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名無し三流
2011/02/27(日) 19:58:33
日本には『日ノ出新報』という新聞社がある。
明治中期の創業で、発行部数は日本の新聞各社の中でもトップ10に入り、
国際社会の中で台頭していく自国に対して、『傲慢になってはいけない』
『驕れる者は久しからず』等と、度々苦言を呈するその厳しい論調は業界内で異彩を放ち、
『日本一日本に冷たい新聞』と諸外国でも有名になっていた。
世界中に大きな衝撃を与えた冬戦争での義勇軍の活躍や日米戦争の展開にも、
『単に運が良かっただけ』『敵がこちらを見下していたからではないか』と一刀両断。
自国の戦勝を祝うだけの他紙をも度々批判しており、フィリピン侵攻を煽る新聞社全てを纏めて叩いた時は、
冷静に事実のみを報道する事を求めた政府広報、いわゆる『嶋田談話』が発表されるまで叩き返されもした。
これほど業界の中で異端とも言える存在が生き残っているのには2つの理由がある。
1つは外国語版の発行も活発に行い、さらにその珍しい論調から外国での購読者が多い事と、
もう1つは、この新聞社が夢幻会の肝いりで創立された事だ。
提督たちの憂鬱 支援SS 〜日ノ出新報〜
東京のとある高級料亭。大柄な男と、隙の無い目つきをしている男が食事の並んだ机を挟んでいる。
「大陸支局はどうでしたか?」
「何しろあの情勢ですからネタには事欠きませんし、
本社が良いカメラとフィルムをたくさん送ってくれたお陰で、色々と良い記事が出来ましたよ。」
大柄な男はもう一方の質問に答えて微笑む。
そして、腕まくりをすると手首のやや上に巻かれている包帯を見せた。
「治安の悪さも噂通りでした。帰国直前で油断してたら盗賊にやられましてね。
幸い傷は深く無いので、あと二日もしたらたぶん元通りでしょう」
「はは、いや冗談じゃないですよ浅沼さん。
ただでさえあなたの新聞は右翼過激派に嫌われているんです。
ここでも極右の少年に刺されるなんて事になったら・・・」
「そんなの御免ですよ。自分の身に起こった事だと思うとゾッとします。
我々夢幻会のチート力も、ああいう連中の発生までは防げませんでしたからねぇ。
良い弱みを掴んで社会的に抹殺されるよう仕向けたい所ですが」
察しの良い人はもうお分かりだろうが、この2人はいわゆる転生者である。
その片割れ、大柄な方は『人間機関車』として有名だった、浅沼稲次郎。
史実では社会党の書記長(後に委員長)として政界で活躍した人物だった。
そんな彼は憂鬱世界では日ノ出新報の記者となり、徹底的な現地取材の敢行と、
体格通りの豪胆さ、そして日ノ出新報らしい歯に衣着せぬ記事の書きっぷりで、
奇しくも史実と同じ『人間機関車』とあだ名される名物記者となっていた。
905.
名無し三流
2011/02/27(日) 19:59:20
そしてもう一方の男は、嶋田、近衛、東条らと並ぶ夢幻会の中枢。
辻である。もはや説明をする必要は無いだろう。
「まあその辺は焦って解決しようとすると足元を掬われるだけですから、
気長に対処していくのが今の所は一番でしょう。ところでなんですが・・・」
「・・・我が軍があまりにも勝ちすぎている件・・・ですね?」
「察しが良いですね、流石は浅沼さんだ」
「確かにこれからの世代、やたら傲慢な日本人が出てきたらそりゃあ大問題だ。
それでも、あんな圧倒的な戦果を挙げてるのを見てしまったら、ねえ」
「今、日本無敵神話なんてバカみたいな考えを繁殖させないよう、
出版界に色々と根回しをしている所なんですが、そこでお手伝いをお願いしたいんです」
「また慢心を戒める内容のコラムを掲載すればいいんですね?
できるだけ他紙の記事とか日本人そのものは叩かないようにして」
「まぁそんな感じで良いと思いますよ。
無敵論をぶち上げる他紙がいかに強情かはよく分かりましたし・・・
歴史的な事実を色々と引き合いに出してみるのはどうでしょう?
日ノ出の上役連中にはこちらから話を通しておきます」
「よしきた。辻さん。こりゃあ『【我が闘争】に物申す』以来の名連載になりそうですよ」
浅沼は手帳を取り出し、新しい記事をどのようにするかをメモしていく。
辻は時折料理に口をつけながら、感慨深そうな表情をしていた。
「・・・それにしても、この国も随分と変わりましたねぇ浅沼さん」
「全くですよ。こうしていると、この姿で再会した時の事を思い出しますね」
「転生した事を知った時はもう、貴方・・・
いや、貴方の"前世"にはもう二度と会えないかと思いました」
「それが結局、また一緒にいる。本当に神さんは悪戯好きですなぁ」
辻は手にしていた茶碗を置いて、一呼吸して言った。
「さて、ここまでは概ねの所上手く行って来ましたが、
未だにすべき事はゴマンとあります。まだまだ頑張らないと」
「こいつぁ、当分は過労死なんて無理そうですね」
「ええ。適当な製薬会社に進化型リ○ビタンDでも作らせますか?」
「リ○ビタンがあったって、過労死する時は過労死するんじゃないですかねぇ」
料亭の個室内に2人の笑い声が響く。
この次の週に日ノ出新報紙上で始まったコラム『栄枯盛衰』は、
中華思想と中国大陸の現状や、白人の黒人差別とアメリカの現状を引き合いに出すなどして、
『その理屈に関わらず、他者を蔑む者達は必ず酷い目に遭い、他国を蔑む国は必ず凋落する』
と読者へ説き続けた。出版界からも欧州の長い歴史に裏付けられた底力(主に外交面)や、
戦乱にもまれ続けた中国人のバイタリティ、アメリカ人の開拓者精神を評価する書籍が発売され、
最初は高級官僚などのエリート層で、次に資産家、企業家の間でそれらの売り上げが伸び、
次第に彼らの中で日本>>>他国という考えは鳴りを潜めて行く事になったのだった・・・
fin
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