78 :ひゅうが:2016/07/30(土) 19:38:48
艦こ○ 神崎島ネタSS――「三匹がゆく! in Britain」その3
――1937(昭和12)年4月27日 ポーツマス
「両舷停止!」
「右舷描入れ!」
面倒くさい、という表情を隠しつつ利根は、「利根」を停止させた。
艦娘としては、こうしていちいち復唱をさせつつ行動する必要もない。ただ感覚で対処すればいいだけの話なのだが。
「いい操艦でした。キャプテン。」
「うむ!」
水先案内人と敬礼をかわし、利根は入港完了の合図を送った。
艦橋の人々――といっても妖精たちだが――の気配もほっとゆるんだ。
埠頭では、軍楽隊が歓迎の意をこめて「航跡」を演奏している。
今のところ公式の国歌に相当するものはないものの、行進曲「昼戦」とともに、この曲が外部に知られた鎮守府の音楽だった。
「さて。ついたぞ!」
応!と妖精たちが吠える。
「これより交代で半舷上陸を許可する!ただしくれぐれも羽目を外しすぎないようにな!」
主として艦娘側の方だが、微笑ましい失笑が起こったが利根は気付いていなかった。
何より、1か月ぶりの本格上陸を楽しみにしているのは彼女も同じだったからだった。
「では皆!行ってくる!」
オタッシャデー。と妖精たちから声がかけられる。
見た限り、利根の気質は妖精たちからずいぶん愛されているらしかった。
「さぁて。20年ぶりの英国。楽しみデース…」
「23年ぶりじゃ…いえなんでも。」
79 :ひゅうが:2016/07/30(土) 19:39:32
「ふん。確かに立派なものだな。」
吉田茂駐英大使は、黒塗りの車の中から入港してきた「利根」を見ながら不機嫌そうな溜息をついた。
「ええ。」
駐英大使館付海軍武官である山本善雄少佐は、この人物のむずかしさに少々参りながら応じた。
「基準1.7万トン。列強の重巡洋艦の中では最も大きいものですね。」
「おかげで大いに苦労させられている。」
吉田大使は親の仇のように、目の前の軍艦をにらみつけた。
「わが海軍が軍縮条約を無視して新型艦を大量に作っていたことについて非公式な抗議が雨あられだよ。」
「さすがにそれは。」
言いがかりに近い。あの島の存在はこの数百年間知られていなかった。
だいいち、あんな大艦隊を作るだけの鉄が失われていれば、すぐに誰かが気が付くだろう。
「どうだか。あんなに予算をぶんどっていく海軍のことだ。やっていないわけがなかろう。」
けんもほろろに吉田は言った。
よほど憎いらしい。
「おかげで、軍縮は御破算だよ。迷惑極まりない。まさに疫病神だな。」
そこまでいわれては山本もむっとする。
「そうはいっても、その彼らがなければ交渉の糸口すらつかめなかったのでは?」
「本国が無能だからだ。軍事偏重、そして中国への侵略。おまけに松岡のバカめが。」
要するに、吉田という男は外務省ができなかったことをやってのけたあの島の存在が気に入らないのだった。
「だいたい、あの島の共同開発をなぜ本国は許可しないのだ。早々に陛下を動かして御料地だと?廣田さんは何を考えているのだか。」
「閣下!」
言い過ぎだったと謝罪した吉田だが、まったくそう思っていないことは明白だった。
吉田は、満州に加えてあの島を開放することで国連脱退以来孤立を深める日本の外交主導権を確保しようという構想を外務省に却下されたことを根に持っていた。
「だが、歓迎しろというのが本国の命令だ。歓迎してやるさ。」
吉田はいった。
「閣下。そろそろ。」
出迎えに出、そして本国から特に厳命された資料を読まねばならない。
そうしたことを厳命されたことが、吉田をここまで頑迷にさせていた。
「ふん。何の資料かは知らんが、そんなのものに騙される本国と俺は違うぞ。」
吉田の考えは、完全に間違っていた。
80 :ひゅうが:2016/07/30(土) 19:40:03
「ほう…前部に4基の主砲塔を集中配備か。わがネルソン級をまねたのかな?」
埠頭から艦を見上げる男の顔は、好奇心で輝いていた。
「後部甲板は…おやおや。航空機を大量配備。あれは飛行甲板か。」
自らが愛する海軍の知識を動員し、彼は後部甲板に置かれた水上機に目をとめた。
うん。全金属単葉機だ。
わがソードフィッシュよりも控えめに言って速そうだ。
「甲板の広さからいって、軽空母程度の機数は搭載できそうだな。」
そして、対空火器の数が極めて多い。
列国の主力艦艇の数倍に達する大量の対空火器は、まるで強迫観念のように空をにらんでいた。
主力兵装も、従来の日本艦とは違っている。
「あれが日本海軍が条約を破って大量建造していた海軍艦艇ではないという証拠だな。」
艦橋は、よく知られた高雄型のような巨大なものではない。
ミョウコウ・クラスのそれとは違い小型化されたブリッジは、洗練された設計を感じさせる。
「だが、日本艦の仏教建築にような美は共通しているか。面白いな。」
男はにかっと笑った。
彼は冒険が好きだった。
若いころは、ボーア戦争に騎兵将校として参加して捕虜になり、それから脱走して戦場に戻ったこともある。
「案外、未来人が作ったという与太話も一理あるかもしれないな。」
ステッキの頭をぽんぽんと左掌で叩く。
シルクハット越しに海風が心地よい。
「中を見ることはできるかな?」
新国王ジョージ6世に歓迎行事主催を命じられた男、ウィンストン・チャーチルは、太平洋の新たな「国家」からの代表団を迎えるべく、公用車から一歩を踏み出した。
81 :ひゅうが:2016/07/30(土) 19:40:46
【あとがき】――いろいろな歴史上の人のファンの方。すみません。
最終更新:2023年11月15日 20:41