763 :名無し三流:2012/01/28(土) 21:59:01
 オズワルド・モズリーという男がいる。

 第二次大戦中に逮捕拘禁され、停戦後に釈放された数多のファシスト活動家の中の1人である。



         提督たちの憂鬱 支援SS ~モズリーとイギリス~



 1943年までのイギリスは、まさに踏んだり蹴ったりの状態だった。
青息吐息の中でドイツとの停戦を結ぶことに成功し、国内を立て直そうとした所、
日本とアメリカの板ばさみになり、アメリカを選んだ所に大西洋大津波である。
「God save the king」もたちの悪い冗談と化しつつあった。

 そんな中でイギリス国民に芽生えたのが、既存政党と民主主義への疑問である。

 戦争や外交政策で失敗の続いた政府は国民の支持を失っており、切羽詰って企図した北米侵攻も、
大多数の国民からすれば「対岸の火事場泥棒はいいから国内を何とかしてくれ」というのが本音であった。
「国力が大きく低下している中では、北米の新たな利権が絶対に必要だ」という政府側の言い分も、
「吹雪の中、薪を買いに出て凍死する」というあまり笑えないジョークで片付けられる有様だった。

 そして、そのような中で「もう見てられん、俺に任せろ」と声を上げる人物は枚挙に暇が無かった。
共産主義者、アナーキスト、ファシスト、国家社会主義者……町には様々な主義主張が入り乱れ、
この時代は後にイギリス人自身によって『英国の最も飽きない時期』と揶揄される事になる。

764 :名無し三流:2012/01/28(土) 22:00:04
モズリーの率いるイギリスファシスト連合(British Union of Fascists、以後BUF)は、
第二次大戦時の反独・反ナチス感情と、政府の戦時緊急法制による主要人物の逮捕拘禁で壊滅していたのだが、
停戦後は緊急法制の一時緩和と、やっとのことで停戦をまとめたドイツとの関係に楔を打ちたくないという思惑により、
BUF党首であったモズリーらが比較的早期に釈放された事で復活、その勢力を回復させる事に成功している。

 その後もBUFは民衆の不満を上手に煽り、労働党と保守党に比べればまだまだ弱小だったものの、
これら二大政党からさえ支持者を募る事に成功していた。しかし、かつてナチスシンパとして睨まれた反省を活かし、
あからさまな親独姿勢は掲げず、その代わり戦前よりさらに強硬な反共姿勢を打ち出す事にしていた。

 これが共産革命を恐れていた富裕層や中産階級の支持を得て、低所得者層や労働者に対しても、
共産主義国家のソ連がファシスト国家であるドイツに勝てず国力をすり減らしている事を指摘し自党の優越性を主張
(そのドイツもソ連と同じように国力を消耗しているという事実には、モズリーは一切触れなかった)。

 またBUFは「大英帝国の戦略的敗因は、決定に時間がかかりすぎ、選挙運動の強者が国を牛耳る議会制民主主義にある」
として議会制民主主義を廃止、英国を構成する各分野の代表者から新たに編成された『集会』を置く事を公約として主張。
これが当時英国上層部の考えていた国内組織の利害調整機関『円卓』と似通っていた事は、実に皮肉な事であった。





 ――――――1943年5月3日、イギリス BUF本部


「『号外・日本帝国、メキシコへ宣戦布告』か。
 ……連中も終わったな。これで一ヶ月も持ったらビックリ仰天だ」

 オズワルド・モズリーは新聞に目を通すと、
これ以上読む価値は無いと言わんばかりにそれを投げ出し、秘書に尋ねた。

「支持者は抜かりなく集まっているか?」

「ええ、勢いで言えば開戦前並です。日本円の為替で上手く行ったので、
 活動資金も今の所は問題ありません。当局の妨害が少なくなったのも好影響ですね」

「大変結構!」

765 :名無し三流:2012/01/28(土) 22:00:40
大西洋大津波でアメリカが壊滅したというニュースが、
そしてその後日本軍が連戦連勝しているというニュースが出ると、
世界中の為替市場で日本円の価値が文字通り右肩上がりとなった。
これにより大成功した者もいれば大失敗した者もいる。

 この時期はとにかくあらゆる日系企業の株が値上がりし、
全ての日本製に高い値が付いていた。これが俗に言う『ジャパン・ブーム』である。

 そんな動きの中、BUF支持者の中にもまとまった額の日本円を持っていた者がおり、
これがBUFの勢力拡大の一助となっていたのだ。まったく幸運の女神は誰に味方するか分からない。


「それにしても日本円で思い出したんだが、あの国は本当に妙な国だよなあ?」

 ふと思い出したようにモズリーが言う。


「そうですな………近頃の列強で成功しているのは、実質的にあそこだけです」

「それも大成功、だ。向こうの政治屋はよほど有能らしいな」

「あ、いや、情報屋の話によるとあの成功に日本の国会議員、特に非主流派はそんなに関わっていないらしいですよ。
 功績と言えばまあ、政府や"総研"の提案する政策に対して必要以上にゴネなかった事ぐらいみたいですが」

「ふーん……じゃ、優秀な兵器を提供する軍需企業とそれを扱うスタッフを育てる軍隊、
 それに強力なシンクタンクと政府が今の日本の躍進を導いてる、ってワケか」

766 :名無し三流:2012/01/28(土) 22:01:20
 秘書の答えにモズリーはこう分析すると、次に自国の状況を思い浮かべ考え込んだ。


(シンクタンクならイギリスだって無能なワケじゃない。軍需企業もまだ息はある。
 日本の成長モデルはうちの国にも使えるかもしれねえな……
 問題は政府だ。結論を出すまでガダガタ、問題が起こるとガタガタじゃ話にならん。
 やはり少しの事じゃビクともしない、即断即決の政府が必要だ)


「もしもし?」

 深く思索する党首に驚いた秘書は、彼を現実世界に引き戻そうと声をかけた。
秘書の呼びかけに応えて思考の海から上がってきたモズリーは、すぐに秘書へ命じた。

「おい、日本の政治・経済・軍需に関するできるだけ細かい資料を集めてくれ。それも早くにだ」


 モズリーの突拍子も無い指示に秘書は一瞬戸惑ったが、
しかし相手はイギリスのファシストの中でも有数の存在感を持つ人物である。
秘書はすぐに「了解しました」と言って部屋を退出した。


 そして、オズワルドは再び、BUFの勢力拡大に取り組んでいくのだった…………



                  ~ fin ~

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最終更新:2012年01月30日 21:59