511. ひゅうが 2011/10/30(日) 21:54:49
yukikaze氏の言葉に触発されて、書いてみた。


――ロケットの夏の男たち〜1944年  北海道〜

私の名はヴェルナー・マグナス・マクシミリアン・フライヘア・フォン・ブラウン。
元ドイツ宇宙旅行協会の副会長にして、その頃は日本航空宇宙局付きを命じられている「お雇い外国人」だった。

教育畑に進み、各地で子供たちに宇宙への夢を語っている――最近では日本放送協会のテレビジョン番組に常設の番組を持っている――ヘルマン・オーベルト先生と一緒にかつての祖国を離れてもう20年以上にもなるが…


「だから!ノズルは1個じゃなくてもいい。ターボポンプを共有すればいくつかの噴射口に分けて推力を分散してしまえばいいんだよ。そうすれば工作技術の発達にあわせてエンジンの改良を進めて――」

「目標が低すぎるぞグルシュコ!我々が目指すのはあの月や火星にも人類を送り込む手助けになる機体だ。液体水素・液体酸素系で200トンの単一ノズルを作るには現在からの積み重ねが大事なんだ。」

「だから、その前に技術的積み重ねが大切だといっているだろう!?確かにいぜん君が言ったようにヒドラジン系はミサイル用としても打ち上げ用としてもあまりに危険だというのは認めるよ。だが、単一ノズルにこだわっていたらエンジン実験でいくつノズルを潰すことになる!?」

なにを?
言うか?

ぐるるるる。

「なあイトカワくん。あいつらまたやってるのか?」

「コロリョフさんもグルシュコさんも、仲はいいんですがねぇ…補佐役をつとめるミーシンさんは体を壊さないようにって今は日光で湯治中ですから緩衝材がいなくなってますんで…」

「…こんど、奥方たちを呼ぶか?」

「ですね。」

倉崎飛行機から派遣されているロケット技術者の糸川秀夫君が溜息をついた。
そのまわりでは、私のドイツ以来の仲間であるピーター・フーツェルやヘルムト・グロトルップ、そして元アメリカ人のジョン・フーボルトや、ジョージ・ミューラーなどが苦笑しながらその様子を眺めている。

関わったらやばいとばかりに軍から派遣された三木忠直や小沢久乃丞らがカツ丼(進行中の対米戦に「勝つ」というゲンをかついでいると聞いた)をかっ込んでいるのとは対照的だ。

「あー。野上くん。あの二人にアイスグリーンティーをいれてやってくれ。そろそろ冷静になる頃だから。」

糸川君が帝大からこの北海道大樹のロケット研究・発射試験所にやってきている野上という学生に指示を出す。
こういうあたり、日本人というやつはずいぶん気配りがゆきとどいた人種だと私は思う。
あの一見薄情な三木や小沢は、あとでさりげなく余った時間を使ってコロリョフやグルシュコの提案について検討しこれまたさりげなく教えているのを私は知っていた。
512. ひゅうが 2011/10/30(日) 21:56:55

――日本政府が世界中からロケット技術者を集めている、と知った時、私はどん底にあえぐドイツで宇宙ロケットの設計を夢見ていた。
宇宙へ行くためなら何でもしようと思ってはいても、街頭でドイツ共産主義青年団と醜い殴り合いを繰り広げていたNADSP党には隔意があったし(一応だが私はドイツ貴族だ)、同様に誘いをうけた先の日本へ行くことにもためらいがあった。

最終的にわが師オーベルト先生の決断によって私やドイツ宇宙旅行協会(VfR)の半数以上の人間が日本の土を踏んだのだが、そこで私たちは大いに驚いた。
どうやってつれられてきたのか、ソ連のジェット推力研究所にいたというセルゲイ・コロリョフとヴァレンティン・グルシュコという名の男たちや、アメリカのロバート・ゴダード博士をはじめとした国際的に名の通ったロケット技術者たちがそこには集結していた。

予算も比較的潤沢だった。
基礎の基礎だという糸川君の固体燃料ロケット水平発射にはじまり、どんどん大きくなっていきついには高度100キロに達する「ラムダ」や「Qロケット」に至り、我々を招聘したという太田正一統括所長の研究は国家プロジェクトとなった。
そして先日。
私たちはついに、やった。
3式と名付けられた誘導ロケットは見事に太平洋上の目標地点に到達。
現在では量産態勢が敷かれている。

我々の――たぶん世界の歴史に残るだろうチームが作り出した作品がミサイルとやらになっているのは残念だが・・・。


「後悔、しておられますか?」

糸川君が言った。
どうやら追憶のあまり周囲に気を向けていなかったらしい。
食堂のテーブルの向こうでは、コロリョフとグルシュコが「補助ブースターだ!」「ラムジェットでもいいが固体でも何でもいい。これでエンジンクラスタリングの無駄がはぶけるぞ!」「やったぞ!アナスタシア皇女殿下万歳!」「これでケロシンでなく液体水素エンジンが作れる!」と歓喜の声といっしょに「アナスタシア皇女賛歌」を斉唱している。

「ロケットを武器にしてしまう片棒を担いだこと。」

いや。と、私は首をふった。
この糸川君は、太田統括所長になぜか最敬礼される謎の存在だが、いきなりヴァイオリンの名器を作ってみたり、こうして深い洞察を見せたりというあたりそういう頼りになる人間なのだろう。


「ここで作ったロケットは、たとえ武器としてはじまっても、ノーベルのダイナマイトが人類に大きな道を開いたように、ライト兄弟が空への道をひらいたように必ずや星の世界への切符となるだろう・・・太田長官の受売りだけどね。
ま、そういうものだと納得はしている。
それに、ここはまるで天国だよ。好きなだけ研究ができるってのは研究者にとってはそういうものじゃないかね?」

太田所長のおかげであの「3式」いやA−10も実験用にまわしてもらえるようになっているしね。と私は続けた。

「確かに。平和主義だとかでロケットの誘導機構をオミットさせられたりロケットの直径を制限されて本体より太い補助ブースターをつけたりなんてせずにいられるだけでも天国ではありますね。」

何かを思い出すように糸川君は笑った。

「いつも思うんだが、それ、どこの話だね?フランスみたいな馬鹿なことをする連中と一緒にいたとは聞いていないんだが・・・それに・・・」
513. ひゅうが 2011/10/30(日) 21:57:31
私は、一度聞いてみたかったことがあった。
彼の白衣には、太陽光発電板を左右に広げ、上部にパラボラアンテナをひろげた金色の立方体――四つの丸いエンジンらしきものからは青白い航跡が伸びている――をあしらったワッペンがついていた。

謎の記号で「ミューゼスC」や「ハヤブサ」という名前があしらわれている。

「それって、何かね?」

「ああ、これですか。私の夢が宇宙に無人探査機を送り込むことだというのはお話しましたよね?それで、私はこれを作ろうと思っているんです。
イオン電気推進を使って小惑星帯まで探査機を飛ばして、ロボットみたいに自分で考える頭脳を持たせ、サンプルを持って帰らせる。」

なるほどね。と私は思った。
察するに、これは彼の計画――たぶんミューゼスというのがシリーズの共通記号なのだろう――の中でもとびきりお気に入りのやつらしい。
なるほどイオン動力は推力は小さいがわずかな電気で何年でも噴射ができる。それを使えば、引力の小さい小惑星へいって離陸することもたやすいだろう。

あの月みたいな巨大な天体に向かうよりも、それはこの星や太陽系の起源に迫れるのかもしれない。
なるほどこのあたり、糸川君も侮れないものだ。

「それはいいな。しかし、もう名前も決めているのか?失敗した時のためにまずは記号ではじめるものじゃないのか?」

「これでいいんですよ。」

糸川君は嬉しそうに笑った。

「これなら、成功するって、成功したと太田くんが教えてくれました。」

糸川君は空を見上げた。

「いつか、サンプルが入った回収カプセルが夜空を流れ星になって流れるまで生きる――実は、それが私の願いなんですよ。」

私と糸川君は、そのあとその「イオン電気推進」について長い間語り合った。
今でも分からないのだが、なぜあの時糸川君は、太田統括所長のことを「太田くん」と呼んだのだろうか。
もっとも、そのあたりは彼ら二人だけの秘密にしておく方がいいと私は思う。

食堂では、月と火星への行程についていつの間にか集合した科学者たちが熱い議論を戦わせており、太田統括所長が怒鳴りこんでくる頃には、食堂の机には計算式と軌道図がびっしり書き込まれていた。




日本に来たのなら、北海道の私たちの遊び場を訪ねてみてほしい。
今は大樹町の航空宇宙博物館に実物があるその机の横には、あの永遠の「ロケットの夏」を過ごした仲間たちの写真が、誇らしげに飾られている。
今は宇宙港になっているあの緑の大地から、ロケットの轟音が絶えることはない――
514. ひゅうが 2011/10/30(日) 22:00:52
あとがき

野上少尉にロケットを作らせたかった+フォンブラウンたちの話を書きたかった+糸川先生にもっと楽をさせたかった
という書いてみました。彼のワッペンは、まぁそういうことですw

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最終更新:2011年12月30日 22:18