372. フィンランドスキー(無謀編) 2011/07/08(金) 20:38:48
英雄達の憂鬱  〜マンネルヘイムの場合〜

その日マンネルヘイムは、自身の執務室で行われた軍議で、日本から送られてきた一式戦闘機"飛燕"に関する
報告を聞きながら頭を悩まさなければならなかった。
先ほどから幕僚の一人が、やや浮ついた雰囲気で報告を述べていた。
「現在ヘルシンキ郊外で継続中の性能評価から、Type−1の速力は我が軍のガソリンを用いた場合でも
  優に650km/hを超えており、さらには・・・」
「細かい技術的な話はいい。」
マンネルヘイムは穏やかに、しかしきっぱりとその報告を断ち切らせた。
「はぁ」
そして、報告を遮られてやや不満そうな幕僚を含め一同に対して言い聞かせるように宣言した。
「私がここで諸君と確認したいのは、Type−1が我が軍に、我がフィンランドにとって有用であるかどうかだ。」
そう、マンネルヘイムは既に飛燕の性能的優位性を理解していたし、これを用いた場合の具体的な防衛戦略も
その頭の中に描きつつあった。ただ総司令官である彼が注意しなければならないのは軍としての引き締めである。
現実問題として、ソ連に対する領土奪還戦の機運は国内に常に燻っており、この一式戦闘機の提供がその火種を
燃え上がらせる切欠になってはならないのだ。

日本からの戦闘機供給を打診された時、フィンランド政府は喜んでこれを受けた。
仇敵ソ連とは小康状態を保っているものの、緊張状態は依然として継続しており、終戦から3年経った現在でも
時折いやがらせのように領空侵犯をしてくる。いや、威力偵察と牽制の目的もあったのであろう。
フィンランド軍には空の防衛力として、隣国スウェーデンから輸入したJ9や日本製の九三式は存在したが、
その数は決して国土を全てカバーできるほど潤沢という訳でもなく、ソ連も史実ほどではないにしても優秀な
戦闘機を配備しつつあることから、どうしても数と質の両面での戦闘機が必要だったのだ。
というならば冬戦争やBOBで勇名をはせ、そして対米戦で聞こえてくる圧倒的な戦果をもたらした日本軍機を
配備できるというのなら、例え中古であっても祖国フィンランドを守護する大いなる力となってくれるはずであった。

しかし、政府からその連絡を受けたマンネルヘイムの胸中は複雑であった。
「では日本の外交筋からの要求は何も無かったというのか?」
「ハイ、政府もその件につきましては確認しております。
  当初は、対中対米戦争に関する戦力の要請等を懸念していたようですが
  日本の大使は、そのような意図はないと明言されたそうです。」
「フム・・・(では日本にとってフィンランドは、まだ利用価値があるということだろうか?)」
マンネルヘイムは間違いなく優秀な軍人であるが、その政治的感覚も尋常なものではない。
日本がただの善意や義理で貴重な戦闘機を供給してくれると考えられるほどの楽天家でもなかった。
最悪、ソ連に対する捨石にされる意図があったとしても、それは政治的にありえるのことなのだから。
むしろ逆に日米戦が起こった時はフィンランドこそが、日本との友好を切る必要があるはずだったのだ。
しかし冬戦争以降の国民感情を考えると、それも不可能であった。
実際、日米中が開戦した折、義勇兵として日本軍に参加を希望したフィンランド人は少なくなかった。
大西洋航路が津波で壊滅していなければ、それは現実のものになっていただろう。
当時のマンネルヘイムは最悪、日本が敗れた場合を考慮してドイツかイギリスに接近するつもりであった。
ところが、そうこう言っているうちに時流は変化し、中華民国は春を迎えることなく降伏し、太平洋に配備されていた
米国の艦隊は日本海軍、それも主に航空機によってそのことごとくが殲滅された。
かつて1900年代初頭にユーラシア大陸のアジア各国を旅したマンネルヘイムは、日本が太平洋の西の隅に浮かぶ
小さな島国に過ぎない事をよく知っていた。
その小さな島国が、あれから僅か数十年の間に世界の列強に比する存在になることなど誰が予想できようか。
そんな国と祖国フィンランドが友好を保ち続けているということは、どっかの変態紳士やその他独裁者(略)から
見れば垂涎の的なのであろうが、今一つ日本人の価値観、それも時折見せる訳の判らない拘りとというものが
理解できないマンネルヘイムは、今日も悩み続けていたのであった。
373. フィンランドスキー(無謀編) 2011/07/08(金) 20:39:28
軍議も架橋に入り具体的な部隊編成や機体の配置が検討され始めていた。
しかし、ここでも難題が彼らの頭を悩ませる。
「それではType−1での現行機との連携は難しいと?」
「はっ、そもそも巡航速度からしてJ9の最高速度を超えております。
  現行機がType−1に合わせることができない以上、Type−1の方が合わせるしかありませんが
  その場合ですとType−1の性能的優位性をスポイルすることになりかねません。
  また、整備上でも我が軍初の液冷エンジンということで・・・」
つまり、それは現在フィンランドの各地に展開している航空機部隊に、飛燕を振り分けて配備しても
他の機体と連携が取れず、整備運用上も問題山積みということであった。
優秀な機体にはそれに見合う負担が発生し、優秀すぎる機体であればそれは尚更というところである。
幕僚達はそれに関しての意見を交し合うが、この結果は史実と似たような結果を導き出すに至った。
「では、やはり優秀なパイロットを集めた特別部隊を編成するしかないか。」
「はい、特別部隊の人選につきましては、ほぼ終了しておりますので
  ご命令があればすぐにでも召集が可能です。」
「よし、それでいこう。」
マンネルヘイムは、すぐに決断し部隊の召集を決定した。また運用上の整備環境を整えるため、
優秀な整備員の確保についても民間会社等の技術者に有志を募るという手法を取ることになった。
もちろんスパイ等には注意する必要が有るが、優秀な技術に触れるということはフィンランドの
産業技術を育成する上で大きな助けとなるはずなのだから。こういった政府上層部の柔軟な対応は、
フィンランドという小さな国家を支える根幹の一つでもあった。

そして、飛燕の運用について大方の方向性が決定された頃、幕僚の一人が現在継続中の性能評価試験が
遅れがちである事を指摘した。
「どういうことだ、パイロットの技量に問題でもあったのか?」
マンネルヘイムは、その担当である会議冒頭で飛燕の性能を報告してきた幕僚に説明を求めた。
「いえ、単純に評価試験用の機体数が足りないのです。」
「?機体の組み立ては、提供された全機問題なく終了したと先日報告がきていたぞ。
  試験用の燃料や保守部品の方も当面の間は問題ないはずだが?」
「はい、機体の組み立ては終了していますが、殆どの機体でエンジンの慣らしが済んでおりません。
  なにせ提供されたエンジンの殆どが、工場から出てきたばかりのものでしたので・・・」
若干の静寂の後、マンネルヘイムは一人呟くように言葉を述べた。
「なるほど、さすがにエンジンは新品に交換してきたか。」
それは日本がエンジンを意図的に性能を低下させた物に換装して提供してきたであろうという意味の発言だった。
この時マンネルヘイムの心に去来したのは、むしろ落胆より肩の荷が降りるような安堵感だったかもしれない。
しかし、その僅かばかりの安堵感も件の幕僚の一声が簡単に消し去ってしまった。
「いいえ、"エンジン"も新品であります。」
マンネルヘイムの発言の意味を正しく理解したうえで、彼の言葉と認識を否定したのだ。
マンネルヘイムだけでなく他の幕僚達もしばらく言葉を無くしてしまった。
「それは確かなのか?」
「はい、あの機体が性能を落としているというならば、日本本国のそれは月の世界を飛行しているでしょう。」
他の幕僚も、慌てて確認してくる。
「まさか、機体も新品だというのか。」
「はい、正確には現在評価試験に使用されている機体以外は、ほぼ工場直送といった所でしょう。
  また、使用されていた機体も飛行時間が50時間を越えるモノが無く・・・」
このあともその担当幕僚の言葉は続いたのであった。
照準機が最新型であるとかエンジンが過給機付きで1600馬力を超えるetc、etc、・・・・・・
何か溜まった物でもあったのかように彼の言葉が途切れることは無かった。
そんなBGMをバックに、マンネルヘイムはもう日本の意図を考える事を止めることにした。
いくら歴史に名を残す名将であっても、理解できないものは理解できないのだ。
ましてや、それが変態達の考えであるというならば。
そしてそれはきっと幸せなことであった。

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最終更新:2012年01月03日 00:52