374. フィンランドスキー(無謀編) 2011/07/08(金) 20:40:53
英雄達の憂鬱  〜エイラ・イルマ・・・いや、エイノ・イルマリ・ユーティライネンの場合〜

ヘルシンキ郊外の基地に急遽設営された特別航空戦隊の宿舎に向かう兵員輸送用のトラックの中でユーティライネンは
これから自分達が駆るであろう日本製の戦闘機に胸をはせていた。
むろん彼だけがそうと言う訳ではなく、周りのパイロット達も伝え聞くBOBや対米国での日本軍航空機の活躍を語り合い
これから対面する自分達の愛機をその脳裏に思い描く。
そう、ここに居るパイロット達は日本から提供された戦闘機を駆るために集められたエースまたは未来のエース候補達であった。
そして、フィンランドが誇る史実での『無傷の撃墜王』ことエイノ・イルマリ・ユーティライネンは、当然のごとく
いや、必然としてこの部隊に加わるために今ここにいるのだ。
召集を受けた当初、ユーティライネン本人は前線を離れるつもりは無かった。しかし、隊の上官であるルーッカネン大尉に誘われたことと
「日本の九六式に乗れるかもしれない。」という彼の言葉に心が動いてしまった。
ユーティライネン自身、冬戦争ではサーブJ9を駆りソ連軍と死闘を繰り広げたのだが、そのとき目にした九六式の雄姿は
彼だけでなく、多くのフィンランド空軍兵士達の心に強烈な印象を残していた。
その九六式を駆ることができる!それはフィンランドのパイロット達にとって、この上ない興奮を沸き立たせるものだった。
結局、この部隊には先のエイノ・アンテロ・ルーッカネンの他、ハンス・ウィンドやニルス・カタヤイネンといった史実での
著名なエース達が名を連ねることとなった。

基地に到着すると着任の挨拶もソコソコに、彼らは日本から提供された機体が置いてある格納庫の場所を聞き出した。
そして滑走路に隣接した真新しい格納庫に全員で向かっていったのだが、気の早い何人かが途中から走り出してしまった。
ユーティライネン自身はルーッカネンと顔を見合わせて苦笑したくらいで、ゆっくりと歩いていったのだが、格納庫が近づくにつれ
先に行った連中の様子がおかしいことに気が付いた。全員が格納庫を入った場所で固まっていたのであった。
ユーティライネンは再びルーッカネンと顔を見合わせて、今度はお互いに肩をすくめると、そのまま二人して格納庫の中に入っていった。
そして彼らも他の皆と同様、そこで固まってしまった。
それからどれ位経ったであろう、誰かがポツリと呟いた。
「Type−96ではありませんね。」
いや、それはひょっとしてユーティライネン本人だったかもしれない。
急ごしらえの格納庫の中で静かにその翼を休めていた蒼い機体は、かつてフィンランドの空を守った無骨なサムライではなかった。
しかし、それは彼らが見てきた航空機の中で、もっとも美しくかつ洗練されており、そして何より危険であったのだ。
そのクロスボウを思わせる流麗なボディと対して直線的なラインで構成された主翼は、薄灰色系な蒼色の迷彩で塗装されており
機体に描かれたスワスチカの青い鉤十字が、なんとかこれが工芸品などではなく殺戮を主目的とした戦闘機械であるということを
主張していた。そしてそれは翼から爪か牙のように覗く大口径の機関砲を見れば、否が応にでも再認識できた。
375. フィンランドスキー(Sininen Meteori 打ち切り編) 2011/07/08(金) 20:42:17
そして何より目を引くのが、そのコックピット部分であった。
「ガラスしかないな。」
ルーッカネンが呆れたような、それでいて何故か笑いを堪えきれない様な口調で言葉を吐く。
「安く仕上げるのに窓枠を取り払ったんじゃないですかね。」
つい、ユーティライネンも下手な冗談で返してしまった。
彼はどこかの同性愛っぽい誰かと違い、場の空気は読める方だった。
その冗談につられて、格納庫にパイロット達の控えめな笑い声がこだました。
そんな乾いた笑いに誘われるかのように、一人の整備担当の尉官が機体の下をくぐって近づいてきた。
どうやら急いでパイロット達を追いかけてきたらしく、息が少し乱れていた。
そして軽く敬礼した後、彼は意味ありげに飛燕のバブル・キャノピーを指差した。
「このレイ○ナー・キャノピーが気になりますか?」
「「「レ○ズナー・キャノピー???」」」
「日本で開発された最新式の風防一体型のフレームレスキャノピーですよ。
  パイロットの視界を最優先にというコンセプトのもと設計されたもので、
  格闘戦でかなりのアドバンテージを得ることになるとか。」
「ハハハ・・・そりゃすごいな。」
ルーッカネンはもう言葉が続かないようだったため、ユーティライネンが会話を繋ぐ。
「話を戻してしまうようで申し訳ありませんが、この機体は何なんでしょうか?
  自分達は日本から提供された機体に乗るために集められたと認識しておるのですが・・・」
あぁ、そう言えばそうだったと、どこか夢から覚めたようなパイロット達の雰囲気を尻目に
担当尉官は最初は訝しげに眉を顰めたが、ふと気が付いたように口元に笑みを浮かべた。
「ひょっとして、聞いておられないのですかな?
  今皆さんの目の前にある機体こそが、日本から提供された機体"Type−1  Hien"です。
  しかも、しかも、その最新モデルですよっ!」
日本軍で流布されている同人誌なら、炎と富士山がバックに描かれるところであろう。
「Type−96ではなかったのか・・・」
誰かが呆けたように呟く。
「Type−96とは違うのです!Type−96とはっ!!」
崖の上に立つような担当尉官の迫力に、パイロット達は思わず引いてしまった。

思わず興奮してしまった担当尉官であったが、ワザとらしくせきを一つをすると
落ち着いて本来の役割である飛燕に関する説明を始めた。
九六式より新しい機体であること、九六式と違い液冷エンジンを装備していること、そして
「まだ性能評価試験の途中ですので正確なことは言えませんが、最高速度は650km/hを軽く超えます。
  さらには『V−MAX』を利用することにより一時的にではありますが700km/h以上の速度を得ることが可能です。」
「「「700km/h?!」」」
バックに『なんだってぇー!』というテロップが入る場面であるが、我々に重要なのはそこではない。
ただ、整備用のマニュアルを描いた人間の嗜好は想像できたであろう。
そして、ここでもユーティライネンが素晴らしいフォローを入れた。もう何気に突っ込み担当である。
「ところでV−MAXというのは何でしょうか?」
「戦闘時緊急出力のことですよ。
  水メタノール噴射装置との併用でエンジン出力を飛躍的に増大させます。
  最も使用した後はエンジンの分解整備になりますから、多用は止めて頂きたい所ですね」
一応、予め釘を刺してきたことにパイロット達は苦笑で答えるしかなかった。
そんな中、ルーッカネンが会話を締めるように声を挙げる。
「まぁ、650km/hもだせるのなら問題はあるまい。
  それより、この娘達はいつから飛ばせるんだ?
  俺達なら今からでもいけるぞ。」
腕捲りでもしてみせようかという彼の勇ましい声に、周りのパイロット達も目も輝かせてその返事を待つが
その答えはシンプルで無常なものだった。
「残念ですが、まだ機体は整備中です。」
またバックに『なんだってぇー!』というテロップが入った気がした。さらに無常な言葉は続く。
「整備が済んでもすぐには飛ばせませんよ。日本から教導官がいらっしゃる予定ですので。」
あちらこちらから不満の声があがるが、彼は上からの命令であることと
運用を含めて全ての部署で組織の再編成が必要である事を理由に、決して首を縦に振らなかった。
しかし、肩を落とすパイロット達を見て、チョッと罪悪感を覚えたのか
「まぁ、見て触るくらいならかまわんでしょう。」
と言ったとたん、彼らは子供のように思い思いの機体に飛びついていった。
376. フィンランドスキー(Sininen Meteori 打ち切り編) 2011/07/08(金) 20:42:58
そんな中、ユーティライネンは他の機体よりやや薄い水色っぽい塗装を施されている機体が気になっていた。
その機体に近づいていくと、まるで寝ている肉食の猛獣に近づいているようで、彼は無意識に足音を消していた。
そして機体のすぐそばに来ても触れようとはせず、ゆっくりとその周りを歩きながら未来の愛機を観察した。
彼はふと、肉厚なファルシオンを思わせる翼の陰にアルファベットで何か記されていることに気が付いた。
ユーティライネンはそこで始めて機体に触れ、マーキングされた文字を掌でなぞりながら声に出してみた。
「MS−07B03  GOUF CUSTOMか・・・」
どこからか荘厳な管弦楽の調べが聴こえてくるようだった。
彼がそんな空気に身を任せていると一人のパイロットがむせるような声を張り上げた。
「このRABIDOLY DOGがあればソ連軍の飛行機なんて目じゃないですね!」
ユーティライネンが返事をする前に、格納庫のあちこちからパイロット達が声を返す。
「?いや、XABUNGLEじゃないのか?型番は・・・無いな。」
「こちらの機体にはRX−79BD−2とありますが・・・」
混乱は混乱を呼ぶ。
「他にはVIRUNVEE、ZUWEL、あの尾翼が赤いのはTESTA−ROSSAか。」
「あちらの24の番号がペイントされた4機はH8RF、復座の奴はFAM−RV−S1Tですね。」
もちろん『E−SPT−LZ−00X−B』もあった。
「こっち機体には、何か変な丸っこいクマみたいな動物の絵が・・・」
何故か情けない表情で訴えてきたのは、カタヤイネンであった。
「「「「???」」」」
皆の問いかけるような視線を受けたルーッカネンも、ちょっと困ったような表情で自分の考えを述べた。
「以前その機体を使っていた部隊の徽章か何かじゃないのか?」
そんな推測を担当尉官があっさり否定した。
「それはないでしょう。ココにある機体は全て新品です。
  中古というかこれも新品同然なのですが、稼動実績がある機体は全て性能評価にまわされています。
  それらのマーキングについては何か意味のあることかもしれないということで、
  組み立てはそのまま行ったそうです。
  一応、政府筋を通して確認していますが、今度いらっしゃる教導官殿に聞くのが一番早いでしょう。」
「まっ、そういうことなら仕方がないな。」
ルーッカネンはあっさりと引き下った。
「まぁ、愉快な教本も届いてますし教導官がいらっしゃるまでは体を鍛えなおしておいてください。
  この戦闘機を乗りこなすのは並大抵のことではないでしょうから。」
最初に何か気になることを言われたような気がしたが、ユーティライネンは再び意識をType−1に向けた。
「しかし、全て新品ですか。」
「しかも最新型です。」
ユーティライネンの呟きに誰かすぐさま合いの手を入れた。
再び格納庫に笑い声がこだます。
その笑い声はフィンランドの明るい未来と、やってくる教導官の不幸を指し示すようであった。

ちなみに、ユーティライネンは縁あってか、この時触れた飛燕を受領することになった。
そしてそれは、カタヤイネンについても同様であったというどうでもいい話。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2012年01月03日 00:52