738 :ひゅうが:2016/07/13(水) 17:55:28

艦こ○ 神崎島ネタ――「2月26日」その終



「はじめまして。というべきかな?」

「それでよろしいかと。お目にかかりまことに光栄であります。今上陛下。」

「うん。」

軍服姿の昭和帝は、軽く頷いた。
典侍が恭しく捧げ持つ水盆で軽く手を洗った上で、「それへ」と低く言う。
どこから来たのか、女官たちが同じく水盆を持ってぞろぞろと応接間に入ってきた。

ここは、宮内省庁舎1階の応接間。
白馬の横を脇侍のように侍った(はべった)神崎や、それに従った長嶺中佐らは、やけくそになったのか感激で脳内物質が飽和状態になったのかした日本国民の万歳の声に送られ、2キロ近い距離を歩いて桜田門からこの当時は宮城と呼ばれている皇居へと入った。

まずは泥を落とし、「借りた」白馬や、周囲を油断なく警戒する近衛歩兵第一連隊の兵士を北の丸や皇宮警察本部へと返さねばならぬ。
昭和帝は、二言三言のお褒めの言葉を兵たちにかけ、そしてなれた足取りで、石造りの洋館である宮内省本庁舎の正面玄関を開いた。
侍従たちが苦い顔をしているあたり、陛下の行動は予定外だったのだろう。

「無事で何よりだね。」

「陛下の御蔭をもちまして。」

神崎は心臓が飛び跳ねるような感覚を味わいつつ、感謝をこめて頭を下げた。
陛下の横に立つ東条英機がほっとしたような表情になるのと、吹雪や大淀が首を垂れるのはほぼ同時だった。

「まずは感謝と謝罪を。帝国を代表してこたびの不始末を提督には謝罪したい。すまなかった。」

「へ、へい…」

軍人たちや侍従たちが「なりませぬ」と反射的に言おうとして、逆に押し黙る。
今このとき、帝国は来訪した同胞であり独立政権を持つ長を暗殺しようとした卑劣な集団になり果てたのだ。
その羞恥に帝国の人々は顔をゆがませていた。

「礼を申し上げるのはこちらの方であります。陛下。畏れ多くも陛下のお出ましがなければ、皇軍相撃つの惨劇を生じさせていたでありましょう。」

そうなれば、目には見えずとも必ずしこりは残る。
たとえ相手が、戦時には血に酔い、無関係の国の砲艦を砲撃して喜ぶような輩でも、相手は陸軍の高級士官。
たとえ退役済みであっても、彼らを実力で排除すれば感情的な反発を覚える者が出る。

「そういってもらえると助かる。」

昭和帝は笑みらしきものを作り、応接間のソファにどっかりと腰を下ろした。
かけたまえ。と目で合図され、最初に動けたのはやはりこの場では神崎が最初だった。

「さて。君らは朕に何を望むのか?」

一人称がかわるとともに、場の空気は一変した。
それまでが暖炉のような香りをしていたとするなら、今や部屋には麝香が立ち込め、2000年の歴史がそこかしこからこちらを見つめているようだった。
もちろん実際にそんなものはない。
そんな空気を作り出していたのは、目の前の若き皇帝に至るまでの何十万の昼と夜。

それこそが、帝王の本質だった。

「令外官を。」

なぜ自分の口を開くことができるのか、神崎は自分の図太さにあきれながら予定通りに静かに述べた。

「黴の生えた制度を用いるか。幕府を開くか?」

「それもよいですな。」

739 :ひゅうが:2016/07/13(水) 17:56:02

帝国側の人々からの視線が突き刺さる。
幕府の否定からはじまった帝国に、目の前の男は幕府を要求するといったのだ。
それは、現行の帝国政府の否定。
そしてそれを止める手段を彼らは持たぬ。

「ですが、日本本土など私たちは欲しません。そのような貧乏くじを引きたがるほど権力に飢えているわけでもありません。」

言った。言ってしまった。
それが遠回しな帝国の現状への揶揄と気付いた東条が眦を釣り上げ、何か言おうとした。
だが、それを楽しげな笑いが制した。

「貧乏くじか。確かに。朕としては文字通りさぶらわれるのも悪くはないが、それはいらぬか。」

「お戯れを。我らは陛下を敬しておりますが、大本営のために尖兵となるほど物好きではありませぬ。」

「であろう。だからこそ朕が出たのだ。」

「御叡慮にただ感じ入るのみであります。」


そう。統帥権を代行する大本営ではなく、昭和帝自身が動くことに意味があった。
あのままでは、なし崩し的に大本営隷下の軍勢と鎮守府が共同作戦を行ったことになってしまう。
諸外国の干渉を排除するために日本へ帰属したとはいえ、強大な軍事力を帝国陸海軍に組み入れたいと望むものは多い。
早々に帝国政府のもとで島を開拓し、組み入れようとするのは国家の当然の本能だ。

だが、それではいけない。

だからこそ鎮守府側が自らの秘匿を捨てて歴史資料を提供し、暗に不信感を伝えたのだ。
それに対する帝国政府の回答こそ、「吉志舞」。
この曲は、史実では1943年に作曲され、やがて重要行事を伝えるラジオ放送の際に流されるようになった。
その最後となったのは、コーンパイプをくわえた将軍が厚木基地に降り立ったことを伝えるニュース放送。
一説には基地で演奏されたともいわれるこの曲を流したということは、少なくとも帝国政府が一群の未来情報に真剣に向き合っていることを示している。
さらに、この曲のもととなった伝説――すなわち神功皇后の三韓征伐後の凱旋を迎えるために舞われたというものをもってすれば、意味合いはなおはっきりする。


「よくぞ『戻ってきて』くれた。いくさぶねの魂。あのような惨いおおいくさを経ても、なお日本を見捨てずにいてくれたこと、まことに感謝に堪えない。
重ねていう。ありがとう。」


この人は、とんでもない人たらしだ。
神崎はそう思った。

740 :ひゅうが:2016/07/13(水) 17:56:59
【あとがき】――この一言を言っていただきたいがゆえにこれを書いていたようなものです。
とりあえず、書きたいと思っていたところまでは書くことができました。

742 :ひゅうが:2016/07/13(水) 18:05:52
なお、「吉志舞」の原曲はこれ。
第2部はみんなよく知っているあれの元になりました。
ttp://www.nicovideo.jp/watch/nm4180674

745 :ひゅうが:2016/07/13(水) 18:21:47
補足しとくと、このまま共同作戦でテロリストを撃退させたら、一体化した大本営のもとで指揮系統が一本化されてしまう。
それはそれで健全なのですが、そうではなくイングランドに対するスコットランド程度に自治権がほしい鎮守府側は、助け舟を出してくれた陛下に感謝している構図ですね。
さくっと内情を看破して、最大の威力が発揮できるところで御出陣されたこの方も、まぎれもない政治的怪物です。
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最終更新:2023年11月05日 16:54