襲は敵の新兵器で切り札に大打撃を受ける。
戦艦部隊は大損害を受けた。
最早撤退するしかない。
が、艦隊速度は日本海軍の方が早い。
損傷艦が、負傷兵がいる以上当然太平洋艦隊は逃げられない。
そして、だ。
ならば、だ。

全軍に放送が入る。
太平洋艦隊総旗艦の司令官室から。

『これより日本艦隊に対して艦隊戦を仕掛ける!
全艦隊に告ぐ、これはアメリカ合衆国海軍太平洋艦隊最後の作戦になるであろう。
そして、我々の任務は勝利する事ではない。
次世代の戦力を、負傷した友軍を一人でも多くハワイへと、本土へと撤退させる為の時間を稼ぐ事にある。
艦隊各員に告ぐ、私は諸君らに命令する・・・・いや、同じアメリカ海軍太平洋艦隊の戦友として願う。
一刻でも長く、一隻でも多くの日本海軍を足止めしてくれ・・・・以上だ』

誰も何も言わない。
俺の指揮する部隊も、俺の駆逐艦の誰ひとり何も言わない。
そして通信は切れた。

戦闘は一気に佳境へと突入する。
戦艦を損傷していた本隊、兵器と兵員双方の質でも数でも劣る我々。
それでも勇戦した。
果敢に戦った。
一瞬で敵の水雷攻撃で艦隊ごと同僚ら、戦友らが1000名以上が艦と運命を共にする姿を見た。
旗艦が傾斜しつつもまだまだ戦える、勝負はこれからだと言わんばかりに、数十年間互いに腕を競った『宿敵』へと発砲する光景が焼き付いている。

それは美しくも、哀しい、挽歌だった。

そして。

『旗艦より命令・・・・全軍、撤退せよ・・・・以上です』

ケネディ少尉候補生の悔しさをにじませた震えた報告。
既に戦隊は左舷に魚雷を残すのみ。
第4戦隊の僚艦で残ったのは三隻だけ。
残りは寄せ集め。それでも駆逐艦だけでも10隻前後は集まった。
殿にはもってこいだ。
司令官として、最初の、自分がした、自分が最高司令官としての決断。
1000名近い将兵への人生と運命を決めた瞬間。

「諸君、戦友は見捨てない、以上だ」

俺の決断に異議は、疑義は出なかった。
指揮系統の違う各艦からも従う旨の返信が即座にあった。
艦橋も逆に高揚したのを覚えている。


(・・・・ああ、あの瞬間、あの海戦。
その時に死ねたら幸福だったのだろう。
こんな胸糞の悪い思いをしなくて済んだ)

何度も思った。
ハワイで。
西海岸で。
パナマで。
そして、カリブ海で。

958 :ルルブ:2016/03/20(日) 14:30:56
敵戦艦への追撃を鈍らせる為にこの戦争で数少ない水雷戦隊による砲雷撃同時戦闘を仕掛けた。
敵艦隊が混乱する。
作戦目的は空母部隊の離脱。
その為の捨て駒。
だが、そんな事は今この瞬間には頭にない。
そんな胸糞悪い事実は関係なかった。
あるのは何かしらの高揚感のみ。

「攻撃続行!!
どっちを向いても敵ばかりだ!!
安心しろ、諸君!!
まともに照準をつけなくても外れる空間さえないぞ!!」

敵の大艦隊に突撃する。
まったく。

(嬉しくて涙が出そうだよ!!)

一気呵成に、追撃のために太平洋艦隊本隊残存舞台へと突撃していた『ナガト』へと一心不乱に突入する。
敵の護衛、副砲、とにかく一撃でも喰らえば沈むような攻撃が雨あられとくる。
水柱が其処ら中に立ち上がる。
カラーがある。
閃光弾を落とす敵機もいる。

「航海長!! 生き残りは!?」

「不明ですが・・・・5隻は居るはずです!!」

よーし、十分だ!
戦艦を食うには十分な数だ!!

「了解した!!
当てずっぽうで構わん!!
全弾を敵艦に撃ち続けろ!!
主砲、副砲、高角砲、それに機銃だ!!
何でもかまわん!!
とにかくありったけの砲弾を敵戦艦に叩き込めぇ!!」

俺は続けた。
マイクを取って聞こえているのか聞こえていないのかはこの際考えてなかっただろう。

「撃てば当たる!!
相手は戦艦ナガト級だ!!
攻撃の手を緩めるな!!
ジャップの戦艦を俺たちの庭先で盛大に沈めてやれ!!」

おおぉおぉ!!
獣の叫び。
海の漢の蛮声。
だが、それがいい。

「艦長!」

「司令官!!」

「行けます!!」

頷いた。
さてと、アメリカのアドミラル・トーゴーとでも洒落込むか。

「太平洋艦隊司令部に打電、敵旗艦ナガト発見の報告に際し、第4戦隊は全艦突撃。
我、これより日本海軍へと突入、これを補足撃滅せんとす。
本日漆黒なれど、波穏やかなり、、以上!」

さあ諸君、戦いはまだ終わってないぞ!!

959 :ルルブ:2016/03/20(日) 14:34:06
奮戦を続ける旗下の部隊。
が、運命の別れ目。
その時はくる。
嫌でも。
望んでも。

「!!」

偽装雷撃で攪乱攻撃をしよう、そう思ったとき、コロラドから命令が来る。
恐らく、誰も読めなかっただろう。
次の瞬間、コロラドは大爆発を起こしたのだから。

「こ、コロラドが・・・・」

「コロラド被弾!!」

「さらに敵弾!!」

「敵駆逐艦部隊、コロラド周辺に展開中!!」

そして、俺は即座に言った。
恐らくは反射的に。
コロラドが助からないのは分かった。
理解した。
納得は・・・・した。
そして、それは他の艦橋の者の大多数も理解して納得できた。
だが、数名は唖然としていた。

「第4戦隊全艦隊に通達!!
進路反転、最大船速で戦場を離脱、ハワイに帰還する!!」

故にこの命令に一人の少尉候補生が異議を唱えた。

「な!?」

彼は信じられなかった。
さっきまであれだけ優勢で理想の合衆国海軍軍人だった男。
それがいきなり臆病風に吹かれたという事実に。
少なくとも、ケネディ少尉候補生にはそうとしか写らなかった。
彼は急に態度を変えて逃げる気だ、自分だけ、と。

「コロラドを見捨てるんですか!?」

何人かが視線を逸らす。
何人かが同調する。
艦橋に沈黙が走り、すぐに爆発する。
数名がそうだそうだと言う。
自棄になっているのか、それとも。
だが。

「艦長、こちらにはまだ駆逐艦が数隻あります!!
救援に向かいましょう!!」

「そうです!!」

「まだ救えます!!」

そういう彼らの進言を俺は全て黙殺する。
白人のケネディ少尉候補生は必死で訴えた。
だが、俺の決断は変わらない。

「撤退だ、以上」

その後のやりとりは無視していいだろう。
殴りかかろうとしたものもいた。
泣き出すものもいた。
唖然としてへなへなと座るものも、粗相をするものもいた。
或いは粛々と命令を反復するものも。

この瞬間、自分達は負けたのだと理解したのだから。
だから混乱した。

『嫌だ!!』

慌てて周囲の者が彼らを取り押さえる。
尤も、口を塞ぐのはできなかった。
あの時の少尉候補生が咄嗟に言ってしまった憎悪の言葉も。

『友軍を見捨てないといったじゃないか!』

『それをすぐに!!』

『なんとかいえ!!』

『このナチ野郎!!』

960 :ルルブ:2016/03/20(日) 14:34:42
1944年1月上旬 テキサス共和国 首都 テキサス・シティ 海軍本部本部ビル


「という訳で、君の新しい配属先が決まった」

そうやって見せられたのは一通の命令書と昇進を証明する大佐の階級章。

「おめでとう、君は栄えある第三帝国で海軍建軍の為に尽力することができる。
ああ、ご両親と妹さんもドイツにある偉大なるテキサス共和国大使館での通関事務に携わってもらおう。
ドイツ政府からも謝礼が出るそうだ、頑張りたまえ!」

そう言って肩を叩く。

『テキサス共和国海軍本部 辞令 1944年2月5日 1030

本日、本命令書受領と同日付で少佐を大佐に昇進、その後、ドイツ海軍への派遣将校団員副団長補佐を任命する。
貴官はハワイ沖海戦撤退作戦ならび西海岸脱出作戦へ従軍し、双方の作戦を成功させた勲功者である。
その戦訓を同盟国ドイツ海軍へと伝える事とする。
なお、赴任期間は1955年12月31日を任期満了予定とする』

そして。

「ああ、伯父上によろしく伝えるように、と、大統領閣下も期待している。
頼んだよ?」

そうだ。
そうだろう。
一介の大尉が、しかも敗軍の太平洋艦隊所属の俺が一気に大佐。
33歳で、だ。
決まっている。

「確認しておきます・・・・私の伯父は父とは半分しか血が繋がっていませんがよろしいですか?
向こう側が覚えているかもわかりませんが?」

かまわん。

そうですか。

「君は優秀だ。
あのジャップに一撃加えた。
ナガトを大破に追い込んだ。
しかもハワイからの脱出作戦に従軍し、5000名近い海軍将校やその家族を卑劣なジャップの攻撃から身を挺して守っている。
止めに無駄飯の奴隷階級を西海岸の裏切り者どもに押し付けてくるという機転も効く。
まさに有能な英雄だ。
その英雄があの方と親戚、まさに神の加護がある!!」

相手は愉快だろうが俺は不愉快だった。
不愉快極まりない。
だが、言葉にも態度にも表情にも出さない。
営業スマイルは崩さない。

「それは素晴らしい・・・・では小官は戦訓を纏めて渡航の準備をします。
退出してもよろしいでしょうか?」

「お、もうこんな時間か・・・・かまわんよ」

無言で敬礼する。
彼は、去った。

秘書官が不思議そうな顔をして上司に伺う。

「どなたと親戚なのですか?」

「ああ、そうか、知らないか・・・・・ははは、驚くぞ。
彼の伯父は有名人だからな」

彼の名前は・・・・・

『ウィリアム・パトリック・ヒトラー』

彼の伯父は世界三極のトップに君臨する一人。
ドイツ第三帝国総統、アドルフ・ヒトラーだった。

961 :ルルブ:2016/03/20(日) 14:36:27
次回 

軍靴の学校

第二話 『伯父と甥』

「ウィリアム・パトリック・ヒトラーはドイツに到着する。
そこで行われる盛大なセレモニー。
伯父との対面。
そんな中、次世代のドイツ軍人の歓迎者にいた人物、彼らの名前はルドルフ・フォン・ゴールデンバウム少将、ベルント・バルツァー少佐ら現役軍人。
日本海軍が英国海軍と共同演習をインド洋で行おうとする中、ドイツに招かれた彼はある作戦の体験談を教授する。
そして、彼が胸に秘めていたハワイ沖海戦最後の通信とは?」

隠れた歴史がまた1ページ。


需要があれば・・・・もしかしたら続く・・・・かも?
しれません。
また、予告は予告(ネタ)であります。。。ご了承ください。。。
ご愛読ありがとうございました。。。

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最終更新:2016年03月24日 20:20