886 :ひゅうが:2014/10/13(月) 00:18:54

戦後夢幻会ネタ――閑話「星は落ちず」



――西暦1960(昭和34)年1月2日。
この日、大英帝国情報部は恐慌状態に陥った。
早朝に英国首相ハロルド・マクミランを訪問した日本大使は「本国から閣下宛の文書です。
読了後は焼却されることをお勧めします、とのことです。」と一通の封筒を置いていった。

そして二重になっていたその封筒の内側を目にしたとき、マクミランは賢明にも腹心であり、ある非公式機関の長であったロジャー・ハリス卿を呼び出すにとどめた。

宛名にはこうあった。

「クレムリンの枢機卿」

カーディナル・オブ・クレムリン。
この名が正確であるのか否かはわからない。カーディナルとは赤い色の中でも高貴なそれといわれるそれかもしれない。また自らがクレムリンの中で高い地位にいることを暗示することかもしれない。
だが、その名はこの10年あまり大英帝国情報部の謎であり続けた。
主としてアメリカから伝えられるおそろしく正確なソヴィエト連邦の情報――その大本となるのがその名前だった。

大英帝国はそれを探り、そのことごとくを失敗している。
せいぜいが、東京のごく中央部にどこからか唐突に現れることくらいしかわからないのだ。
そしてその秘密を知る者は、そのすべてを知っているわけではない。
絶対的な情報アドバンテージがそこにはあった。
ある分析によれば東京都下には旧帝国時代に建設された極秘の地下鉄道路線や地下道が存在し、そこを通じてどこかから情報をやりとりしているともいわれたのだがそこまで突っつくことはできなかった。
当然だろう。
インペリアル・パレスに突っ込むなど、あのトウキョウ・フーチ(日本人がいう「ウチ」が転訛した略称)に正面から喧嘩を売ることに等しい。
ただでさえ、日本人たちは英国にあまり好意的でないのに。
まぁ英国も、泰麺鉄道の一件やインドの一件から日本人があまり好きではないからお互い様であるのだが。

話を戻す。
ともかく、そうした相手と名乗る者の手紙をついに日本大使が持ち込んだことは、実在を疑われたこの恐るべき(テリブル)情報源が実在していることを示している。
となると、それにどう食い込むかが問題だろう。マクミランはそう思ったのだ。
しかし、内容を読んだ彼らは硬直する。



「親愛なる首相閣下。閣下の大英帝国への献身とその復興への努力は遠く東方からも興味深く拝見させていただいております。
本日は、そんな首相閣下にひとことご忠告申し上げたく勝手ながら伝手を使ってこの手紙を送らせていただきました。
この手紙を届けた国ともいささか以上につながりのある貴国内閣の陸軍大臣予定者閣下の、
シトー会的には少々好ましからざる御趣向が私の同僚の耳にも達しております。
また、昨年赴任いたしました赤い国のある人物がルカとマグダラの婦人とを結び付け、自らも腐肉にあずかろうとしていることも。
とはいっても、情報そのものを得ようとしているわけではないことを申し添えておきます。
閣下は、赤い城の住人にとって好ましからざる存在と判断されたのでしょう。

努々お気を付け下さい。
赤い手と耳はどこにも伸びています。カナーンの地の罠は深く、閣下の閣僚はヘロデ王の悪名を浴びるやもしれません。
それからご同僚に一言。上流階級出身のロシア人であっても、無条件で引き込めるとは思われないことです。まして骨接ぎ医にその説得は不可能というものでしょう。」

887 :ひゅうが:2014/10/13(月) 00:19:18
彼らを震撼させたのは、この手紙の中に未だ知られていないはずの情報がいくつも含まれていたことだった。
陸軍大臣予定者、すなわち内閣改造直前の段階にあって、くだんの彼、「保守党の輝ける星」の次期ポストは極秘である。
知っている者もごくごく限られている。

そして要約すれば、赤い手と耳はその次期首相とも目される人物に目をつけ、内閣もろともに彼らにとり好ましくない内閣を葬ろうとしている。
その下手人として暗示されたソ連大使館付き武官に対して行われていた引き抜き工作も、あろうことか「クレムリンの枢機卿」は知っていた。

あわてて調査してみると、点と点はつながった。
くだんの武官があるマグダラの商売をする女性――すなわち人類最古の職業につく人物と深い仲にあり、なおかつ閣僚と親密な付き合いのある整骨医とも関係を持たせ続けていることも明らかになった。
甚だしきは、ある野党下院議員とつながりのある人物ともかの武官は繋がりを持っていた。

構図は明らかであった。


――1か月後の1960年2月、発表された英国保守党政権の閣僚名簿はおおかたの予想の通りとなった。
先のスエズ動乱において大英帝国にとり久方ぶりの大勝利をもたらし、現在も世界的な好景気にあわせて少しずつ上向きつつある経済を運営する保守党政権はこの後も続く。
政権側から何らかの働きかけを受けたある野党はこの内閣の間は比較的協力的であったという。
当時計画されていたという過剰なまでの工業国有化路線はこうして退けられ、大英帝国は少しばかり救われた。

888 :ひゅうが:2014/10/13(月) 00:20:45
というわけで、一本ネタを投下いたしました。
やったね英国!TSR-2ちゃんが配備できるよ!!
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最終更新:2016年08月09日 11:07