550 :名無しさん:2011/11/09(水) 13:30:02

 ――夢の翼は東へ向かう――


「我が社と提携したい、と?」

「はい。私どもとしては、そう考えています」

 1929年11月某日。
 その日、ジョン“ジャック”=ヌーデセン=ノースロップは、自らが興した<アヴィオン>社の社長室で来客を迎えていた。

「提携……と言いますが、我が社の現状は“これ”です。果たしてそちらの利になるんでしょうか?」

 そう言いながら、ジャックは疲労が垣間見える表情で社長室を見回す。
 接客をするために必要な最低限の机と椅子。意地でも売らなかった小さな製図台。
 たったそれだけしか置かれていない質素な部屋が、彼の会社が置かれている現状を如実に表している。

 暗黒の木曜日にウォール街で生まれた魔物が世界を駆け巡って早数週間。
 数多の企業が放り込まれた大恐慌という名の魔女の釜底で、ジャック率いる<アヴィオン>は今まさに煮溶かされようとしていた。
 史実では革新的技術である、ノースロップ式全金属製多桁式応力外皮構造を発表した事で航空界で一躍有名になった彼だったが、
この世界においては、クラサキという日本の技術者が同様の構造に一足先に辿り着いており、彼が辿り着いた頃には既に二番煎じへと成り果てていた。
 つまるところ、この世界の彼は“革新的技術を生み出した先駆者(パイオニア)”ではなく、米国で群雄割拠する“新興航空機開発企業<アヴィオン>の一社長”でしかなかったのである。

 そして、実績が無い者に手が差し延べられるほど、情勢は優しいものではなかった。
 あの日以降、ジャックは考えつく限りのありとあらゆる金策に奔走したものの、それらは尽く失敗に終わっている。
 最終的に彼の手中に残った選択肢は、たった二つ。
 連邦政府の支援を受けた<ボーイング>が中心に大手数社が統合した巨大複合企業<ユナイテッド・エアクラフト・アンド・トランスポート>―――<UATC>への吸収合併。
 若しくは、このまま座して死ぬ―――つまりは倒産である。

 倒産は論外。では、吸収合併だろうか。
 だが、この残された吸収合併案でさえ、ジャックと彼に付き従ってくれた<アヴィオン>の社員達にとっては、破滅より少しばかりマシな程度の最悪なものであった。
 何故ならば、無名企業を吸収してやるんだから有難く思え、と言わんばかりの苛烈な条件が付随されていたからだ。
 もちろん、ジャックは何とか救いを求めて交渉を重ねた。しかし、<UATC>側が強気の姿勢を崩す事は無かった。
 首を吊りたいのなら、蹴ってくれて構わない。交渉の席で<UATC>側は、ジャックにそうとまで告げていた。
 先程も述べたが、この世界の彼には実績がほとんどない。
 実績がない新興航空機開発企業と、連邦政府の支援を受けた巨大複合企業の力関係は火を見るより明らかであった。

 最早全てを諦めて<UATC>という血も涙も無い悪魔が乗り合う救命ボートにしがみつくしかないのか。
 そう考え始めていた矢先の話である。
 横から突然、小さな板切れが流れてきたのは。

551 :名無しさん:2011/11/09(水) 13:30:42
「私どもにとっては、貴社との提携は絶対の利益になります」

 ジャックと机を挟んで相対する若い日本人の男、葦原雄一は力強く断言する。

 葦原がジャックとの面会を求めてきたのは、つい昨日の話だ。
 先の<UATC>への吸収合併の如何で連日頭を悩ませていたジャックだったが、とりあえず話を聞いてみようという社員の一人に促される形で葦原との面会を行なった。
 そこで提示されたのが、彼が率いる<葦原発動機製作所>という日本の航空発動機開発企業との業務提携案であった。
 当初、ジャックは何かの間違いではないかと思った。
 日本の大手企業が<ボーイング>や<ロッキード>、<プラット・アンド・ホイットニー>といった企業群に買収攻勢を仕掛けているという話は彼も耳にしている。
 <UATC>の設立と、連邦政府の強力な支援もそれが関係しているというのが専らの噂だ。
 だが、それはあくまでも雲の上。大手に限っての話だと彼は考えていた。
 そんな関係無いと考えていた話が今、彼の<アヴィオン>へと向けられている。そう思っても仕方が無い事だろう。

 しかし、話を進めていくうちに、この話は間違いでも冗談でもないとジャックは理解する。
 葦原は明確に、彼と<アヴィオン>を求めていたのだ。

「何故、そうだと断言できるのですか? 一体、何が貴方達の利になるのですか?」

 酷く乾いた口から、ジャックは言葉を搾り出す。
 交渉事は嫌というほど経験してきた。
 だが、ここまで相手の真意が読めない交渉は初めてだった。
 何故なのか。
 何故ゆえ、風前の灯である<アヴィオン>を求めるのか。

「それは貴方が先駆者(パイオニア)だからです」

 内心困惑するジャックに対し、葦原は懐から取り出した数枚の紙片を差し出した。
 その紙片を恐る恐る受け取ったジャックは、紙片に書かれたイラストへと視線を落とし―――

「こ……これは……!?」

 ―――次の瞬間、大きく目を見開いた。

「荒唐無稽と言われた父の……葦原國雄の夢です。これを叶えるために、貴方の力がどうしても必要なのです」

 ジャックが求めて止まなかった、彼が求められる理由。
 それは彼がここしばらく忘れていた、熱き情熱にあった。



 それから、一週間後。
 <アヴィオン>社は<UATC>社への吸収合併を拒否。
 残っていた会社施設と資産の全てを、国内への残留を望んだ<アヴィオン>元社員の雇用を条件に<ダグラス・エアクラフト>社へ譲渡し、アメリカ合衆国内から姿を消す。
 ジョン“ジャック”=ヌーデセン=ノースロップと、彼に付き従う数百名の社員達は共に海を越え、大日本帝国へと移住。
 <葦原発動機製作所>と提携し、<ノースロップ=葦原>として新たな道を歩み始める。
 初めは旅客機や練習機の製造やノックダウン生産で堅実な会社運営を行なった<ノースロップ=葦原>であったが、
世界に先んじた<イエンドラシック>ターボプロップ発動機シリーズの開発や<富嶽>計画への参入を皮切りに意欲的な展開を開始。
 戦後、<葦原発動機製作所>と業務分離し、カリフォルニア共和国で残存していた<ダグラス・エアクラフト>との合併を成し遂げ、
<ノースロップ=ダグラス>となった後も<葦原>グループの重要な柱として隆盛していき、貴重な米国成分を残す航空機を送り出し続ける事となる。



 叱られたのでカッとなってやった。反省はしていない。
 ついでにフリーダムファイターやスカイホーク、ホーネット、ブラックウィドウの生存フラグも立てたけど後悔はしていない。

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最終更新:2012年01月07日 01:12