861 :ひゅうが:2016/08/09(火) 01:02:57
神崎島ネタSS――幕間「自家中毒」




――1937(昭和12)年5月15日 ドイツ国 帝都大ベルリン


「はじめまして閣下。」

独逸語で語りかけると、相手は少し驚いたようだった。
しかしすぐに満面の人懐っこい笑みを浮かべて固い握手をかわした。

「ドイツ語が御上手で驚きました。殿下。」

「わが軍は明治維新――これは復古というよりある種の革命ですが――以来、法制度と陸軍についてはドイツに学んでおりますからね。
お国のネッケル大佐は、日露戦争で活躍した我が国の将帥をよく育て上げてくださいました。」

「ネッケル?」

「大モルトケの弟子でありますよ。」

「おお大モルトケ!彼の偉大さが日本陸軍をも啓蒙したとは、その言葉はうれしいかぎりです。」

ドイツ国の指導者(フューラー)、アドルフ・ヒトラーは何度も頷きながら秩父宮雍仁親王にソファーをすすめた。
よく誤解されるのだが、彼は人当りがかなりいい。
さらには欧州諸国の人々には「悪魔的」といわれるカリスマをあわせもつがために彼が口をひらくと誰もが彼に注目せざるを得なくなる。
そのため、彼に懐疑的な人間でも彼と対面したあとは何か説得されたような気になって帰るのが常だった。

このときの秩父宮もそのようになる――はずだった。

当代の帝である兄から直々に命じられた任務の一環として、予定を変更して英国から彼はドイツへ直行していた。
先に英国国王のジョージ6世の戴冠式に出席するため、秩父宮は日本本土から神崎島へと97式大艇へ渡り、そして神崎博之提督とともに超大艇「蒼空」で英国へと飛んだ。
その間――彼は現実化した悪夢を見せられていたのだ。
すでに映像の世○で悪夢を見た彼は、実録アイヒマン裁○や、ヒトラー・チルド○ンなどのB○世界のドキュメンタリーで現在のナチス・ドイツのやらかした…あるいはやらかそうとしていることを知ることになっていた。
陸軍将官として眉に唾をつけてきいてはいるが、それでも一定の歯止めにはなる。

『自分は、こういうことに影響されやすいたちだ』

と秩父宮は思った。
先の2.26事件前も、国家革新思想というものに一筋の光明を感じて兄に向ってその必要性を説いたこともある。
結局は温厚な兄の一喝をあびることにもなったし、その後起きたことは彼の望んだことなどではなかった。
以来、張作霖爆殺事件に際して田中義一に怒りをぶつけた兄宮のように、秩父宮は慎重になるように心がけている。

今回のドイツ訪問にしても、秩父宮は自ら言い出して予定を早めている。
何より、見極めなければいけないと思ったからだった。

そうでなくとも、記録映画「民族の祭典」のような華麗な祝祭とともに訪問していたら、自分はそれに影響されてしまうかもしれない。

862 :ひゅうが:2016/08/09(火) 01:03:44
「わが国は、ドイツには大きな恩義を感じております。」

「先の大戦においては青島やカロリン諸島を奪っていかれましたがね。」

「それをいわれたら辛いですね。当時は日英同盟下でしたから。」

ちくりと嫌味を述べたヒトラーの目が興味の色に染まった。

「貴国はなぜあの海賊たちと手を組んだのですか?」

「ロシアが理由です。貴国のように石炭や鉄鉱などの資源に恵まれた国と違い、当時のわが国は発展途上。それに――」

立ち上がった秩父宮は、総統官邸に置かれた巨大な地球儀へ歩み寄り、ポンと回した。
くるくると回った地球儀はあるところで止まり、おあつらえ向きとばかりに彼は一点を指さした。

「ご覧ください。ここを一時ロシアは占領し、さらにかつてわが領土だった北辺を侵しはじめました。」

「ツシマ…おお、ツシマ沖海戦は存じております。」

「あれの40年前です。その頃からロシアは太平洋への出口を狙っていました。
そして開戦前、この半島に軍港を構えようとし、さらにこの半島国家を保護国化。ほとんど併合寸前なまでに状況は悪化しておりました。」

「ふむ…得心しましたぞ。殿下。先の大戦においてわがドイツが受けたように、海上からロシアは貴国の喉元を締め上げるつもりだった。
一方の英国も、北からキーナ(中国)へ迫るロシアに対抗する必要があった。
これは同盟を結ばないわけがありませんな。」

歴史の講義を受けて納得したヒトラーは、理解できなかった数学の問題を教師の助けで説くことができたような満足げな表情でソファーへ腰かけた。

「殿下。わが国と貴国は協力し合える――そうは思いませんか?」

「とおっしゃりますと?」

「貴国が一度北へ追い払ったとはいえ、ロシアは今やボルシェビキの支配するところとなっております。
さらにスターリン!
私はかの男を憎みます。」

「仮にも一国の元首相手にそうおっしゃるものでもないでしょう。」

とんでもない!とヒトラーは大きく両手を広げた。

「わが情報部の報告によれば、すでにシベリアには数百万の人々が反革命の名目で追放されており、その数は年々増える一方。
このような国を野放しにするのはどうかと思います。」

喉元まででかかったお前がいうな、という言葉を秩父宮は飲み込んだ。

「しかし、わが国においても状況は異なります。我が国は南と北への両面作戦は行い得ません。革命への干渉を試みたわが軍は結局のところ国際社会の非難のみを得ました。
その結果が巡り巡って満州事変です。」

「貴国の防衛行動が?」

ええ。と秩父宮はいった。

「結局のところ、力のみで事態を打破しようとすれば陰謀につけこまれるのです。」

863 :ひゅうが:2016/08/09(火) 01:05:12
「ゾルゲ――あの恥知らずが!」

ヒトラーは激昂した。

「大ドイツを代表して謝罪しますぞ。ゆえに我が国は貴国らアジアの力とともに対ボルシェビキの共同戦線を提案したい!」

「シベリアへまた侵攻せよと?」

妙な感覚に陥りながら秩父宮は返す。

「すぐにとはいいません。アジアをひとつにまとめ、ユダヤの干渉を排除したのちにです。」

「…中華民国への軍事支援はそれが理由ですか?」

「ええ。ええ。」

ヒトラーは何度も頷く。

「しかし、貴国は中華民国の性質をご存じない。彼らの本質は――」

「蒋介石総統は約束してくれましたぞ。」

ヒトラーはいった。

「いずれ共産主義を滅ぼす聖戦にはせ参じると。」

嘘だ。と秩父宮は思った。彼らは、中華は本質的に中華自身のことしか考えていない。
それは正しい。
そして困ったことに彼らの中華は拡張可能。その外からの助力は、基本的に化外の民として軽蔑の対象である。
逆に言えば、いかなる手段をとっても彼らは本質的に気にしないのだ。

「殿下。旗下に加わられるなら早い方がいい。でなければ――わが国は味方を優先いたしますぞ。」

「…なるほど。伝えましょう。」

秩父宮は確信した。彼らは、中華と同じ。
基本的に他者にあわせるということを知らないのだ。
そしてその中心に居座るのは――妄想だ。
現実を妄想にあわせる…なんと恐ろしいことだろう。

身振りてぶりで東方の生存圏やそこに暮らすべき偉大な民族について語るヒトラーは、あくまで純粋だった。

だからこそ、現実の住人たろうとする秩父宮にはそれがとてつもなく恐ろしかった。





【あとがき】――バタフライ効果発生。起きたことはそんなに変わっていませんが…

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最終更新:2023年11月23日 13:14