93 :ooi:2016/04/13(水) 22:13:15
豪州+新西蘭転移ネタ11
米国のアジア進出の野望から布哇事変への経緯
米国はヨーロッパ諸国から聞いた日本の情報を信じず、史実同様にペリーが来航したがペリー艦隊は日本の蒸気軍艦で構成された艦隊にお迎えされた。
ペリーも一瞬言葉を失う位に驚愕し、米政府に写真付きでレポートを送ってヨーロッパ諸国の情報が正しかったと報告した。
米政府も有色人種である日本が西欧と同等以上の力を持っている列強国である事を知って、一先ず商売をしようと通商条約を締結した。
この条約は他の列強国と同様に完全な平等条約であった。
米国は日本から輸入されたアジア各地の嗜好品を見て、図らずもアジア進出の野望が生まれたのである。
勿論、米国も日本に喧嘩を売るのは危険と判断し、技術後進国になっていた中華王朝の清国に進出しようと計画した。
しかし、清国に向かった米国の使節団や調査団の報告は米政府の希望を打ち砕く内容であった。

  • 清国には日英独露の利権が細かく絡まっており、対応を間違えると上記列強との戦争になるかもしれない。
  • 仮に清国の権益を得たとしても、周囲は日英仏蘭の拠点ばかりで戦争になればすぐさま奪われる。
  • また、西海岸から中国に向かうには必ず日本で補給しなければならず、燃料代や港湾使用の費用だけで莫大なものになる。
  • アジア進出を狙うのであれば、日本の領土の何処かを橋頭保として確保するのが絶対条件である。
  • 但し、日本との戦争は合衆国の国力を疲弊させるだけであり、正直言ってアジア進出は止めた方が良い。

この報告に唖然とした政府は当面棚上げする事にした。
しかし、この報告の記憶が薄れた米政府は日露関係の緊張下によって日本海軍が瑞州から本土へ向かった事に注目した。
「日本の艦隊戦力が居ない今なら行けるんじゃないか?」
この安易な考えで、米国は日本から布哇を奪えないかと画策したのである。

この画策は、植民地拡大のスピードが世界と比べて遅いと云う米国の焦りが関係している。
英仏は世界に膨大な植民地を得た事で国力を大幅に伸ばしていたし、米国が後進国と勘違いしていた日本も清国から外満州、台湾、海南島を仲介料や戦争で手に入れていた。
つまり、植民地獲得スピードでは日本より遅れていたのである。
これは、史実米国が米西戦争でスペインから分捕った植民地の内、フィリピン、グアム、プエルトリコは既に日英が購入乃至先取りしていたので獲得出来なかった事も焦りを助長していた。
だからこそ、アジアと云うヨーロッパ諸国が手を出す場所が米国も欲しくなったのである。
そして、瑞州に日本艦隊が居ないからこそ布哇を奪い取って既成事実を作ろうと考えた。

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最終更新:2016年04月17日 18:41