284 :ひゅうが:2011/12/07(水) 03:15:54

※ 製作テーマは「格好いい嶋田さん」な小ネタです。

――西暦197X年8月

男は、さてまた何があったのかと思いながら廊下を歩いていた。
場所は警視庁の7階。
最近改装が行われた結果赤レンガからグレーと黒で彩られるようになった警視庁の本庁舎では、刑事部長室が置かれているところになる。

さては内務省あたりからの圧力かと男は思う。
現在、警視庁刑事捜査第一課につとめている男は、捜査にあたってたびたびこうした有形無形の圧力を受けてきた経験があった。

「入ります。」

「おお。十津川君。待っていたよ。」

刑事部長が作り笑いで彼を迎えた。
珍しい。

十津川省三警部は、そう思った。
刑事部長が彼を呼ぶ時は、たいていが厄介事に彼の顔は渋いのが常だった。

衝立の向こうでは、仕立てのいいスーツを着た老人が立って皇居の堀を眺めている。
70を過ぎているのように見えるのに背筋がしゃんとしているところをみると、軍人だろうか。と十津川はあたりをつけた。

「さっそくだが、君。例の件、随分突っ込んでいるそうだね。おかげで憲政党の方から随分こっちはつつかれたよ。」

「ということは、刑事部長。ここは引け、ということですか?」

ここからが勝負どころと十津川は力んだ。
班を任されてもうそろそろ4年。
これまでそれなりに成果は上げてきた。それを盾にすれば、黙認程度はもらえるだろうという読みがあった。

「いや、そうじゃない。」

刑事部長のかわりに、堀を見つめていた男が言った。
彼は振り返る。
十津川は驚き、次の瞬間直立不動になっていた。

「あなたがおいでとは・・・驚きました。嶋田繁太郎元帥閣下。」

「海軍では、元帥閣下と繋げては言わないんだ。階級は基本的に呼び捨てで言ってくれ。」

285 :ひゅうが:2011/12/07(水) 03:16:26
嶋田繁太郎元首相は、驚かせるのを成功したとばかりに色気のある笑みを浮かべた。
男というのはこういう年のとりかたをできるのかと十津川は内心唸った。
もう90にならんとしているのに。矍鑠としている上、生気が見えるほどだ。
なるほどこの男こそが、あの第2次世界大戦と戦後の混乱する世界で難局を乗り切り、帝国を確固たるものへとしたのだ。
世代交代を進めたがっており自ら率先して役職から引いたというのを眉つばに思っていたが、この人物を前にしたのなら納得できる。

「それに、私は君の捜査を邪魔しに来るような了見の狭いことはしていない。むしろ逆だ。思う存分やってくれと言いに来たのだ。」

「しかし、今回の殺人事件――国情(国家公安情報庁)が動いているほどのヤマです。それを利用してもみけしを図ってきた山賀代議士をはじめとする一派の力は政治的に――」

「だから私が来たのだ。」

嶋田は肩をすくめてみせた。
刑事部長が言葉を継ぐ。

「嶋田元帥には、たまにこうしてお出まし願うことがあるのだよ。海軍は、というより嶋田閣下の繋がりのある人脈は絶対中立だ。これまでも、これからも。例外は政治的な動きで司法や行政を阻害しようとする者がいれば、カウンターを加える。それだけだ。」

「噂は聞いたことがあります。明治維新以前から活動し、この国を若く、そして公正に発展させることのみを目的とした政治組織があると。」

「君も来るかね?・・・いや、言ってみただけだよ。何しろ入ったら入ったで調整やら仕事に追われて何十年かを過ごすことになる。栄誉栄華とは程遠いからな。」

「感心はしません。ですが、存在理由に納得はしています。」

だろうな。と嶋田提督は頷いた。

「ここで誓っておこう。我々は君らに干渉はしない。するとしても筋は通し道理も通す。君は、その信じる正義と帝国の国民の安寧のために働いてくれ。我々はいつでも手助けをしよう。」

嶋田提督は、「これから親戚の子供相手に土産を買っていかなければならない」と笑って、警視庁庁舎内の購買部へ向かうと言い、ひらひらと手を振って去って行った。

「ふう。寿命が縮んだよ。――十津川君は運がいい。あの方たちは俺のような打算にまみれた男には冷たいが、君みたいな叩き上げには優しいのだ。」

「はぁ。」

「行け。今日は君の顔を見ていると、俺が出世のために払った代償を思って当たり散らしたくなるから。ああ、今度の忘年会の勘定は俺が持つ。代わりにいい店を教えてやるから皆を連れて飲みにきてくれ。俺とお前で適当な時に抜ければいいだろ。」

刑事部長はそう言って、机の書類の決裁に戻った。

「失礼しました。」

十津川は思った。
あの爺様たちも御苦労だが、なるほど、この国はまだまだあの人たちを必要としているのか、と。
坂の上の雲は、十津川にとっても彼らにとっても、まだまだ彼方にあるのだろう。

286 :ひゅうが:2011/12/07(水) 03:17:56
【あとがき】――ギャグと不幸が似合う嶋田さんですが、部下たちから見るとこんな人なのかもという一本です。
        なお、某警部はこの頃から捜査一課の班長をやってますので年代はあっている・・・筈?

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最終更新:2012年01月04日 08:38