550: 陣龍 :2018/01/03(水) 21:17:10


        • 神崎島島内『神崎球場』前

「おう、来たか」
「す……すまん……遅れた」
「気にしなくても良い。コッチも実はついさっき慌てて走って来たところだしな」
「そう言う事だ。気になるんだったら何か奢ってくれ」
「調子に乗んなアホ」

 荒い息をして謝る青年に対して、全く怒る気配も無く逆に少々おどけた調子で答える同年代の青年たち。神崎島製の衣類を纏った彼らは、どういう訳か着慣れていない様子と共に行動の一つ一つが自然と洗練されているスマートさを醸し出していた。


「それより、速く行こうか。今四回戦に入ったところだそうだし、十分観戦出来る」
「そうだな……第33回・神崎島野球交流会。しっかりと調査しなければ」
「で、ビールやらに対する本音は?」
「……回答は控えさせて貰う」

 彼らは、日本本土出身の士官達。神崎島に研修やら研究やらの要件で来訪、滞在していた彼らは、神崎島に来島後初めて休日に集まり、神崎島に唯一存在するドーム球場の『神崎球場』にて野球観戦をするつもりだった。服務規程?
大丈夫、コレも調査の一環だから(強弁)


―――神崎島ネタSS『とある週末の娯楽スポーツ事情(+α)』



「うん、此処で間違い無いな」
「しかし……人が多いな。見た所、殆ど満員だ」
「それに熱気もだ。老若男女問わずに、楽しんでいる。確か、試合終了時刻頃に電車が出るとか言う話が有ったが……」
「ドーム球場ねぇ……本土でこう言うのが建造出来るのは、何時になるんだろうなぁ」


 何処かお上りさん見たくキョロキョロするのを持ち前のスマートさで様にしながら席に到達した青年たち御一行。周囲では家族連れだったり同年代、同性同士のグループだったり恋人同士と思わしき組み合わせの面々が、それぞれ楽しそうにわいわい騒ぎながら観戦していた。


「……所で、一つ良いか?」
「うん?」
「俺達が言えた事では無いが、貴様が遅れた理由は一体どういうことだ?少なくとも貴様は、待ち合わせ時刻に遅れる事は先ず有り得ない性格だろう」
「ああ、それな……」


 背負っていた背嚢(神崎島で購入したリュックサック)を置きつつ、ふと思った疑問を振った青年に対して、振られた話題に遅刻者の青年は煤けた微笑みを浮かべて遠くを眺め出す。視線の先にはドームの天井しか見えないのだが。


「……第二次上海事変、あっただろ」
「ああ」
「……それで、神崎島から援軍とか出ただろ」
「ああ。……おい、まさか」
「……『陛下の御料地を占拠する夷敵共を排する絶好機』とか言い出し始めた底抜けの馬鹿共を纏めて監獄に逮捕して叩き込む作業で、此処に来るのが遅れちまってな……作業自体は、特高との共同で割と早く終わったんだけどな」


哀愁漂う余りに、彼個人の周囲が何やら白く灰に包まれる幻想が見え出した中、周囲の青年たちは無言で彼を座らせて肩を叩き、労を労うのだった。不幸中の幸いと言っては何だが、言い出した底抜けの馬鹿共の中に現役軍人は居なかった事、何かやらかす前に一網打尽に出来た事、捕縛者は全員日本人かつ外国との関わりが皆無だった事、総評して『政治的意図は殆ど無い欲の皮が突っ張った脳無し銭ゲバ連中による策動』であったぐらいだろうか。護衛兼特攻兼トカゲの尻尾切り要員らしい元大陸浪人や裏社会系の人間がそれなりに居たが、そんな事は知った事では無く関係者全員豚箱一直線である。

551: 陣龍 :2018/01/03(水) 21:20:36


「……お疲れさん。苦労したんだな」
「ああ……ただ、特高の面々と以前とは話にならん位に良性の関係と連絡体制が構築出来る様になったのは有難い限りだったが」


 その関係性転換の原因が、それぞれに相応の予算が与えられる代わりにカタログ的正面軍備以外の多くが不足する大日本帝国の中でも特に不足しており、結局一から建造し直す羽目になった防諜体制やノウハウの製作によって壊滅した休日を得る為の共同体制だと言うのが、何とも言えないが。恐らく日本に官僚組織が作られてから史上初なのでは無いのだろうか。出世でも利権獲得でも無く、ただただ休暇を得る為だけに一部職域が被っている別組織と本気で共同体制を創り出すと言うのは。


「……因みに、そう言う貴様らはどういう理由で遅れたんだ?」
「……まあ、コッチもこっちで情けない話さ」


 お返しとばかりに同じ話題を振られた側も、つい先ほどの青年と同じ程度に煤けた笑みと遠い目で答えだす。神崎島の便利雑貨屋(コンビニエンスストア)にて販売されていた拳闘(ボクシング)漫画のとあるページ並に燃えて尽きた雰囲気が何とも痛ましい。


「戦訓研究の一環で、要員の交代制並びに休養確保体制の訓練と講習を行っていたんだが」
「既に『休養を取るとは軟弱な、帝国軍の恥晒しが』とか言い出す輩の嫌な光景が浮かんで仕方が無いぞ」
「安心しろ、貴様の想像通りだ」
「……で、それから?」
「言い出した奴は『超甲種訓練』に参加する様に命令されて強制離脱。俺達は連帯責任で色々と報告書だの研究だのをする羽目に合って、この結果だ。まあアイツの馬鹿な発言を止められなかったのが悪いんだ、仕方が無い」
「……災難だったな」



 肩を落として俯く青年に、背中を軽く叩いて慰める青年。尚『超甲種訓練』の内容は公表されていないが、受けた帝国軍人は例外無く真球の様に丸い性格と部下を絶対に殴ろうとしない部下思いに、そして異常なまでに補給体制の完備に執念を燃やす性質へと訓練期間の一週間で変わっていた。最早『変わる』と言うより『改造される』と言う位に、受ける前と後では中身が違い過ぎる変貌振りだが。



「流石ニ野球観戦ニ来テマデ仕事ノ事ヲ愚痴ッテイルノハ如何カト思ウゾ君達」
「え……あっ!?しっ失礼……」
「イヤ、コンナ所デマデ敬礼ハ要ラナイヨ。何方トモ完全ナ休ミダシネ。マ、私ハあるばいとシテルケド。ソレデ、何カ注文ハ有ルカナ?」
「アッハイ……えっと、じゃあ、このビールとアメリカンドッグを……」
「自分は……お茶、それと焼き御握りに焼き鳥を御願いします」
「ええっと……コーラと、ハンバーガーで」
「ハイ、アリガトウゴザイマス。御代ハ此方ニナリマス」
「あ、有難う御座いますってやっす?!」


 受け取った領収書を見て思った以上に安くて体に染み込まされているスマートさもつい抜け落ちて素で驚いている青年を、口元に手を当てて軽く笑う純白ポニテ白髪の売り子さん。その名を空母棲姫、又の名を『空母お姉さん』である。おばさん言った奴には漏れなく2000ポンド爆弾が降り注ぐので悪しからず。


「……ところで、何故此処で働かれているんですか?」
「アハハ、チョット仲間内デ麻雀シテ、チョット負ケ超シチャッタノ。ダカラ懐暖メヨウカナッテ思ッテ」
「そ、そうですか……」


 お茶目に右手拳を頭に当てて首を傾げながら軽い調子で話す彼女に対し、何とも言えない表情で一言だけ返すしかない青年。因みに、その麻雀での一位は陸奥、二位があきつ丸、三位が空母棲姫でド断トツ最下位がレ級の順位であり、懐が素寒貧なレ級は泣きながら鎮守府の掃除や洗濯、又事務仕事で懐に薪をくべる作業をしていると言う。尚大勝利した陸奥は帰りに財布ごと麻雀での稼ぎを何処かに落としてしまい、翌日偶然財布を見つけた榛名が届けるまで血眼になって探した末に真っ白になっていたそうな。


「……オ、相変ワラズ良イ投球ヲシテイルネ、沢村投手。球ガ雷ノ様ニ奔ル奔ル」
「えっと……対戦相手のレッドファルケンズを今までランナー零人で抑えてるんですね」
「エエ。マア、相手ノ石丸投手モ、シルバーウィングス相手ニ一失点で抑エテイルカラ、マダマダ試合ノ行ク末ハ分カラナイワヨー?」

552: 陣龍 :2018/01/03(水) 21:25:10


 そう言って軽く笑う空母棲姫の言葉を裏付ける様に、球場に快音と大歓声が響き渡る。沢村投手が投げた剛速球を、レッドファルケンズの4番打者、景浦が完全に捉え、バックスクリーンに叩き込んだのだ。文句の着けようの無い本塁打に対して、打たれた沢村投手もマウンド上で苦笑いを浮かべている。


「……サテ、余リ長イ間此処デ油を売ル訳ニモ行カナイカラネ。ソロソロオ暇スルカラ、楽シンデネ?」
「はい、有難う御座います」

「すみませーん!こっちに焼き鳥とビールと焼き御握りを……」
「ハーイ、ゴ注文有難ウ御座イマース♪」



 何だか意外な人の意外な姿を見て狐に包まれた気分になった青年たちで有ったが、暫くもすればそんな気分も、空母棲姫が来る前までにどんよりと曇っていた気分も何もかもが何時の間にか消え去っていった。


「おおっ!あれを取るのか!凄いな」
「あの場所から投げてアウトにするのか……」
「なんとまあ、豪快な振り回しだ……派手なのは良いが、三振じゃ意味無いが」
「うぉっ、危なっ……思わず捕ってしまったが、良いのか?」
「そんな貴様に朗報だ。素手で捕った事が観客ファインプレーだとかであのデカい映写機機にデッカク写ってるぞ」
「何ィ?!そんな事されるなんて聞いてないぞ!?」


――――今は、野球の時間である。













 因みに余談では有るが、件の『超甲種訓練』に強制参加させられた士官も漏れなく部下思いで補給や休養をを重視する性質に変貌していたのだが、帰還して暫くの間は寝ている最中に突然錯乱した様に暴れ出したり、『水を、食べ物を』『休ませてくれ』
『弾が無い、戦えない』等の寝言が頻発していたそうな。

553: 陣龍 :2018/01/03(水) 21:26:47
以上終了となりまする。本土から来た憲兵とか士官とかが休みに集まって視察とか調査だとかの名目で
気楽に野球観戦するだけのお話。どっかで見た様な野球選手がいる?キノセイジャナイカナー

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最終更新:2018年01月08日 13:06