499. ひゅうが 2011/10/27(木) 20:23:25
On the Beach1943 その2〜救国兵器1号  その名は・・・〜


「はぁ・・・」

ドーバーの白い崖の上で、ドワイト・ライオネル・タワーズ「大佐」は溜息をついた。
大英帝国海軍に奉職してもう何年にもなるが、これほど溜息の多い年もそうはないだろう。
というのも・・・

「どうしました?タワーズさん?そんなに溜息をついていたら最期の時に奥さんと一緒にいられなくなりますよ。こんな感じの断崖からラジウム動力潜水艦を見送らせてしまうことに・・・」

「誰の所為だと思っているんだ誰の!」

「え?誰です?やだなぁ。僕の親友をそんなに苦しめるなんて・・・」

こいつは、わざとやっているのだろうか?
タワーズは、自分よりも20くらいは年上のこの同僚にこの日何度目かになる殺意を抱いた。その顔たるや、極東の大国を支配する某秘密結社の面々が見たら「一等自営業乙」だの「ナカムラ乙」と言うこと請け合いなものだ。具体的には「畜生、いつか殺してやる」と言っていそうな。

「もういい・・・それで、シュート技官。バーミンガムのドックからいきなりこんなところまで呼び出して、何の用ですか?
まぁ、道を聞いた養蜂家の人が近所(ベイカー街)の有名人だったのを知れたのはよかったんですが。」

「そりゃ重畳。あの人戦時統制委員長の親父さんだよ。あとこれは秘密だけれどMI機関のマイクロフト長官の親戚だ。」

「さりげなく国王陛下直属機関の長の秘密の名前をばらさんで下さい。もう下宿先に帰ったらエージェントと妻のモイラがお茶してるなんて光景見るのは厭なんです!」

タワーズの魂の叫びに、英国特殊兵器開発局長  ネビル・シュート中将待遇技官は「つれないなぁ」と肩をすくめた。
この男は現在のタワーズの直属の上司で、現在はバーミンガムのドックで戦艦「ネルソン」を魔改造している下手人でもある。

それだけならまだしも、この男はどういうわけかタワーズを気に入っているようで行く先々に彼を連れ回す。
先日もネス湖畔の秘密研究所で30トン級のロケットエンジン実験につきあわされ、大爆発やら湖のヌシとのデットヒートに巻き込まれていただけに、タワーズとしては警戒を解くわけにはいかないのだ。

「や。艦底部用の15トン級エンジンは量産に入ったし、君も仕事が一段落したころだからそろそろわが帝国が誇る秘密兵器を紹介しておこうと思ってね。」

いやに真面目な顔になってシュートは言った。
いつもこんな顔をしていればいいのだが。とタワーズは思う。

「はぁ。噂の『制圧兵器』ですか。本土決戦に向けて配備されていたとかいう。」

「そう。ここはね。その秘密兵器のこれまた秘密基地なんだよ。」

「ここが?」

タワーズは周囲を見回した。

「ただの牧草地では?まぁ対岸にはカレーがあったり、ドーヴァーを見渡せる崖だったりするんで立地としては満点ですけど。」

「うん。トレイシー少佐はよくやってくれたよ。知っているかな?息子さんはそろそろ3歳になるんだが、息子を月に連れて行きたいって…」

「長くなりそうだから要点だけ言ってください。」

つまんないなぁ…とシュートは肩をすくめ、よれよれの白衣のポケットから何かを取り出した。
20センチほどの直方体の金属製の箱のようなもので、金属柱をマストにして菱形のアンテナを伸ばしているところからみると、リモートコントローラーのようだ。
というかどこにしまっていたのだろう。白衣のポケットはそんなに大きくないのだが。

「こいつを『ネルソン』や随伴艦の後部甲板に搭載してね、攻撃兵装として使う予定なんだが、その前にデモンストレーションをやれとのお達しでね。ここならブルターニュのハン(フン族、ドイツ人の蔑称)どもも見ているし。」

はぁ。


「では、ポチっとな!」

「いつも思うんですが、もっと普通に押せないんですか?ボタン。」

「何を言う。これは様式美だよ。極東のヒラガさんもそうやっている。」

シュートは芝居がかった動作で右手をふりかぶり、肩から腰もとにかけたコントローラーの、なぜかドクロマークの赤いボタンを押した。
500. ひゅうが 2011/10/27(木) 20:24:04
すると。

ゴンゴンゴンゴン・・・!

地が揺れた。

「わっ。何だ何だ!?」

「ふっふっふ。崖の下を見てみたまえ!」

タワーズは、シュートが指さす通りに、数十メートル先の小さな半島の先端の方を見た。

「なんだあれは…岩が動いてる。」

ドーバーの白い切り立った断崖の中腹で、岩が下に動いていた。
よく見ると、下へ動いていく岩の奥には、明らかに人工的な地下空間があった。

「発射準備、はじめ。」

いつのまにやら、コントローラーについていたらしいマイクに向けてシュートが叫んでいた。

「了解。」

スピーカーからの返答が来る。
と同時に、ボイラーの蒸気らしい轟音が響く。
見ると、高さ10メートルほどで、幅は優に50メートルはある空間から白い蒸気が立ち上っている。

「目標、海峡中間点。準備完了次第順次発射。この際だ。地上発射施設も旧型のやつは全弾発射用意!ハンどもにジョン・ブルの屁の恐ろしさを見せつけてやれ!」

「了解!」

少し遅れて
ガン!
という音が響く。

見れば、シュートが道を聞いた養蜂場の壁が爆破されたように吹き飛んでいる。
その先には、海底ケーブルを巻いている円筒のようなよくわからない物体が20個ほど横に整列していた。

「発射開始します。」

コントローラーから雑音まじりの声が響く。
と同時に、バシュッという音がこんどは崖の空間から響いた。

あわててそちらの方向を向いたシュートは、「何か」が火を吹いて回転しながら、海面めがけて飛んでいく様子を見た。
1個だけではない。
数は5つ。
それは、直径およそ5メートルほどで、放物線を描きながら海面へめがけてものすごい勢いで回転しながら落下していく。

そして。

「!?  跳ねた!?」

「そう。川の水きり石みたいなものさ。」

『それ』は、回転しながら水面で跳ね、100メートルほど先で再び跳ねる。
なるほど、確かに水切りのようだ。

ゴゴゴゴゴゴ!!

今度は、彼らの目の前を「それ」が通り過ぎた。
まるでミシンのボビンを巨大化したようなそれは、回転軸に対し垂直に、対角線上に8つのロケットエンジンらしきものをつけている。
円筒の中心付近からはビーム(梁)が斜め下の地面に向けてついており、その先にはタイヤらしきものがある。

速度は、300メートルほどを疾走したためか毎時200キロを軽く超えていた。

そして、崖の先から海面へ飛び降りた。
501. ひゅうが 2011/10/27(木) 20:24:47
「何じゃあ・・・こりゃ・・・」

「気に入ったかい?」

シュートがニヤニヤしながら言った。
「それ」は、崖の中から放たれたものは英仏海峡の中央部に向かい、崖の上から落ちていったものは、ドーバーの前面にある海岸へ向かっている。


「これぞ、『救国兵器1号』。ジャイアント・パンジャンドラムだよ!1基あたり2トン超の高性能爆薬を内蔵。ジャイロの動きで誘導もできる。これで水切りをしながら海上の艦艇の喫水線に炸薬を命中させられるし、逆に陸上から放てば機甲師団や上陸用舟艇なんてイチコロさ!なにせ最大速度は時速300キロに達するんだからね!」

おいおい・・・


「カノン砲とかを使えば・・・」

「移動中にばれるし、何より砲身を作る手間がかかる。誘導バージョンは少し手間がかかるけれどロケット自体3日で作れるし、炸薬はハーバー・ボッシュ法でラクラクさ。
すでにウェールズの炭鉱を利用して原材料といっしょに大量生産態勢に入っている。」

と、閃光が視界を走った。
英仏海峡の中央部に達したあの火を吐くボビン――パンジャンドラムが次々に自爆しているのだ。

「どうだい!?これなら発射設備はどんなところにも作れるし、十分な助走がつけられる平地か斜面があればどんなところからでも海上を狙える!何より、空軍の下品な誘導弾みたいに艦上構造物を壊すだけじゃなくて喫水線に魚雷4本分の大ダメージを与えられる!
しかも毎時200キロ超で海面すれすれを突っ込んでくるから迎撃も困難!
これぞ英国の!英国の作りだした救国兵器だよ!
ははひゃはやひゃはややややややっやはははははっはははっは!!」

シュートが奇声をあげて高笑いをはじめた。


タワーズは思った。
わが祖国は・・・本当に大丈夫なのだろうか・・・?

砂浜直前で爆発が続く中、崖の中の秘密基地からは、ジャイアント・パンジャンドラムの第2波が発射されはじめていた。


――なお、この日発射されたジャイアント・パンジャンドラム1型の数は258発。
うち223発が目標地点までの簡易誘導に成功した。
対岸で見ていたドイツ人は慄然とし、英国本土防衛軍が改良型の2型を英国南部の各地に秘匿配備を完了していたことにさらに呆然となったらしい。

〜こんどこそ終?〜

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最終更新:2011年12月30日 21:55