792. 名無し三流 2011/02/07(月) 22:26:10
本編でほとんど触れてもらえないかわいそうな中共の方々は、
どうしているのだろうと思って書いたSSです。



***



  中国大陸のとある貧村。そこには中国共産党(中共)の本拠地があった。
その他中国系勢力(特に中華民国)からは半ば盗賊呼ばわりされる中共だったが、
流石に本拠地ではそのような輩はおらず規律は保たれていた。
尤もそれは指導者である毛沢東らが浅間山荘レベルの苛烈な指導を行っているからであり、
彼らの目が行き届かない地域では本当に半ば盗賊のような連中もいたのではあるが。

  大親分とも呼べるソ連の支援も独ソ戦の勃発以降目に見えるように減少し、
ますます彼らの農民のための戦いは苦しくなっていた。
農民のためと言うよりは、自分達が生き残るために戦うのが憂鬱世界の中共だった。


(・・・共産党の理想はどこへ行ってしまったのだろう?)


  貧村にあるあばら家の1つの中で、周恩来は独りごちた。
土でできた粗末な釜戸の火の中では、この場所には似合わない綺麗な封筒と便箋の、
最後の一欠片が灰に変わりつつあった所だった。



            提督たちの憂鬱  支援SS  〜寧ろ鶏口と為るも牛後と為る無かれ〜



(今年に入ってもう3つの村が共産党に協力したかどで軍閥の連中に掠奪された。
  若い娘は全員連れ去られ、鍬や鋤で抵抗した者達は皆撃ち殺され、最後には村全てが焼き払われたそうだ。
  こんな事がある度に同志達は義憤に燃え上がるが、逆に我々の物資は底をつきかけている・・・)


  周は封筒と便箋が灰と化した釜戸に目を遣り、大きなため息をついた。


(それ以上に腹立たしいのは共産党の名を騙る匪賊共の存在だ。
  我々も貪欲な資本家の富を農民へ分配する活動を行っていたが、
  連中はその農民からも容赦無く全てを奪っていく)


  周恩来は毛沢東率いる共産党に合流してから、
何度も大きなストレスに苛まれていた。まず張親子ら軍閥系勢力を始めとする反共的組織による弾圧、
それを辛うじて逃れれば共産党全体のモラル低下と物資不足。まさに一難去ってまた一難である。
それでも彼が革命への志を捨てないのは、全て彼の屈強な精神力の成せる技と言えよう。

  ちなみに史実では酒に強いと言われていた周恩来だが、
憂鬱世界ではここしばらく断酒を続けていた。治安の悪化した大陸で、
不覚にも悪名高い"メチル酒"を掴まされて酷い目に遭ったからである。
もともと体力があったため幸いなことに大事には至らなかったが、
この事件を契機にして、中国共産党内部で禁酒令が出た事もある。


(・・・中華民国には最早義も力も無く、福建、華南は外国の傀儡。
  唯一国民党の蒋介石は中国統一の夢を捨ててはいないが、やはり力は残されていない。か・・・)


  周は黙して語らない。どこに耳があるか分からない状態で、
わざわざ自分の思考を口に出すのは危険極まりない行為だ。


(そこにきてあの手紙。天は中国を泥沼の内戦状態にさせたいのか?)
793. 名無し三流 2011/02/07(月) 22:26:46
  手紙とは釜戸の中で灰と化した封筒の中身の事である。
それはソ連上層部からの最高機密の手紙だった。いや、
内容的には指示書と言った方が良いかもしれない。


  その内容とは、平たく言えば『毛沢東が駄目っぽかったら、
君が毛沢東を倒して代わりに中国共産党を指導してほしい』
という物だった。要するにクーデターを示唆する物だ。
だが、周にはそんな事をする気はさらさら無かった。
彼は共産党の掲げる中国革命にその命を捧げるつもりでいたし、
自分が権力を握る座に座ろうなどという野心も無かった。


  だが、だからこそ彼はこの手紙の送り先に選ばれ、
そしてこの手紙にさえも怒りを覚えていた。
その手紙の最後には、こう書かれていた。


『中国の故事にも謂われていたではないか。
  ―――寧ろ鶏口と為るも牛後と為る無かれ、と』
794. 名無し三流 2011/02/07(月) 22:27:49
  所変わって日本は東京の某所。
例によって夢幻会の地獄耳がソ連のこの動きを察知し、
大陸の動きに関心を持つ一派が詳しい話を聞くために集まっていた。


「ソ連は毛沢東を切り捨てたがっているようですね」

「毛を切り捨てると言うよりは、誠実勤勉、しかも謙虚という周恩来に
  中国共産党を任せた方が、色々と面倒が少なくなって良いと踏んでいるのでは?」

「まぁどちらが目的であるにしても、
  中共の主である毛をどうにかしなければ事が進まないでしょう」

  二重スパイ尾崎の上司である近衛と、ポケモンなら間違いなく、あくタイプであろう辻が話す。

「この際だから中共にも毛派と周派で分裂してもらえると有り難いんですがね、
  もうあの国は全部二、三百ぐらいに分割して真空パックにして地中に埋めたいですよ」

  東条の冗談混じりの言葉に、大陸に秘められたパワーをよく知る者達は頷く。

「しかし恐らく周は毛沢東に義理を尽くすでしょうな。
  史実での彼を考えると、本気でクーデターを起こすなんて考えられません」

  近衛はあくまで冷静に事を分析するタイプだ。
ここで夢幻会の悪巧み王である辻がもう数十度目になる金儲けのアイデアを出す。

「そういえばソ連と物資や武器を交換しよう、なんて話が出てましたね。
  その一部を中共に横流ししてみるのはどうでしょうか?
  中共と繋がりのある武器商人を経由しまして、有料でね。
  武器を持てば、それを使いたがるようになるのが人間というものです。
  これで共産党が過激路線に突き進んでくれれば、
  大陸のパワーをより内側へと封じ込められるのではないでしょうか?」

「・・・なんか、前も似たような案を聞いた気がしますが」

「それはきっと別な所での事でしょう。
  "死の商人作戦"で儲けられる場所が残されているなら、
  それで儲けなきゃ損ですよ、損損。
  陸軍さんも新型戦車やら何やら、随分と金を欲しがってますよね?
  戦争の火がひと段落したら軍縮は確実なのに・・・
  海軍も空母やら戦艦やら、ああ五月蝿いったらありゃしない。
  金がどうやって作られるのかも少しは勉強して下さいよ・・・」

「それを抜きにしても少々マンネリ化してませんか、
  万一明るみに出たら日本の評判に傷が付きますよ?
  『極東の守銭奴は盗賊にまで武器を売っていた』なんて。
  英国辺りならチクチクとうるさく言ってきそうですが」

「リスクとリターンの検討が必要不可欠なのは否めませんが・・・」

  東条の投げかけた疑問と近衛の援護射撃に流石の辻も少し不満顔になる。

「まぁ今回は状況の確認だけでお開きと言う事で」

  近衛が場を長引かせないために上手くまとめる。
辻もこの場はと引き下がり、緊急会談は終了と相成った。



  こうして、中国は僅かな有志らの思いとは裏腹に、
未だ混迷の泥沼から脱せぬままいたずらに時を費やしていく事になるのだった・・・

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2012年01月03日 00:24