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支援2_名無し三流さま_芬蘭の冬
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325.
名無し三流
2011/06/08(水) 22:38:25
フィンランドのサンタ達はどうしているんだろうという事でSS投下。
***
「ふぅ、今日は随分と冷え込むな」
1943年、『冬戦争』と呼ばれる戦争に"一応の"決着が着いた日。
シモ・ヘイヘは住む町の教会に来ていた。そこには見るからに軍人然とした男や、
十代の女学生など、実に様々な人々が集まっていた。
「あの戦争から、もう3年も経ったってのか……
全く、コッラー河でサブマシンガンを撃ってたのが、
つい昨日の事のように思えてくる事が今もあるんだがなァ」
ヘイヘの後ろで、軍人らしき壮年の男性が呟く。
彼はその呟きを聞いたのか聞かなかったのか、狙撃銃が収まる位の大きなケースを手にしながら、
他の多くの人々と同じように教会の墓地へと足を向けた。
ヘイヘらが来た墓地は、他の墓地とは区切られていた。
そしてそこの墓標には、『スズキ』『タナカ』など、いかにも日本人らしい名前が刻まれていた。
ヘイヘはその墓石の1つの前に歩み寄ると、持っていたケースを墓前に置いて感慨深げに開き、墓へ向けて言った。
「君のくれた銃はちゃんと手入れしているから安心してくれ。
またソビエトが攻めて来るような事があれば、これで君の分まで戦うから」
ケースの中に入っていたのは、はたして日本製の狙撃銃であった。
これは冬戦争真っ只中の時に、日本人義勇兵の1人がヘイヘに贈ったものだった。
ヘイヘは使い慣れているモシン・ナガンやスオミ KP/-31の方が良いからと言ってそれを固辞したが、
彼のフィンランドの雪を全部溶かしてしまいそうな程の熱意に折れて結局はこれを受け取った。
そしてその男は、冬戦争終戦間際にその命を落とす事になる。
ヘイヘを赤軍兵士の銃撃から庇って。
提督たちの憂鬱 支援SS 〜芬蘭の冬〜
フィンランドと日本の友好関係は、冬戦争によってその天井を破壊された。
周囲の国々が日和見を決め込む中で、義勇軍を、それも遥か遠くの極東から送ってくれた日本という国を、
多くのフィンランド人が自国のパートナーとして素晴らしいと考えるようになったのである。
そして日本人もまた、冬戦争から凱旋してきた義勇兵の語るフィンランド軍の超人的な戦いぶりや、
現地でのフィンランド人住民の親切さ(自分達を助けようとする人に親切にする事は当然なのだが…)に感心し、
「隣の支那人よりも遠くの芬蘭人」という笑えない冗談をまことしやかに囁いたりしていた。
そういった事で両国の交流は民間の範囲まで広がり、
「毎年の冬戦争終結の日に、日本の神社ではフィンランド軍の戦没者を、
フィンランドの教会では日本人義勇軍の戦没者をお互いに追悼しよう」
という動きにまで発展していく事になったのである。
草の根がこうなのだから、それ以外の分野は言うまでもない。
326.
名無し三流
2011/06/08(水) 22:39:16
「日本製の工作機械は中々に良い仕事をしているようだな。
冬戦争で失った工業都市を補うまでには至らないが、兵器の精度は良好だ。」
冬戦争を戦い抜き、今やフィンランド随一の英雄となったマンネルヘイムは報告書を見て言う。
冬戦争はフィンランドから重要な工業地帯を奪ったが、同時に貴重なものももたらした。
それは戦車を含む大規模な義勇軍を派遣した日本との友好関係、
そしてそれに伴った日本製機械の入手と、日本流の戦術の経験という、かけがえの無い物だった。
スキーを使った雪上での一撃離脱はフィンランド軍でも早くから行われていたが、
義勇軍はそれをスノーモービルによってやった。スノーモービルは大型でエンジン音もある等、
スキーよりも劣る所はあったがその積載量や機動性、何より乗り手の疲労が少ないという利点を活かして、
スキー部隊に勝るとも劣らない活躍を見せた。
また、空での戦いにおいても無線機とレーダーを使った緊密な連携はソ連の爆撃隊に大損害を与え、
空の壁を突っ切って来た敵を高射砲が迎え撃つという二段構えの防空作戦を見せる。
ソ連自慢の機甲軍団も、それを上回る優秀な97式戦車と、
歩兵の携行する対戦車ロケットにより文字通り消滅していった。
勿論日本側は「これも芬蘭の奮戦があったからこそ光ったもの」と謙虚な姿勢を崩さなかったものの、
実際にその恩恵を受ける事になったフィンランド側は必死に日本から技術や戦術のノウハウを吸収しようとした。
日本義勇軍に参加していた宮崎繁三郎は、フィンランド軍の人々が非常に勉強熱心なのに驚いたと後に語っている。
彼らのたゆまぬ努力は、フィンランド軍の能力を確実に高めていた。
軍は冬戦争で大活躍したスキーやスノーモービルの導入を推し進め、
また夏季戦闘にも対応できるように自転車やトラック、装甲車なども積極的に導入。
これら機動力を高める兵器を多数配備し、モッティ戦術に特化させた部隊を新たに作ったり、
主要都市の近辺にはレーダー網を中心にした早期警戒態勢を構築したり、
航空部隊も従来の格闘戦の他、義勇軍がよく使った一撃離脱戦法も訓練し、
機種の特徴や状況に応じてこれを使い分けられるよう指導をしていた。
史実では戦場で鹵獲したT−34をその場で修理して使っていたという伝説まで残るフィンランドである。
日本はこの強化ぶりを見て素直に驚く者が多数だったが、そのような伝説がある他にもLinax発祥の地であったり、
世界有数のハイテク企業を持っていたりした国である事を考えれば有り得る話だと辻、嶋田らは納得していた。
そんなこんなでフィンランドもまた、冬を迎える事になる。
大国ソ連を相手に一歩も退かず自らの独立を守ったとして有名になったこの国が、
これからどこへ進んでいくのか。いつにも増して厳しさを増す北欧の寒気は、誰にも教えてはくれなかった………
〜 f i n 〜
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