756 :1:2012/01/28(土) 20:18:03
最近、力作揃いのSSに正直、私がこういうとりとめもない話を投稿し続けて
よいものだろうかと悩んでしまいますが、また性懲りもなく駄文をお送りします。
この話は前に投稿した別の著作物の、ある家族の人の憂鬱世界でのお話の続きです。
お気楽な気持ちでお読みください。



提督たちの憂鬱 支援SS――「アメリカ海軍機動部隊ハ健在ナリ」

メキシコ沖の青い空を、覆いつくすような編隊が西へ向かっていた。
烈風・流星の編隊は世界最強の名にふさわしく、堂々たる編隊を組み、
攻撃からの帰艦途中にあった。

その中の一機の流星の左の翼に小さな穴が開いている
「駄目だな。どう計算しても母艦までの燃料が足りない」
操縦士の藤堂守少尉は航空図と燃料計を見比べながらうめいた。
「どうします?分隊士」
「覚悟しといた方がよいな、メキシコ沖で海水浴とはしゃれにならないけど」
「美人で有名なメキシコ女性と一緒なら、喜んで海水浴としゃれ込むんですがね」
「運が悪かったねぇ、相手が学生上がりの予備士官で」
開戦以来のベテランである偵察員の兵曹長は笑った。

日本海軍第三艦隊空母「飛龍」の流星。
エンセナーデ第二次攻撃隊として止めを刺したのだが、守の流星はそのうちの一機。第一次攻撃隊の爆撃で抵抗が弱くなっていたメキシコ軍の陣地に、大胆にも規定を超えた低高度での急降下爆撃を敢行したのだ。
爆弾は命中したが低高度での避退が仇となり、やけになったメキシコ兵の小銃弾が運悪く彼の愛機の燃料タンクを貫いたのだ。
普通なら防弾構造で穴はふさがれるはずだったのだが、愛知航空機の生産工場で工作に不備があり、ド近眼のバイト学生が検査でそれを見逃していたのだ。幸い漏れた燃料に火はつかなかったが燃料漏れは止まらず、帰りの燃料がなくなってしまったのだ。
「分隊士、攻撃隊長から連絡が!近くにアメリカ…、いや「カリフォルニア海軍」の空母がいるそうです。一時間ほどの距離だそうです、そちらに向かえと」
「了解」
守は流星を言われた方角に向け、単機編隊からはなれた。仲間の列機が手を振っている。

第三艦隊は占領したハワイから急遽メキシコ沖に展開した為、旧アメリカ海軍の残された本土の実戦部隊であるカリフォルニア海軍の連中とは会っていない。
「しかし、カリフォルニア海軍の空母に着艦とは…いいんですかね、この流星を奴らに見せても」
「かまわんだろう、日本はカリフォルニア共和国から支援要請を受けてるんだし。それにいずれ彼らの空母にこの流星が載ることにもなるからね」

アメリカ海軍、いやカリフォルニア海軍へは日本海軍によるてこ入れが決定している。対日戦用に陸上機ばかり生産していた為、艦上機はほとんどない。故に日本海軍より供与が決定したのだが、当面は烈風や流星ではなく旧式機が供与される予定だ。
「昨日の敵は今日の友とも言いますが…どうもまだ慣れませんわ。ほんの一月前まで奴らと戦っていたんだし」
「アメリカ合衆国が崩壊した今、彼らには自分を守るしかないしね。突然敵が味方になるのは欧州世界では昔からよくあることだったよ」

そんな話をしているうちに、カリフォルニア海軍が展開している海域に近づく。
ぽつぽつと駆逐艦らしい護衛艦と空母が見えてきた。

759 :1:2012/01/28(土) 20:25:52
2

「これがあのアメリカ海軍の全てか…」

守の印象だと「機動部隊」といわれると自分が所属している第三艦隊や第二艦隊を思い浮かべる。空母を中心に戦艦、巡洋艦を従えた威容、それは海の覇者を感じさせるものだった。

しかし今目の前に展開している艦隊は小さな空母1隻を中心にした10隻ほどの駆逐艦というこじんまりとした艦隊。
それがあの強大だった元アメリカ海軍の機動部隊の全てだった。

司令部から連絡が行っているのだろう、空母の管制官から連絡が入る。
「こちらは護衛空母「ボーグ」そちらは日本海軍攻撃機か」
「こちらは日本海軍空母飛龍所属、藤堂守少尉。貴艦への緊急着艦を要請する」
「確認、当艦への緊急着艦を許可する。着艦準備は整っている、着艦指示に従え」
「了解」
帝国大学でも英語は習っていたが、やはり打ち合わせも何もない状態で、知らない空母に着艦というの不安がよぎる。
守は空母に向かった。
「うわー、分隊士、小さな空母ですよ」
風防をあけて身を乗り出して前方を見る兵曹長が言った。
「わかってる、何とか着艦させるよ」
守は身長に操縦桿を操りながら言った。
「9」と数字の書かれた小さな空母の甲板に機体の姿は見られなかった。攻撃で出はからっているか、守の着艦に備えて甲板を空けているのだろう。
カリフォルニア海軍空母は日本海軍のような着艦誘導装置はない。艦尾に旗を持った者がいる。守の機体を見て左右に身体を傾けている。
たぶん着艦誘導員だ。

守は流星を操り、空母上空を一度フライパスする。
小さな空母はメキシコとの開戦以来、出ずっぱりなのだろう、少し薄汚れている。
「さて、どうしようか、飛行甲板に着艦できたとしても…」
「アメさんの着艦制動策が持ってくれるかですね、駄目だったら…」
「アメさんのトンボ釣りの近くに着水だな」
「難儀やなぁ…結局海水浴か…」
「しょうがないよ…さて、行くか」
守は流星を着艦コースに乗せる。

守と兵曹長はカリフォルニア海軍護衛空母「ボーグ」の士官室でコーヒーを飲んでいた。
「しかしやはり、日本海軍のパイロットの技量はすごいものだな。あんな大型機をこんな小型の空母に無事着艦させるとは」
守たちの相手役を勤めている海兵隊少尉が関心したように言っている。
「こちらは内心ひやひやものだったけどね」
守は苦笑しながらコーヒーを飲んだ。

守は空母「ボーグ」に流星を無事に着艦させていた。ボーグの着艦制動策は流星を制動させてくれた。
しかしそれでも目の前にバリヤーが迫った距離だった。何とか突っ込まずにはすんだが、迫ってくるバリヤーに守は肝を冷やしていた。

エンジンを止め、守と兵曹長が甲板に降り立つと、甲板上はなんともいえない雰囲気だった。
最初に近寄ってきた甲板員の目には明らかに戸惑いの色があった
無理もない、日本人を見るのは初めてだっただろう。
それに兵曹長が言ったようにほんの一ヶ月前まで敵だったのだ。
守は今回が初陣だったが、彼らは日本人相手に戦っていたのだ
彼らの仲間も戦死しているだろう。
それが突然、アメリカ降伏という形で戦争が終わった上に
残された彼らの国土を守る為、敵であった日本人が急に味方だと言われても、彼らが戸惑うのも無理はないのである。

守と兵曹長はバツの悪さを感じ、機体の状態を確かめようと流星の下にもぐりこむ。
左の翼内タンクがある辺りに小さな破口が生じていた。
「意外と小さな穴だな」
兵曹長が小さな穴に指を突っ込む。
「防弾タンクの中のゴムが防げなかったんですね。これじゃ燃料が漏れるわけだ。よく火がつかなかったですね」
兵曹長と話していると米兵が集まってきた。初めて見る流星に興味深々で近寄ってきたのである。

760 :1:2012/01/28(土) 20:29:15

3
「これがリューセイか」
「何だこのエンジンは。こんなの見たこともないぞ」

米兵たちが機体を取り囲んで機体を触りだした。
整備班員だろう、珍しい黒人の士官らしい男が機体の下にもぐりこんできて破口を触りだした。一人の士官らしい男が帽子を取って一緒に見ている。禿げた頭が印象的だったが熱心に機体を触っている。
アメリカ海軍にとって日本機、特に戦艦を撃沈した流星は、アメリカ海軍軍人にとってそれだけインパクトが強いのだろう。

「直せますか?」
「穴をふさぐことぐらいワケはない」
黒人の整備士が答えた。
「時間はどれぐらいかかりますか?」
「すぐ、と言いたいところだが、少し時間がかかるな。穴は簡単だが俺は他にも見たいところがあるんでね」
とこちらを見てにやりと笑う。
守と兵曹長は顔を見合わせてやれやれという表情をした。
技術屋共通の好奇心には泣く子も勝てない。
「なに、修理する間、艦内でゆっくりしていけばいい」
そう言った脇の士官が振り返ってフランス語訛りで言う。その男の肩章の筋の数は4つだった、大佐だ。
守は慌てて敬礼した。
「失礼いたしました藤堂守、日本海軍少尉です」
「私はロキュータス大佐、当艦の艦長だ、護衛空母ボーグへようこそ。さてアメリカ合衆国海軍をつぶした飛行機がどんなものか、しばらく愛機を見させてもらうよ」
艦長は不敵ににやりと笑った。
やがて整備班長の指示で整備員たちが機体を押し始める。前のエレベーターで格納庫に流星を降ろすようだった。

「日本海軍藤堂守少尉ですね、コンドラチェンコ海兵少尉です。」
士官室のソファに身をちじこませた守の所に、オリーブドラブの制服に身を包んだ海兵隊士官がコーヒーとクッキーを持ってきた。兵曹長は下士官室に連れて行かれたらしい。
守は一瞬尋問でも始まるのかと思ったが、彼らは海軍の伝統にのっとり階級別に応対しているらしい。搭乗員なら待機所に放り込んでくれたら兵曹長と一緒に居れたのにと思ったが、そこはカリフォルニア海軍もアメリカ海軍の伝統を受け継いでいる存在。海軍はどこまでも海軍なのだ。
「アルコールはイギリスや日本海軍では認められているようですが、当海軍では認められていないので、申し訳ない」
「いや、これから母艦に帰るので酒は」
「よかった、まあお客にアルコールを出せないとは無粋ですが」
そう言いながら少尉はコーヒーを進めてくる。
「パイロットたちは?」
「今はカリフォルニア国境に阻止攻撃に出ています。日本海軍がメキシコを押さえてくれるので心強い、現地では開戦直前からアメリカ人…、いや、旧アメリカ市民に対する暴行や虐殺が始まっていた。やつらがカリフォルニアに雪崩れ込んだらと思うとぞっとしますよ、何しろ僕は家族がサンディエゴにいるのでね」
「そうですか…ところでコンドラチェンコというと、あなたはロシア系なのですか」
「そうです。スターリンの暴政に耐え切れず、両親が親戚を頼って一家でアメリカに亡命しました」
「スターリンの政治はそんなにひどかったのですか?」
「ひどかった。父は農業学者でコルホーズに農業指導に行っていたが、あまりのむちゃくちゃな指示に絶望して一家を連れて亡命したんです」
「そうですか…」
「もっとも妹の名前は両親がスターリンの粛清を恐れてスターリナと名づけられたのは、今となっては皮肉ですがね」
「なぜ、軍に?」
「両親の稼ぎだけでは食えないのでね。ちょうど対日戦が始まりそうで軍も入りやすかったし…今となっては家族を守る為に軍に残っているようなものです」
そう言いながらコンドラチェンコ少尉は居心地悪そうに肩をすくめる。
少尉は顔に似合わず陽気で多弁だった。途中で守は愛機を見に行こうとしたが、少尉が
「彼らに任せておけば大丈夫です」と言って引き止められ、
「このクッキーはボーグの厨房員が作った手製ですよ、これを賞味しないわけには遺憾でしょうと」薦めてくる。
どうもおかしいなと守は思う。
少尉は守を士官室に長時間引き止める役割を持っているらしかった。
守は愛機の装備品の一部、特に敵味方識別装置や爆撃照準機など軍機指定になっていたので、それらを見られることを気にしていたのだが、よく考えればこれからカリフォルニア海軍に提供されるものだから別に見せてもかまわないだろうと思う。
 それでもやはり愛機から長時間引き離されるのは心細い。
 そのうち一人の男が入ってきて少尉に耳打ちをする。
「藤堂少尉、修理が済んだようです」
「ありがとう、早速チェックするよ」
これ幸いと守は立ち上がった。

761 :1:2012/01/28(土) 20:30:12
4

「ああ、分隊士よかった」
部屋を出ると兵曹長がほっとした顔で守を見る
「なんか時間がかかったね」
「穴をふさぐだけなのに…おかげでこちらは言葉がわかんないから、強面の軍曹相手ににらめっこですよ」
「こちらは取りとめのない話で、疲れたよ」
「まあ、クッキーはうまかったですけどね」
守と兵曹長は苦笑しながら飛行甲板に上がる
飛行甲板に上がると陽は傾いていた。甲板の後ろの方に愛機が駐機している。
「これが現在の日本機動部隊の位置です」
と、コンドラチェンコ少尉に飛行図を手渡される。ほんの二時間ほど飛行したら到達する地点に機動部隊は近づいていた。
「日本機動部隊に合流するように命令が下りました。もう少し近づいて発進してもよかったのですが、収容が夕方近くになるということで…」
コンドラチェンコ少尉がニヤニヤ笑っているのに気がついた。
(何がおかしいんだろう?)
守は少し気になったが
「いや、いいよ、ありがとう」
そう言って守と兵曹長は愛機に近づいていく。

流星は傾いた陽を背に伸びる逆ガルの主翼、力強い太いエンジンシルエットを浮かび上がらせている。整備員が取り付いていてエンジンが始動する
力強い発動機音が甲板に鳴り響き、プロペラが回転し始める。
整備は完璧に行われたらしい。

「あれ?」
近づくにつれて兵曹長が声を上げた。
守るもおかしいと思った。
「…なんか機体の色が変わってる?」
「…それに変なマークとか、絵が…」
守と兵曹長が愛機の横に立ったとき、呆然とした。
流星は完璧に修理されていた。カリフォルニア海軍に手抜かりはなかった。

しかし、機体の様子はまるで違っていた。
暗緑色と明灰色の塗装が全てはがされ、アメリカ海軍のネイビーブルー一色の塗装になっていた。
国籍標識の日の丸も消された上に、白い星のマークがかかれ、USNAVYとペイントされている。
垂直尾翼には富士山と芸者の絵が描かれ、機首にはシャークマウスとピンナップガールの裸がでかでかと描かれている。ご丁寧にも風防下には、ハワイ降伏直前にばら撒かれた降伏勧告のビラの少女の顔の絵が、撃墜マークのようにいくつも描かれていた。
そして機体一面に
「キルロイ参上!」
とか
「私は栄光あるアメリカ海軍空母ボーグに着艦した間抜けです」
「アメリカ海軍は負けたがボーグは流星に勝った!」
と、落書きがされている。
呆然と立ち尽くす守と兵曹長にコンドラチェンコ少尉が
「ま、アメリカ海軍では他の空母に着艦したらこうされるんだ。この伝統の前に抵抗は無駄だ」
そう言って
「あ、あとこれ、君たちの分」
と缶ビール二本を守と兵曹長に渡す。
「ビール六本で君たちをなるべく長く部屋に引き止めてくれと整備班長に言われてね」
とコンドラチェンコは言うとビールのふたを開けてうまそうに飲む。周りでは米兵が陽気に騒いでいる。
守と兵曹長は愛機に乗り込んだ。
「悪いね、これがアメリカ海軍の伝統なんだ」
「今度会ったら、お前の妹紹介してもらうからな」
守るが負け惜しみのように言うと、コンドラチェンコ少尉は笑いながら風防を閉めた。

落書きだらけの流星はボーグから発艦した。
「…これ、飛龍の整備班長が見たら」
「あやまるしかないな…このビールは整備班長に渡そう」
そう言って守は機首を飛龍に向けた。

眼下の小さな機動部隊は
「アメリカ海軍機動部隊ハ健在ナリ」
と言っているように白い航跡を引いて走っていた…

守は飛龍に帰還すると整備班長から大目玉を食らった。
ちなみにその後、飛龍に着艦したカリフォルニア海軍機のみならず
他の空母の艦載機がどうなったかは言うまでもない。

なお、第三艦隊が寄港したサンディエゴで、サーシャと愛称を持つロシア系米人女性と守が出会う物語はまた別のお話。

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最終更新:2012年01月30日 21:56