741 :ひゅうが:2016/08/23(火) 16:33:17
艦こ○ 神崎島ネタSS――「第二次上海事変」その8
――同 (非公式)日本租界境界
「だそうな。」
「いやですねぇ。街道上の怪物よろしく敵を防ぎ、その先では装甲車を先頭に避難民を守りつつ撤退戦を行うとは。まるでスターリングラードだ。」
「いやいや、私たち、ドイツアバター。」
「細かいことはいいんです。バウアー中尉。」
自分たちが乗っているのもアメリカ戦車ですし。という副官相手に、バウアーは苦笑した。
妖精さんという生き物は、基本的に無個性だ。
しかし史実やどこかの平行世界から得た記憶や情報…SF的にいえばクオリァを手にすることでまるで人間のように振る舞うことになる。
実際、生物学的には人間そのものなのだ。
神崎島の住人は、そのようにして今も増えている。
「それより、間に合うと思いますか?」
「間に合わないだろうねー。」
正常性バイアスというものがある。
なまじ安定した社会に住んでしまえば、異変への対応は遅れてしまうのだ。
誰かが逃げるまで逃げない。
これは津波や増水した川における多くの悲劇を生んでいる。
戦争もこれらと基本的には同じなのだ。
「お・・・あきつ丸さんの護衛でやってきた駆逐艦が黄浦江へ突入するらしいですよ。」
「ありゃ。よくやるねー。誰?」
艦名は、とは聞かない。
「第6駆逐隊です。『暁』『響』『雷』『電』。」
「よりによってあの四人か…。大丈夫なの? うちの艦娘たちって対人戦は。」
艦娘は基本的に心優しく善良な種族である。
しかも凄惨な戦争の記憶を持っている。対人戦闘に供して悪意をぶつけられるのに慣れているのか?
とバウアーはいった。
まかり間違って深海墜ちしてしまったら色々とまずい。
色々と過保護である神崎提督が、日本側の強化に乗り出したのはそうした心配もあった。
「ま、大丈夫でしょう。」
あの子たちが嫌っているのは、無意味な使いつぶしの果てに守るべき対象から石もて追われることですからね。
そう副官はいった。
「そうでなければ大楠公みたいに何度も生まれ変わって提督のもとにやってきますよ。」
「おおこわいこわい。提督は逃げられないじゃない。」
「何を今更。艦娘という存在に捧げられた生贄でもあるのが提督という職業ですよ。
むしろ神崎の大将はうまくやっている方でしょ。」
「共依存になりそうでならないからね。」
742 :ひゅうが:2016/08/23(火) 16:33:59
『隊長。こちらサトウ。』
無電が入った。
斥候に出ていた佐藤曹長だ。
『提督の悪口もいいですが、それより朗報です。
「梨屋」からの伝言です。』
「梨屋?…あの梨屋か!?」
「隊長。キャラ崩れてます。」
「うるさい。それで?」
『バンドへ向けて租界民を脱出させる手筈を整えたとのこと。さすがですな。』
「それを聞いて安心したわ。それでルートは?」
『エドワード7世通りです。爆撃を受けたところがかえって安全だそうで。』
梨屋、すなわち果物店の丁稚から身を起こした上海の顔役であり銀行経営者の杜月笙。
彼は義に篤く、いわゆる「大人(ターレン)」という中華的な大人物でもあった。
だがその裏の顔は、隋の煬帝の時代の大運河建設の労働者にその源流を持つ秘密結社のボスにして、上海の夜の支配者である。
当然ながら、租界各地で白人にやとわれる人々は彼と繋がっており、その情報網はあらゆる場所を網羅している。
「了解。まだ5万人もいるけど、とりあえず米軍上陸までそこを死守しなければいけないわけね。
上特(上海特別陸戦隊)には連絡した?」
『これからです。』
「なら早急に。徒歩(かち)では間に合わないから用意ができた車から順次発進。復唱不要。」
『了解しました。途中で中村を拾っていきます。オワリ。』
裏社会の悪党のような顔をした佐藤の顔が無線越しにも歪むのが分かり、バウアーもつられて笑った。
「というわけで、第1小隊はエドワード7世通りに布陣。上特には歩兵携行対戦車火器は…もう渡っているよね。なら陣地構築を急がせて。」
「さすがに集中しなくともいいのでは?」
「いや、避難民の群れよ?」
「ああ…それごと撃ってきますね。間違いなく。」
「まさか細い路地に戦車ってことはないでしょ。」
「あ。フラグがたった。」
「…一応、予備兵力は用意しとこうか。」
バウアーのアバターは、そうしたフラグをよくたてることで有名だった。
743 :ひゅうが:2016/08/23(火) 16:36:00
【あとがき】――作中に登場した御仁は実在します。
最終更新:2023年11月23日 13:27