426 :earth:2012/01/08(日) 21:49:26
防衛軍が進まないのでこんなネタ
『マスラヲ』ネタを含みます。
デザリアム戦役、その後の銀河交差などの大災害が続き、ここ数年、地球防衛軍はてんてこ舞いの忙しさだった。
中でも地球防衛軍の頭脳と言われる統合参謀本部議長(以降、議長)は政府と軍の調整で大忙しだった。
「死ねる……」
親しい人間からは参謀と呼ばれる男はそう言って議長室で項垂れていた。
目下、彼にとって大きな問題は今後活発になる星間外交をこなせる人材が少ないということだった。
防衛軍の宇宙戦士はガミラス戦役の弊害で、外交をこなせる人材がいないのだ。本来は外交官の仕事なのだが遠方に航海する
艦だと、艦長が外交官としての任務もこなす必要がある。艦長が無理なら外交もこなせる宇宙戦士を乗せ補佐する必要がある。
「地味だが教育に予算を掛けるしかないか」
そう呟いた後、ノックの後に、この人材不足の中で期待の新人と転生者間で言われる人物の声がした。
「……ふむ、来たか。入れ」
そう言って入ってきたのは一人の目つきが悪い青年だった。
「ほ、報告書です」
「ふむ……」
議長は報告書を受け取ると、素早く読み進めていく。
「よくやった。君のような人間がもっといれば楽なのだが」
「いえ、そのようなことは」
「謙遜しなくてもいい。沖田艦長や土方提督も評価している。もっと誇りたまえ。川村君」
議長の前に立っているのは川村ヒデオ。かつての世界では未来視の魔眼の持ち主とさえ言われた男だった。
「それと議長、その」
「すまないが君がこの世界にどうしてきたかはわからない。それに君がタイムトラベル、いや世界を移動してきた
という証拠が少ないから政府を動かして調査ができないのだ。一部の協力者だけでは限度があってな」
「……」
「すまないな」
「いえ、議長達がいなければ、僕、いえ自分は飢え死にしていました」
これを聞いた議長は昔のことを思い出していた。
427 :earth:2012/01/08(日) 21:50:18
彼がこの世界に来たのはデザリアム戦役後だった。
普通なら警察送りか、それ相応の施設に送られるところだったのを転生者仲間が拾ったことが事の始まりだった。
「川村ヒデオって、『マスラヲ』の?」
「ああ。それも最終巻で、蘇生する直前の状態だったらしい」
「馬鹿な。どうしてここに来るんだ? あのまま生き返ってスタジアムに戻るはずでは」
「まさかと思うが……二重銀河の崩壊の余波か? 派手に波動砲打ち込んだし」
「波動融合反応を利用した兵器の実験もしているしな……」
「ノアレが居ないということは、暗黒神にとっても予期せぬことだったということだろう」
「「「………」」」
紆余曲折の末、議長が身元保証人となり、ヒデオはこの世界での身分を得た。
そして転生者たちは彼に防衛軍に入隊してもらった。彼らは原作でのヒデオの実績(特に駆け引き)に期待していた。
戦闘馬鹿が多い防衛軍で、彼のように交渉での駆け引きが出来そうな人材は貴重だったのだ。こうして徹底した再教育の後に
彼は防衛軍で期待されたとおりの働きをすることになった。
「さすが聖魔杯で、力に頼らず、あの実力者達を相手に創意工夫で戦い続けただけのことはある」
議長は一連の報告にそう唸ったほどだ。
尤も休みの日にはやはり自室に引篭もっているので、ヒキコモリの性質は変わっていないようだったが。
「気にするな」
過去の回想シーンを打ちきって議長は笑いながら言った。だがヒデオは首を横に振る。
「いえ議長達には感謝してもしきれません。しかし何故、自分の話を信用してくれたのです?」
ヒデオの供述は普通なら狂人の戯言と切り捨てられるものだった。
しかし議長達はそれを真実を受け止めたのだ。
「……我々も超常現象を経験したことがあるのでね。まぁさすがに君のような経験(肉体ごと世界間移動)はないが」
「……」
「まぁ休んでくれ」
「はい」
そうしてヒデオは退室していった。それを見届けて議長はため息をつく。
「さて彼が元の世界に何時戻れるのやら……」
防衛軍を司る人間としては手放したくない人材だ。
しかし一人の人間としては彼が元の場所に戻れることを願わざるを得ない。
428 :earth:2012/01/08(日) 21:50:51
そんな議長の願いを他所に年月は過ぎた。
議長は連邦大統領となり、ヒデオはこれまでの外交交渉での功績から防衛軍で艦長候補の指導に当るようになっていた。
「もう、この世界で、骨を埋める覚悟がいるかも知れません」
「……すまないな」
大統領の言葉にヒデオは首を横に振る。
「いえ……一度は死んだ身ですから」
だがヒデオがもう少しで三十路という歳になったとき、皮肉にも次元回廊を通じて元の世界と繋がってしまう。
「この歳で戻っても……」
そう言いつつもヒデオは望郷の念を捨てきれない。これを察して大統領はヒデオ以下数名に現地調査を命じる。
正式な国交を結ぶことも考慮されたが、回廊がいつ閉じるか判らないこと、恒星間どころか太陽系内でも満足に移動できない
地球人類の前にいたずらに姿を現せば混乱の元になるということで、まずは調査が優先された。
「行ってきたまえ」
「はい」
こうしてヒデオは地球に戻る。知り合いに見つからないように気をつけながら。
聖魔杯が終って1ヶ月も経っていないこの世界では、ヒデオの死をまだ多くの人々が悼んでいた。
「ヒデオさん……」
婦警の北大路美奈子もその一人だった。暗い顔で街中を力なく歩く姿は痛ましいものであった。
ヒデオに好意を抱いていただけにヒデオの死は彼女にとってはショックだった。だがそれでも彼女は必死に立ち直ろうとしていた。
「いえ、もうそろそろ立ち直らないと」
ヒデオさんもそれを望むはず、そう思い直して彼女は過去に決別しようと決意する。だがその直後、彼女は信じられない光景を見る
ことになる。
「あれは……まさかヒデオさん?! でも歳をとりすぎているような」
429 :earth:2012/01/08(日) 21:51:24
ここで彼女が引き下がっていれば何事もなかっただろう。
しかし彼女はここで引き下がることなく、尾行した。そして決定的な言葉(ヒデオの独り言)を耳にする。
「8年ぶりか……しかし聖魔杯が終って1ヶ月も経っていない……時間の流れが違うのか?」
この言葉を聞いた瞬間、彼女は飛び出した。
「ヒデオさん!」
川村ヒデオ生還……この情報によって混乱の幕は上がる。
「マスターが?!」
「ヒデオが?!」
「ヒデオ君が?!」
ウィル子が、リュータが、鈴蘭が、他の聖魔杯の関係者達が動き出す。
かつて暗黒神から世界を救った英雄の帰還に誰もが色めき立つ。
8年ぶりの再会が世界に何をもたらすか、それは誰にも判らなかった。
最終更新:2012年01月25日 20:42